07






 ミドリから電話があったのは、その日の夜のことだった。

「ハイハーイ、もしもしー?」

 例のごとく忍と一緒にネトゲの最中だった俺は、突然震えはじめた携帯を画面表示もロクに見ないままに手にして、そして。

『ああ、もしもし重陽? 久しぶり』
「みっ……ミドリ?!」

 内臓スピーカーから聞こえてきたその声に、思わず携帯を取り落しそうになった。
 テーブルを挟んだ正面の忍が、ゲームそっちのけでノートパソコンの向こうから「何事?」と問い掛けてく――アッ! 俺のキャラ瀕死なう! ていうかパーティー全体がピンチなう!!!
 ちょっ、スーザンなんとかして! と身振り手振りで必死にアピール。すると、スーザンはハッと我に返ってパソコンの画面に集中し始めた。

『うん、そう僕。ミドリだよ』
「え、うそ、マジでミドリ? 久しぶり」
『あはは。そんなに驚いた? 僕が電話したの』
「驚いたっていうか」

 どっちかというと、タイミングの問題だ。だって、今日の昼間ミドリの話が出たと思ったらコレだぞ? 驚くなっていう方が無理だろ。
 ミドリと会話しながらカチカチとマウスの操作をし、一旦戦闘が終わったところで「ちょっとタイム」の合図を出す。このまんまだと落ち着いて話なんかできねぇし。

『ねえ重陽、それよりも。黄銅学園に転入したって聞いたけど本当?』
「……なんでミドリが知ってんの?」
『こないだ重陽のところの会社の人がウチの会社に来てね。その時に小耳に挟んだんだ』
「へー」

 なるほど。また今度、一緒になにかやったりすんのかね。
 ぶっちゃけ会社関連のことは時たまパーティーとかに参加させられるくらいだからわからん。

「うん、まあ。ホントだけど」
『じゃあ、アカネには会った?』
「……あー、その」

 まあ、やっぱりその質問来ちゃいますよねぇ。いやまあ、会ったには会ったけどさぁ。

「会ったというか、遭ったというか……?」

 こういう時ってなんて言うべきなんだろう。微妙に困って言葉を濁せば、ミドリは「うん?」と不思議そうな声を上げたのちに、もしかしてと口にした。

『重陽、アカネになんかされた?』
「お前と知り合いだって言ったらすげぇキレられた」
『あはは、やっぱりね』
「――うん?」

 やっぱりってナンナンデスカ、ミドリサン。
 まるで、自分の弟のブラコンすぎる言動について予想していたかのような発言をするミドリに、言い様のない違和感がじわじわと滲んでくる。

「えーと、ミドリ?」
『なあに?』
「いや、その。やっぱりって」

 どういう意味なのかなあ、なんて。ボソボソと途切れ途切れの声で問いかければ、回線越しにクスリと笑みをこぼすミドリ。

『うーんと、そうだね。なんて言ったらいいのかな』

 しばし迷うような、しかし愉しそうな声を上げてから、ミドリは言った。

『まあ、つまりは、僕のアカネは相変わらずバカ可愛いなあってことかな』

 語尾に音符マークでもついていそうなほど弾んでいるミドリの声。にっこり、と満面の笑みを浮かべているだろうミドリの姿がありありと思い描けてしまうのが怖かった。
 ていうか、えっ? えっ、今なんて言いましたかミドリさん?

『ああ、そうそう。それとね、重陽』

 ちょっと受け入れがたい現実に己の耳を疑っていると、ふと思い出したようなミドリの次の言葉に、俺は更にショックを受けることとなった。

『いくらアカネが可愛いからって、あれは僕のものだからね? 手を出したら、いくら重陽とはいえ許さないよ』
「……安心してクダサイ。俺に人のものに手を出す趣味はありません」

 というかそれ以前に、男に手を出す趣味はありません。

『そう、なら良かった』

 至極嬉しそうなミドリの声に、俺は携帯をちょっと離して、はーっと深く息を吐いた。

――お前もか、ブルータス!
 本日二度目のブラコンの発覚に、なんだか胃がキリキリした。





『そういえば、重陽。黄銅学園の生活はどう?』
「あー……いや、まあ、普通かな」
『そう? なんだか浮かない返事だね』
「いや、ちょっと問題児がいてさー」

 スーザンがいて、うーたんがいて、気のいいクラスメイトや面倒見の良い担任がいて。それでも「最高! チョー楽しい!」と言えないのは、ひとえに佐藤灯里という問題児のせいだろう。
 また溜息が出そうになるのをなんとか抑えこむ。

『問題児?』

 問い返してきたミドリに、俺は佐藤灯里についてと現在の黄銅学園の状況をざっと話した。魔性の女、ならぬ魔性の男の存在と、それによって混乱しきった学園内について。

『へぇ……随分と不思議な話だね。黄銅学園っていったら権力者ばっかりなはずだけど、なんでそんな普通の子に好き勝手やられちゃってるの?』
「あー、それはアレだよ。生徒会とか権力者のトップ組もあの転校生のこと気に入ってるから、だから――」

 ミドリの純粋な疑問に、うっかり答えてから「あ、やべ」と気付いた俺はバカですすみません認めます。

『……生徒会?』
「っ、あ!」

 そうだった、こいつブラコンなんだった! そんでもって、こいつの弟もあんなんでも生徒会なんだった!!!

『ねぇ、重陽?』
「ハイ」
『その話、詳しく聞かせてくれないかな?』
「……ハイ」

 こりゃあ、今日はもうネトゲに戻るのは無理そうだ。般若さながらのミドリのひっくい声にそう判断して、俺はチャット欄にカタカタと文字を打ち込んだ。













ヤギ;
悪い。急用ができた
落ちるわ

スーザン;
えっ なになに、どうしたのめーちゃん
三行でプリーズ

ヤギ;
ブラコン般若
降臨なう
逃げられない

スーザン;
なんとなくはあくした
めーちゃん生きろそなたは美しい

ヤギ;
さんきゅ
ノシ













 結局。本村アカネが佐藤灯里にメロメロなこととか、食堂で絡まれたことの詳細とか、そのときの本村アカネの暴言とか。
 全ての説明が終わって解放されたのは、だいたい一時間後のことだった。正確には、その時間のほとんどはぶちギレたミドリの愚痴を聞くことに費やされたのだけれど。

『……そんなやつに尻尾振るなんて。いくらおバカなのがアカネの良いところとはいえ、ちょっと抜けてるにもほどがあると思わない? ねぇ、重陽』
「ソウデスネ」
『しかも、僕の友人だとわかった上で重陽にそんな暴言吐くなんて、全く……アレがごめんね、重陽』
「イエイエ、トンデモアリマセン」

 謝罪はいいから早く解放してくれ。それが俺の素直な気持ちだった。

『とりあえず、アカネのことは任せて』
「……へ?」
『僕が、しっかりしつけなおしておくから』

 ね? なんて可愛らしく言われても、どっこも可愛くないのはなぜだろう。

「ハハハ、よろしくお願いしマス」

 乾いた笑いをこぼしながら、俺は、この状況をラノベのタイトル風に言うとこうだろうなぁ、なんて考えていた。



 俺の友人がこんなにブラコン鬼畜野郎なはずがない!





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