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 高校生活二度目の転校を提案されたのが二週間前のこと。そして今、俺は、やたら高級そうな黒光りする車に乗って長い山道を登っていた。

「うわー、海だー……」

 木々の隙間からは遠くに海岸が見えた。普通ならテンションが上がりそうなところだが今ばっかりはそうもいかない。俺のテンションは限界を知らずに下がっていく一方だ。

「これから一年半、ずっとネット環境ナシとか…………」

 中学生レベルの課題すらこなさなかった俺が悪いのは解っているけど、どうしても思わざるをえない。そりゃないぜベイベー。
 しかし、二週間前に母さんと交わした約束を思うとそれどころじゃないのが現状である。その内容を思い返すと今でも胃がキリキリ傷んだ。

 俺がまたもや留年の危機に陥っていると知った母さんの提案は、こうだった。

「もう知りませんと投げ出して、いっそ親子の縁を切ってしまってもいいところだけれど、最後にもう一度だけチャンスをあげます。――いいですか。あなたが高校受験のときに『絶対嫌だ』って言った学校あるでしょう、お父さんの母校の。……そう、その黄銅学園に転入しなさい」

 そこで残りの高校生活をまっとうに過ごして、きちんと卒業したならば、親子の縁は切らないでおいてあげます。
 そう言って母さんは、表面だけは菩薩様顔負けの、それでもやっぱり般若な笑顔を浮かべた。

 つまり俺はこれから約一年半の間、こんなへんぴな山奥にある全寮制の男子校で清く正しく生活しなければならないのである。もちろん、寮の部屋にネット回線なんて通っているわけがない。テレビはあるらしいけれど、この地域じゃあ見たいアニメはほとんどやっていないだろう。

――それでも、文句なんて言えるはずなかった。だってそうでなきゃ八木家から追放だ。さすがにそれは、いくらなんでも勘弁してほしい。
 それと比べたら、ネット無しアニメ無しで一年半我慢したほうが良いに決まってる。通信制ですらだめだった俺がいっても説得力ないとか、そういうのは気にしない。

 まあ、そんなこんなで、俺はその「最後のチャンス」とやらを有り難く受けることにした。の、だけれど。

「やっぱ寂しいよなあ」

 ネット環境から離れるということは、今まで毎日のようにネトゲやチャットで絡んでいた友人たちと、これからはツイッターでしか絡めなくなってしまうということでもある。
 ここ数日は転入準備でドタバタしていたのもあって、そのツイッターにすら顔を出せていない。俺がこれから最低でも一年半はネトゲもチャットもできなくなってしまったと知ったら、友人たちはどう思うのだろう。
 少しはさみしがってくれるだろうか。すぐ目の前に迫った新しい環境への不安が、そんなセンチメンタルな気分にさせた。

 揺れる車内。今どき時代遅れ感が否めない二つ折りの携帯を取り出して、おもむろにそのカメラを窓の外へと向ける。徐々に木と木の間隔が広がって、その背丈も低くなって。さあっと開けた先には、キラキラまぶしい夏の終わりの海が広がっていた。一瞬息を呑み、それから慌ててシャッターボタンを押し込んだ。

――カシャッ

 ピントはズレているわ、手ブレしているわ、古い携帯なせいで画質は荒いわ。そんなひどい状態で画面の中に切り取られたのは、まだまだ夏の気配が濃い、9月終わりの海。

「八木様。車、お止めしましょうか?」

 不意に、それまで沈黙を保っていたスーツも髪もサングラスも真っ黒という黒づくめっぷりの運転手さんが口を開いた。恐らく気を利かせてくれたのだろう。俺は、ミラー越しにこちらを窺う彼に緩く首を振った。

「ありがとうございます。でも、大丈夫です」

 手ブレしまくりなこんな写真のほうが、俺の友人たちには受けるのだ。





ヤギ@meemee-yagisan
 数ヶ月ぶりの外界ナーーーウ 海ナーーーーーウ (画像へのリンク)

スーザン@susan-11
 @meemee-yagisan うおお5日と15時間ぶりのめーちゃんだあああああ〜〜〜〜〜ドコドコドコドコ┗( ^O^)┛ ってか手ブレwwwwさすがガラケー(笑)っていう俺もガラケー(笑)

ヤギ@meemee-yagisan
 @susan-11 うるせえくたばれ





 ガラケーなのに素早過ぎるリプライに苦笑が零れる。いつだってウザいくらいにハイテンションな友人その1こと、ハンドルネーム・スーザン。
 ネトゲを通じて知り合ったスーザンには、このテンションの高さでイライラさせられることもしょっちゅうだったけれど、今だけはそのハイテンションっぷりに救われた。気がした。





うー@pyon-rab
 @meemee-yagisan うわわっほんとだ、うみだー!(@゚▽゚@)イイネ!





 続いて届いたリプライ通知メールに頬が緩むのを感じる。今度は、仲の良いフォロワーであるうーからだ。俺はうつむき下唇を噛むことでにやけた顔を誤魔化しながら、返信をするために携帯へ手を伸ばした。





ヤギ@meemee-yagisan
 @pyon-rab 海とか数十年単位で久しぶりすぎてテンションやばば

うー@pyon-rab
 @meemee-yagisan ちょwwそれめーちゃんいくつなの?いくつの高校生なの???(´Д`;;;;)

ヤギ@meemee-yagisan
 @pyon-rab たぶん118歳くらい

うー@pyon-rab
 @meemee-yagisan それから100引いた数がほんとの年だよね?ね???

ヤギ@meemee-yagisan
 @pyon-rab さあ、どーでしょう(⌒▽⌒)

うー@pyon-rab
 @meemee-yagisan うわぁ、その顔文字むかつく〜ヾ(`ε´)ノプンプン

ヤギ@meemee-yagisan
 @pyon-rab うーたんは相変わらず顔文字超かわうぃーね(イケボ)

うー@pyon-rab
 @meemee-yagisan イケボwwwwwwwくそわろwwwwwwwwww





「――八木様」
「うえあっ、ハイッ?!」

 リプライ合戦で完全に気を抜いていたところに突然かかる声。思わず素っ頓狂な返事をすれば、ミラー越しに運転手さんと目があった。正確には、運転手さんのかけたサングラスと。

「驚かせてしまってすみません」
「あっ、えっ、いや。大丈夫です!」

 笑われた、顔には出されてないけど今絶対笑われた。うなじのあたりがカアッと熱くなるのを感じながら、俺は慌てて携帯をジーンズのポケットへ押し込んだ。

「学園が見えてきましたので、お知らせしようかと思いまして」
「えっ、ほんとですか?」

 ミラーから視線を外し、真っ直ぐ前を見据えて運転手さんは言う。その言葉に、俺は一寸前の羞恥心も忘れて食いついた。
 シートベルトをグイと引っ張りながら上体を乗り出せば、ピカピカに磨かれたフロントガラスの向こうに、ヨーロッパの古城を彷彿とさせるような立派な門がデデンと俺を待ち構えていた。
 我が家もそうだけど、金持ちの息子ばかりを集めた学園だと聞いていたから、それなりに立派な校舎なんだろうとは思っていたけれど。予想をはるかに超えたそれに、俺は目を見開いて唖然とすることしかできない。

「あれが、黄銅学園です」

 どこか慣れた口調でそう言う運転手さんの声すら、簡単に耳をすり抜けていってしまった。




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tophyousimokujinow
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