06






「はぁ〜い。じゃあ、生徒会の皆様と佐藤クンはこっち座ってね〜!」

 怪我した風紀委員を保健室に連れて行って、「アイツは寂しがり屋だから一緒に居てやんなきゃ!!!」とかいうトンデモ理論で阿良々木を追いかけていこうとした佐藤灯里をなんとか引き留めて。
 ようやく落ち着きを取り戻してきた風紀委員室にて、うーたんはそう言いながら応接セットの片側のソファに佐藤灯里信者共を案内した。そして続けて。

「じゃあ、八木くん達はこっちね」

 と、ローテーブルを挟んだ向かいのソファを指差す。

 ……えっ、俺そこ座んなきゃいけないの? アッカリーン達と思いっきり対峙しなきゃいけない感じなの?? 個別に事情聴取するんじゃだめなの???
 いやだ、と全身全霊で訴えかけた俺の思いは、しかし。

「座ってね」

 ね、とにこやかに念押ししてくるうーたんのどこか怖い笑顔に砕かれた。うーたん、コワイよ。
 観念して、俺はちょっと迷った末に本村アカネの前に腰掛けた。佐藤灯里はうるさそうだし、副会長サマは正直思考回路が読めない的な意味で怖いから。
 そんだったら、まだミドリのことで弱みらしきモノを握れてる本村アカネが一番ましだろう。と、そんな考えだった。保身、大事。

 続いて忍が副会長サマの前に、うーたんが佐藤灯里の前に座る。更に周囲を秋山くんはじめ他の風紀委員たちに囲まれるような形になったところで、うーたんは高らかに宣言した。

「それじゃあ、事情聴取をはじめまーっす」

 明らかに異様な光景のなか、重苦しい空気を破るように響いた底抜けに明るいその声に、俺はピシリと背筋を伸ばした。

――さあ。
 どうなる? この事情聴取。













 結果から言いましょう。
 カオスの一言に尽きました。



 「灯里が灯里が」を繰り返す副会長サマに、「俺が俺が」の佐藤灯里。その上「ミドリがミドリが」の本村アカネと来たら、これはもうカオス以外の何物でもないでしょう、っていう。
 つうかぶっちゃけ、話になんねえっつの。

 俺と忍が客観的な事実を述べる隙すらなく自分勝手なことを言い続ける三人には、さすがのうーたんもお手上げだったらしい。
 早々に「まあ、今度からはあんな風に騒がないでねぇ〜」なんて言って、「お昼は風紀名義で食堂に頼んじゃっていいからぁ〜」と佐藤灯里信者共を追い出し、事情聴取を強制終了させてしまった。
 正直助かった、っていうのが本音である。
 結局、事情聴取時間はたったの十分ちょい。その九割以上がさっき言ったアレなんだから、わざわざやる意味があったのかどうかすら怪しい。

「うおあああ……つっかれたあ……」

 バキバキと背伸びをしながら唸れば、ちょうど食事のトレイを運んできてくれた秋山くんが、おかしそうにクスクス笑った。

「あ、すみません。笑ったりして」
「いや、別にいーけど」

 我ながら、おっさんくさい声だと思ったし。

「八木先輩は、同じ転校生でも彼とは随分違うんですね」
「あー……まあ、そりゃあ。あんなんが二人も三人もいたら怖いっしょ」
「それもそうですね」

 やっぱり笑い混じりに言いながら、ローテーブルにトレイを置かれる。まだほかほかと湯気を立てているそれは、事情聴取が終わった直後、つまり十分ほど前に俺が頼んだ豚骨ラーメンだ。
 この学園の食堂はデリバリーもやってるらしい。おっそろしいね!
 ちなみに、俺はラーメンは豚骨が一番好きです。二番は醤油。たまに胸焼けするけどうまいよね、豚骨。

「鈴木先輩が日替わりランチセットで、副委員長がカルボナーラで良いんですよね」
「うん、そうだよぉ〜」
「わざわざサンキューなのな!」
「……え、忍お前マジで日替わりランチ頼んだの?」

