08






 そして時は流れ、文化祭前日。
 パソコンが使えるというだけでアレコレ準備に駆り出されていた俺は、再び――

「おい、八木ィ。音響用のスピーカーが届いたらしいから取ってこい」

――と、二木せんせーにパシられていた。
 ただし今回は、「めーちゃん一人やと、またなんや問題でも起こしそうで不安やわ〜」などとのたまった西崎という名の護衛とともに、だけれど。

「……てかさ、これ、お前が来んなら俺来なくてもよかったんじゃね?」

 玄関で靴に履き替えて、事務棟への道をのんびりゆっくり辿る途中。ふと浮かんできた疑問を口にする。

「え、なんでや」
「だって二木せんせーは俺一人に頼んだんだし、お前一人が行けばいいだろ。二人もいらなくね?」
「いやいやいや、そういう問題やあらへんやろ」

 俺オンリーに頼んできたってことは一人で運べるようなもんなんだろうし、そうだろ? そう思っての言葉だったのに西崎は全力で否定した。なぜだ。

「いくらめーちゃんのためとはいえ、俺、一人でやったらわざわざ行かへんよ?」
「いやだから、なんでだよ……」

 意味わかんねぇぞ。思い切り顔をしかめてみせた俺に、西崎はニッコリ笑って言葉を続ける。

「やって俺、護衛ってのも勿論やけど、ぶっちゃけめーちゃんと二人きりになれるから、パシリ2号買って出たんやもん」
「………………ハハ、」

 いったいぜんたい、急になにを言いだすんだこいつは。頬が引きつる。
 なんかもう、引きこもり期間が長過ぎたのだろうか。佐藤灯里といい、その信者たちといい、本村兄弟といい。最近の若いもんの思考回路はよくわからん!

「あ、めーちゃんもしかして信じておらへん?」
「いや別に、信じてるとか信じてないとかじゃなくて……」

 そういう、まるで口説くようなこというのはできれば止めてほしいというか、なんというか。

「つまり、めーちゃん照れとるん?」
「テレテナイヨ」
「なんや、その棒読み」
「まじで、別に照れてはない。ん、だけど」
「けど?」

 照れてはいないけど、こういう雰囲気には慣れていないのだ。だからどうしたらいいか解らなくて困る。そう言えば、西崎はまたどこか嬉しそうに笑った。

「ほんなら、よかった」

――ああ、もう。なにを言うかと思えばこれだから。やっぱり、質が悪い。
 なんつーか、まじで調子狂う。最近こんなことばっかだなぁと思いながら息を吐き、俺は気まずさから逃れようと視線そらした――ところで。

「……あ、」

 理一と電話したあの夜に見かけて以来の、志摩の姿を見つけた。ぴっしりと制服を着こなした彼は、またもや一人でふらふらとどこかに向かっている。
 なにしてんだろ、あの人。

「おろ、志摩やんけ」

 突然立ち止まった俺を不審に思ったのか、視線の先を辿ったらしい西崎も志摩の姿に気付き声を上げる。

「どこ行くんだろうな」
「あっちの方やったら、武道館やないの?」
「武道館? それ、何するとこ?」
「そら、名前の通り武道するとこや。主にウチの部がつこてるな」

 ……「ウチの部」?

「西崎」
「うん?」
「お前、何部だっけ」

 パッと見、武道をする部活に所属してるとは思えねぇんだけど。そう続けると、西崎は「あれ」と首をかしげた。

「言ってへんかったっけ?」
「そんな、さも言ってて当然みたいに言われても全くもって聞いてませーん」
「せやったっけ?」
「せやでー」

 関西弁を真似て言ってみたら苦笑された。おい、なんだその苦笑は。

「まあ、どっちでもええか。あんなめーちゃん、俺な、剣道部やねん」
「――えっ?」

 似合わねぇ! 盛大に吹き出しそうになると同時に気付く。

「てことは、志摩書記とは部活仲間ってわけ?」
「せやな」
「……あの人、どんな人?」

 とても、佐藤灯里みたいなのにうっかり捕まるようなタイプには見えない。なのにどうして、今あんなことになっているんだろう。
 そう思っての質問だったが、それに西崎はちょっと迷う素振りを見せてから、こんなことを言った。

「めーちゃん、ああいうんがタイプなん?」
「――ハァ?」
「あれ、違うん?」
「違うわボケ」

 っていうか、なんでそうなる。

「やって、めーちゃん生徒会とか興味なさそうやん。なのに志摩には興味あるみたいやから、もしかしたらなーと思って」
「アホか」

 まぁ、生徒会に興味がないのは大体合ってるけど。理一という例外を除けば。でもだからって、これだけで恋愛関係に結び付けなくてもいいだろう。
 この学園の腐敗っぷりを、まさかこんなところでも思い知らされるなんて。感覚の違いなんだろうなとわかってはいても頭が痛い。

「違うんやったらええけど……せやな。まぁ、大体めーちゃんの想像してる通りのやつやと思うで」
「質実剛健、寡黙で冷静?」
「せやせや」
「そんでもって、侍?」
「せや――は? なんやて?」

 侍ィ? と怪訝そうに聞き返して、それから西崎はぶはりと盛大に吹き出した。

「侍て! 確かにそんな感じの人やけど!」

 まさかあいつをそんな風に言うなんて思わんかった! とゲラゲラ笑い続ける西崎。そんなに笑うことか? だって、マジで侍っぽいじゃん。
 剣道部だし当然のことかもだけど、道着に竹刀がすげぇ似合いそうだし。着流しとか着ても様になるんじゃなかろうか。

「しっかし、まじでアッカリーンはいいんかね」

 教室を出てくる直前に届いたうーたんからの「佐藤灯里警報」によると、ヤツはいま1Aの教室で騒いでいるらしい。だから、武道館に行ってもそこに佐藤灯里はいないはずなのに。
 どうしてだろう。惚れていたんじゃなかったんだろうか。

「………………まあ、どうでもいいか」

 俺には関係ないことだ。そう結論づけて、くるりとUターン。

「おい西崎、置いてくぞ」
「あっ、ちょ、めーちゃん待ってぇな!」

 バタバタと背後を西崎の足音がついてくるのを感じながら、俺は再び、事務棟への道を辿った。





 届いていたスピーカーは、とてもじゃないが一人で運べるものじゃなかったことを一応言っておこう。せんせーひでぇ。





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