05
「忍」
「うん?」
「こっち、うーたん」
「……うん?」
「そんで、うーたん」
「なぁにぃ〜?」
「これ、スーザン」
「…………えぇ〜?」
風紀室に向かう道中。サクッとお互いのことをバラしてみたら、見事に二人とも硬直した。うそだ、とでも言いたげにパクパクと口を開閉させているのがなんともおかしい。
「えっ、うっそおおおおお?! マジで!? うーたん? 宇佐木先輩が? あの、うーたん???」
「うわぁ、あの爽やか王子こと鈴木くんがスーザンとか信じられなーい……って思ったけど、この反応はスーザンそのものだねぇ〜」
人通りの少ない廊下だってことをいいことにキャラ作りも忘れて驚き叫ぶ忍と、そんな忍にちょっと引きながら冷静に感想を述べるうーたん。見事なまでに対照的というか、なんというか。
「マジでかぁ……」
「マジで」
「あの可愛いうーたんが? 男?」
「そう、男。しかもチャラい不良」
「これだから三次元は!!!」
やってらんねー! と吠える忍に、それ俺も思ったわ、と心の内で返す。うーたん本人は、「あはは〜、ひっどいなぁ」なんて笑っていた。なんだこの謎の余裕は。
「えっ。つうか、めーちゃんはいつ知ったの? 宇佐木先輩がうーたんだって」
「あー、あれ。転入二日目の初登校の日、の放課後」
「あ、もしかしてあれか? めーちゃんがSHR中に謎の雄叫び上げたとき?」
そうそう、それそれ。
「えっ、なにそれ。雄叫び?」
コクコク頷いていると、唯一そのときのことを知らないうーたんが割って入ってきた。それにスーザンが何が起きたかをざっと説明すると、うーたんはぶはりと吹き出す。
「なにそれぇ〜。めーちゃん、そんなことしてたの?」
「や、だって。もしかしてとはちょっと思ってたけど、まさかマジで宇佐木さんがうーたんとは思わなかったし」
「だからって、叫ばなくてもいいじゃーん」
ケラケラ笑ううーたんは完全に面白がっていた。そのことに、ちょっとムッとする。
「あのさぁ、うーたん?」
「うんー?」
「俺、思ったんだけどさぁ」
なぁにぃ? なんて呑気に首をかしげるうーたんにニヤリと笑って、俺は話を続けた。
「アイツ、本村アカネってさあ――」
「あ、待ってめーちゃん。続きはできれば言わないでほしいなっていうか、」
「猫被ってるときのほう、うーたんとキャラかぶってねぇ?」
「あああああ、もうっ! 言わないでって言ったじゃーん!」
制止の声を無視して続ければ、うーたんは心底嫌そうな声を上げた。ささやかながらも仕返しですからね。止められて止まっちゃったら意味ないですもの。
しかし、それにしても、うーたん自覚してたのか。余計笑える。
――まあそんなこんなで。
スーザンがうーたんのツイッターのホーム画面を見て強制的に現実を受け入れさせられたり。スーザンと二人でiPhoneいいなーと言い合ったり。
「てかうーたんどんだけオレンジ好きなんだよ!」と今更すぎる突っ込みをしたりしている間に、風紀委員室に着いた。
俺は二回目、スーザンは何気に初めての訪問らしい。意外。
「意外って、めーちゃんひどくね? それ暗に俺が問題起こしそうって言ってね? いじめ? ナニコレいじめ???」
「いじめじゃないぞ、スーザン。これはいじめとは言わない、ただの事実だ」
だって、マジで何かしら問題起こしてそうじゃん。主に親衛隊員同士のいさかいとか、恋愛沙汰とか、そういうので。
「……めーちゃん、もしかしてそれ褒めてる?」
「褒めてねえ、けなしてる」
「いや、それ褒めてるだろ。つまり俺がモテそうってことっしょ?」
「うぬぼれんのもいい加減にしろよナルシスト」
一蹴すれば、がっくりとその場に崩れ落ちる真似をするスーザン。それに対し、うーたんが「やーい、ナルシストーぉ!」と無邪気に追い討ちをかける。
ツイッターでよく見る、いつもの通りなやりとりだった。
「ていうか忍、お前もう猫被り直したほうが――」
いいんじゃねえの? と、ずっと素に戻っている口調について指摘しながらドアノブに手をかけたとき――ガアン! と、すさまじい音が室内から聞こえてきた。