 続けてトレイを運んできた他の委員の言葉に、俺はぎょっとして聞き返した。日替わりランチって、つまり例の。

「鶏だんご鍋塩味なのな〜」
「うわ、あっつ! 湯気あっちい! 忍お前近寄んな!!!」

 お前だけ離れてあっちで食え! と半分以上本気で言えば、室内にいたほぼ全員に笑われた。なぜだ。


「ていうか、めーちゃんってほんとトラブル体質だよね〜ぇ」
「そう?」

 しみじみ言ううーたんの言葉に問い返してからずぞぞと麺をすすれば、またこぼれる笑い声。だからなんでだって。

「だってぇ、転入初日から寮監の三和さんとモメて〜。二日目には佐藤灯里と接触してぇ、その上斎藤君救出までしてみせて〜。更にその日の放課後には一匹狼阿良々木クンと接触してぇ、でも無傷で逃げおおせて〜」

 くるくるとフォークにパスタを巻き付けながら「あとなんだっけぇ?」なんて、うーたんは小首を傾げる。――が、あとなんだっけとかそれ以前に。

「……いやいやいや、なんでうーたんそんなに色々知ってるワケ?」

 食堂でのことならともかく、三和さんのこととか阿良々木とのこととか、どこで知ってきたんだこの人は。

「うう〜ん、そのあたりに関してはぁ」
「関しては?」
「禁則事項でぇす。……なんちゃって!」

 てへ、なんてうーたんは舌を出してみせるけども、正直に言いましょう。

「男がやったってなんにも可愛くねぇっつうの!!!」

 某未来人のおねいさんに謝れこのヤロウ!

「もー! ひっどいなぁ、めーちゃんったら。俺は可愛い可愛いめーちゃんのことが心配で心配で、夜しか寝られずにめーちゃんの安全を見守ってるっていうのにぃ〜」
「夜寝れれば充分だろうがっ」

 むしろ夜以外にいつ寝るんだよ。昼か、昼なのか。学生という名のニート時代の俺のように昼に寝るのか。

「うん、まぁそんな冗談はさておきねぇ〜」
「……どうした、急に改まって」
「んーん。めーちゃんには、ちょーっと危機管理能力が足らないかなあって思ってさぁ」

 くるくるくるくる。うーたんは相変わらず、ひたすらにパスタをフォークに巻き付け続けている。いつになったら食べるんだろう。
 ていうか、うーたんさっきから一口も食べてなくねぇ? 律儀にちょっと離れたところで一人鍋してる忍は、モリモリ鶏だんご食べてんのに。

「めーちゃん、ほんとに気をつけてよね? 俺、可愛いめーちゃんが佐藤灯里なんかに怪我でもさせられたら、ぶっちゃけ冷静でいられる自信ないからさ〜ぁ」

 ないからさ〜ぁ、って、うーたんさぁ。

「さっきからうーたん、可愛い可愛い言うけどさぁ」

 それ、男に言う台詞じゃないからな。なんだかシリアスムードなうーたんが怖くてはぐらかし、ずぞぞぞとまた麺を啜る。

 なんというか、ちょっと過保護すぎやしないだろうか? 二木せんせーも、理一も、うーたんも。……いや、心配してもらえんのはもちろん嬉しいけどさ。微妙にむずがゆいというか。
 こんな風に心配されるのには慣れなくて、どっか落ち着かない。うなじのあたりがそわそわする。

「まあ、スーザンが同室者なら大丈夫だとは思うけどねぇ〜」
「……おー、解った。気をつける」

 ちょっとの沈黙ののちに付け足すように言ったうーたんに、諦めてそう返せば。

「うん、そうして〜」

 さっきまでの重苦しい雰囲気はどこへやら。すっかりいつも通りの笑顔で、朗らかにそう言った。そして、くるくる巻きすぎたせいで大量になったパスタを口に運ぶ。

「――うーたんさぁ、あのさぁ」
「ふぁにぃ〜?」
「それさぁ、」
「あ、ひょっとまっふぇいわないふぇ」
「一遍に口に詰め込み過ぎたよな、明らかに」
「もう〜! いふぁないふぇっふぇいっふぁふぁーん!」

 ほっぺたをハムスターのようにパンパンにして、もきゅもきゅ咀嚼しながら苦しそうにうーたんは言った。さっきしたのと似た会話にちょっと笑う。そしてまた、俺はラーメンをずぞぞぞと啜った。
 うん、やっぱり豚骨最高。





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