09






「ハル」
「なん、だ、……よっ!」
「お前、これ、台車でも借りれば良かったんじゃないか?」
「アッ」

 二人がかりでゼェゼェ言いながらスピーカーを運んできて、「よっ!」に合わせて段ボールを置いた俺たち。それを見て冷静にそう言ったのはシュウだった。確かに。

「うわあ、しにたい……」
「……うん、悪い。気付いても言わないほうがよかったな」

 がっくりとうなだれれば、途端申し訳なさそうにするシュウ。いや、気付かなかった俺たちが悪いだけだから、シュウはなんも悪いことしてないからな。そんな落ち込まんでも。

「あたしって、ほんとバカ」

 早速段ボールからスピーカーを取り出してきゃいきゃい言っているクラスメイト眺めながら呟けば、隣で忍がブッと噴き出した。
 オイこら、笑うな。俺の切実な想いを笑うな。
 バシリ、とその背中を他のクラスメイトたちからは見えない位置で叩いたとき、不意に誰かがぼそりと呟いた。

「――で、これ誰が配線繋ぐの?」
「たしかに、そういえばこれ誰が繋ぐの?」

 二木せんせーいねぇし、と教室内を見渡しながら言えば、なぜか複数の視線が俺を向いた。えっ?

「……えっ、俺?」
「まあ、ハルが適任だろうな」
「めーちゃん以外に、他にできそうなやつおらへんやろ」
「えっ、いやだって、しの、むぐっ」
「めーちゃん、頼むのな!」

 忍だって出来るじゃん、と言うより早く、口をふさがれてにっこり笑顔でそう言われた。猫かぶり、コワイ。
 表面上は穏やかなのにやけに威圧感のあるその表情に、全力で頷いたのは言うまでもない。

 BGM編集に困っていた時、うっかり「俺、それなりにパソコンできるけど」なんて言うんじゃなかったと、今更ながら全身全霊で後悔した。あーあ。













 そして、それから数十分後。配線準備を終えて、まさに息も絶え絶え……だった俺は、なぜか印刷室へと走っていた。USBメモリ片手に。
 理由は簡単。明日配る予定のビラをまだ印刷していないことに気付いたから、だ。
 スピーカーを繋ぎ、せっかくだから試しにBGMを流してみよう、とUSBメモリのフォルダを開いたところで、そこに「ビラ」と名付けられた画像データに気付いたときの俺の衝撃といったら。もう、リアルに「アッー!」と叫んでしまうくらいやばかった。

 印刷室は、二階の職員室の隣に位置するらしい。
 使う前に誰か先生に声かけてね、と文化祭実行委員には言われたけど、二木せんせーいるかな。……いないよな。俺、ぶっちゃ二木せんせー以外の先生の名前あんまし覚えてねぇんだよなぁ。

「どうすっかなー」

 一人ごちながら踊り場を曲がった、その時。下の階から上がってくる人影が視界に入り、俺は思わず足を止めた。ピンと背筋を伸ばし、まっすぐ前を見据えてこちらにやってくるその男子生徒は、――本日二度目の、志摩書記である。
 なんだこの遭遇率。ていうか、武道館に行ったんじゃなかったのかよ。

 引き返そうか、なんて考えが一瞬脳裏を掠めたが、それは、不意に顔を上げた志摩が俺の姿を捉えたことによって打ち消されてしまった。
 …………えっ、待って? なんで志摩書記俺のこと見てなんかびっくりしたみたいな顔してんの? 俺みたいな平凡が顔面偏差値高いこの学園に居ること、そんなにおかしいか?

 どぎまぎしながらも、関わらないのが一番だと言い聞かせて素知らぬ顔で歩みを進めた。一歩、二歩。踏み出す度に志摩との距離が狭まって、驚きに満ちた表情がより鮮明に見えてくる。
 しかし、出来るだけその顔は視界に入れないようにして俺は志摩とすれ違い、そして――



「待ってくれ」



 そのまま逃げようとしたところで、背後から呼び止められた。逃亡失敗。

「……はい? 俺ですか?」

 ギギギ、と油の切れたブリキ人形のように体が軋むのを感じながら振り返る。
 俺を呼びとめた張本人こと志摩は、俺の問いに「ああ」と頷くと、俺が下りてきた数段を下って目の前までやってきた。近い、距離が近すぎる。これは親衛隊に目撃されたら一発で制裁行きレベルだ。
 ハラハラする俺をよそに、志摩は言葉を選ぶように数回視線をさまよわせると、ゆっくりと口を開いた。