「……えっ、」
なんです? 今の音は。
慌ててノブをひねりドアを開ける。すると真っ先に目に飛び込んできたのは、崩れ落ちた書類の山と倒れたデスク。そしてその中に倒れ込んだ一人の生徒の姿だった。
「うあ……いっ、てぇ」
「っ、おい! 大丈夫か?!」
「おま、血ィ出てんじゃねぇかっ」
「誰か保険医呼んでこい!!!」
倒れこんだ彼が低いうめき声を上げる。それを聞いて、ハッとした数人の風紀委員たちが慌てて彼に駆け寄った。
聞こえてくる言葉通り、抱き起こされた彼のこめかみ辺りからは血が流れ出ている。どうやらデスクの角が折れて、その破片で切ったらしい。
……イヤイヤ、ちょっと待て。
マジでどうしてこうなった。なんで、秩序を守るための風紀委員の部屋でこんな風に怪我人が出てんだ? 理解が追い付かな――
「うるっせえな。俺は関係ねェっつってんだろうが。さっさと離せやゴラ」
あ、理解した。
「そういう訳にはいきません!」
「ンでだよ」
「あなたがこの件の関係者だからです」
「だから、関係ねェっつってんだろが。何回言わせんだよ、テメェは鳥頭かっつうの」
「ですが――」
荒々しい口調とその迫力におびえながらも、なんとか引き止めようとする風紀委員。そんな彼にチッと大きく舌打ちすると、不機嫌マックスな金髪の男――阿良々木は、自身を拘束していた風紀委員を振り払った。
阿良々木を両サイドから押さえ込んでいた二人の風紀委員は、一見軽いその動作だけで勢い良く飛ばされる。壁に激突する直前に慌てて他の委員に受け止められたその様子から、書類の山に埋もれた彼がどうしてああなったのかを想像することは簡単だった。
「あらら〜」
もしかして、こないだの俺も運が更に悪けりゃああなってたのか。ビビりまくる俺の隣で、のんきな声を上げたのはうーたんである。
「ま、そうおとなしくしてるとは思ってなかったけどねぇ〜。困ったなぁ」
全然困ってなさそうな口調で言ううーたん。その声に、未だ怒りが収まらないらしい阿良々木が鋭い眼光と共にこちらを振り返った。まさしく肉食獣のような瞳が少しさまよい、うーたんと忍を経由してから俺の姿を捉え、そしてすぐにまたよそへと移……
「…………」
――らなかった。
「イヤイヤ待て待て、なんで俺ガン見されてんの?」
「俺に聞かれても解るわけないのな……」
まさかの事態に思わず隣の忍に小声で問い掛ければ、お手上げだと言わんばかりの声が返ってくる。
俺を見つめたまま、動く気配のない阿良々木の視線。動くどころか、徐々に眼光の鋭さが増しているような気さえする。まさに蛇に睨まれた蛙状態。
「……チッ」
永遠にも思われたひどく長い沈黙ののち。阿良々木はようやく視線を俺から逸らした。
そして再び舌打ちをすると、ズンズンと大股でこちらへ――ドアのほうへ向かってきた。すぐさま阿良々木の意図を察した忍に制服の裾を引っ張られて、慌ててドアの前から退く。
すれ違う瞬間。阿良々木は一瞬だけちらと横目で俺を見てから、そのまま早足に風紀委員室を後にした。
「……ふー……」
足音が遠ざかっていくのを聞きながら、詰めていた息を吐き出す。
しぬかとおもった。いろんなイミで。
「すみません、止められなくて……」
申し訳なさそうな顔でうーたんに駆け寄ってきたのは、さっき阿良々木を引き留めようと頑張っていたあの委員だった。
「いいよ〜。そもそも、今回は本当にアララギくん関係なさそうだしぃ」
「ですが、」
「気にしない気にしない〜。気にしすぎちゃうの、秋山の悪いクセだよぉ〜」
へらへら笑いながら言って、うーたんはポンポンと秋山くんと言うらしい彼の頭を撫でた。超真面目そうな秋山くんは、撫でられてちょっと嬉しそうな顔をしている。
うーたん、意外と慕われてんのね。秋山くんとはタイプ正反対っぽいのにね。
そもそも、うーたんが最初っから関係者だけ連れてくれば秋山くんがあんな怖い思いすることにもなんなかったんじゃねえの。とは、思ったけど言わないことにした。
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