「八木重陽、だよな。転校生の」
「そうですね、俺は八木ですけど」

 あんたが惚れてないほうの転校生の、と声には出さずイヤミで付け足す。

「何か御用ですか?」
「ああ……聞きたいことがあるんだが、良いか?」
「はあ。まあ、俺に答えられることなら」

 朗らかに答えながらも、内心で大きく溜息をついた。
 はあ、早く帰りたい。またもや「ついて行こか?」と言ってきた西崎を、めんどくせぇしうるさいからとか言って置いてくるんじゃなかった。後悔、後悔。
 ……なんか今日、後悔してばっかじゃねぇ? ぐしゃぐしゃと、後頭部の髪を掻きまわす。

「どうして、」

 さっさと言えよ、と思わずうっかり舌打ちしそうになってしまったところで、ようやく志摩が口を開いた。
 『どうして』、何だよ。

「どうして、お前はそうなんだ?」
「――ハア?」

 なんじゃそりゃ。
 もはや、相手が生徒会書記だとか、ここがいつ人が通るかもわからない階段だとか。そんなことはすっかり頭から抜け落ちて、俺は素でガラ悪く問い返した。
 『どうしてお前はそうなんだ』? そう、ってなんだ。俺がどうだって言うんだ?

「どういう、意味、ですかね」

 そんな少ない言葉で伝わると思ったら大間違いだ。尖った声で問い返す。志摩は、そんな俺にちょっと動揺したようだった。びくりと僅かに肩を跳ねさせてから、乾いた唇を一舐め。

「灯里、と」
「……」
「あいつと出会ったやつは、みんな、灯里を受け入れるか拒絶するか、そのどちらかの二択だった」

 そりゃそうだろうなと笑いたくなるのは我慢。黙ったままの俺に少し勇気を取り戻したのか、志摩は、またまっすぐに俺を見つめてきた。

「――だけど、お前は違うだろう?」

 なにが、とは言わない。話の流れ的に、佐藤灯里に対する態度のことを言っているのだろう。それはわかる、わかるけど。

「そうですかね」
「ああ、そうだ。お前は……八木は、受け入れるでも弾き返すでもなく、ただ受け流している……ように、俺には見える」
「へえ。じゃあそうなんすかね」

 投げやりな声に、「ああ」と志摩は頷いて続けた。

「お前のその受け流し方は、剣道に通ずるものがある……気がするんだ」
「――それで?」

 俺の、面倒事には出来るだけ関わりたくない主義が結果的に佐藤灯里を受け流すような形になっているとして。受け流すというものが、剣道に通じているとして。
 それがどうしたと、この男は言いたいのだろう。

「志摩……書記さん、は」

 うっかり呼び捨てしそうになってしまった。危ない危ない。

「佐藤灯里のことが好きなんですよね。それで」

 生徒会の仕事を投げ出して、部活もサボっている。

「違いますか?」
「……いいや、合っている」

 俺の確認に、志摩は苦々しげに頷いた。ならば、

「関係なくないですか?」
「関係ない、というと」
「俺に、どうやって佐藤灯里を受け流しているかを聞いて、それを書記さんが習得したとして。書記さんには関係ないんじゃないですか。だって、」

 もう、剣道どうでもいいんじゃないですか。と、そう続けたのはちょっと意地が悪かったなと、自分でも思った。
 志摩は、目を見開いたまま微動だにしない。俺の言葉が図星だったのか、まさかこんな平凡にそんなことを言われるとは思わなくてショックだったのか。どっちなのかはわからない。けれど、

「書記さんが何に悩んでるのかは知りませんけど」
「……」
「だからって、それが生徒会の仕事をさぼったり、練習をすっぽかしたりしていい理由にはなんないですよ」

 志摩が恐らくスランプというやつなのだろうことは、その言葉の端々からなんとなく察することができた。それでも、それを手助けしてやるほど俺は優しいやつじゃない。
 解ったらさっさと働け、とでも言うように最後に一睨みして、俺はその場を後にした。





 ……なんか、よくわかんねぇけど、ムカつく。胸の辺りでもやもやとする正体不明の感情。チッと舌打ちすると、印刷室へ向かうはずだった足を別のほうへと向けた。
 やがて人けのない廊下に辿り着いたところで、俺は携帯を取り出す。逸る気持ちをおさえながらコールするのは、理一の番号。無機質なコール音がじれったい。
 数回繰り返されたのちにプツリと途切れて、そして。

『――もしもし?』

 わずかな間の後に聞こえてきた久しぶりに聞く声に、途端、ささくれだった気持ちが和らぐのを感じた。

「りいち、」
『なんだ』
「…………お前、メシ食った?」

 用事なんてなかった。だから、迷った末に出てきたのはそんな言葉で、それに、理一は。

『お前、わざわざそんなことで掛けてきたのか?』

 回線の向こうで、そう言って笑った。
 ああ、そうか。単純に俺は、理一ひとりに仕事を押しつけた生徒会役員たちに腹が立っていたんだなと気付いたのは、「悪いかよ」と笑い返したあとのことだった。





 文化祭開催まで、あと少し。





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