04
「あいつ、本村様に馴れ馴れしくして……!」
「っていうか、あの平凡だれ?」
「えっ、アカネ様って……えっ? ブラコ、」
「こらっ、しっ! それは言っちゃだめだよ!」
いやいや、最後。最後のやつ、明らかに止めるの遅いって。既に他の誰かも思いっきり口に出しちゃってたしね、「ブラコン」って。あと、俺が誰かについてはほっといてくれ。平凡だっていうのは俺が一番よく解っている。
ざわめく食堂内のあちこちから聞こえる声にいちいちツッコミを入れていくと、それだけでなんだか気分がずしりと重くなった。まだ何にも食べてないし、ついさっきまで腹ペコだったはずなのに、一気に胸焼けになった気分である。
「…………お前、」
「ハイ」
暫くのあいだ無言でこちらを睨み付けてきていた本村アカネが、不意に口を開く。即座に良いお返事をすれば、じっとりとした視線と低い声。
「名前は」
「八木重陽です」
「クラスは?」
「一緒」
「は?」
「……2年A組です」
「まじで、一緒じゃん」
いやだから、そう言ったろうが。
チッと舌打ちしたくなるが、しない。ここは我慢だ。なんてったって俺、こいつより一個年上だからね。そんな大人気ないことしな……
「あれ、なのにミド兄とタメって、どういうこと?」
「……一回留年してるからデス」
「なんだ、ダブりかよ」
……しない、
「今どき高校で留年とか、ただの出来損ないじゃん」
我慢、がま――
「あ。もしかして、この学園に来たのも裏口入学とかじゃないの? ゴートエンターテイメント株式会社って言ったら業界でもトップだし、それくらいのことしそうだしぃ」
にたり、と下卑た笑みを浮かべる本村アカネ。その口から紡ぎだされる言葉は、とてもじゃないが聞き逃すことのできないようなもので。
――ぶちり、
俺は、ついに堪忍袋の尾が切れる音を聞いた。
煮え繰り返るはらわたと、沸騰しそうな血液。それらをなんとかして残りわずかな理性で抑えつけながら、スウと深く息を吸う。
「なん――」
だとゴラ、とさすがに我慢ならないセリフに声を荒げかけた、そのとき。
それよりも早く、背後から伸びてきた誰かのてのひらが俺の口を覆ってそれを防いだ。
「ハイ、ストーップ!」
「んぐ?!」
抵抗の呻き声を上げる俺を、手の持ち主はそのままグイと引き寄せる。自然後ろに倒れる体は、やべ、と思った次の瞬間にあたたかい誰かの腕と体温に受けとめられていた。
なんだなんだ、一体なんなんだ。背後から抱き締められるような体勢になって、困惑しながら僅かに顎を持ち上げる。そうして俺の視界に映ったのは、見紛うことなき鮮やかな。
――オレンジ
「うーたん……何してんのさ」
見慣れたその色に一気に肩の力が抜け、緩んだ手の隙間から小声で問い掛ける。すると返ってきたのは、予想外にも呆れの溜息だった。
「め――じゃなかった、ハルちゃん。それこっちのセリフだからねぇ」
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」
ていうか、とりあえず。
「ほれ、早く離せって」
「えー」
「なんだその不満そうな声は」
「そうだなぁ〜。ハルちゃんが可愛く『離して?(はぁと)』って上目遣いで言ってくれたら、離してあげるぅ」
おまえは何を言っているんだ。
「いいから離せやボケ」
いくらツイッター上では可愛いうーたんとは言え、リアルじゃただのでっかい男だ。可愛い女の子ならともかく、俺にムサい男に抱き締められて喜ぶ趣味はない。
その苦痛を訴えるように、ゲシゲシとうーたんの足を全力で踏みつける。
「ちょ、痛い痛い。痛いって! ハルちゃん容赦なさすぎ!!」
「はーなーせー」
「わかったよぉ、もー!」
名残惜しそうな声を最後に、パッと腕を離される。思わず後退して距離を取れば、なぜか傷ついたような顔をされた。――が、そんなもんは無視だ、無視。
忍たち四人の中でなんとなく一番強そうな西崎の後ろに隠れて睨み付ければ、うーたんは「あーあ、」と肩をすくめた。それから、くるりと本村アカネを筆頭とする佐藤灯里信者共の方に向き直って一言。
「風紀委員会でぇーす」
「知っています」
へらりと笑ったうーたんをバッサリ斬り捨てたのは副会長だ。容赦なさすぎて笑う。クソワロ。
しかもうーたんが「そっかぁ」とかフツーに受け流すもんだから、余計に腹が痛い。
「えーっとぉ、なんか食堂で騒ぎが起きてるって聞いてきたんだけどぉ、」
コホン、と咳払いを一つ。ぐるりと目だけで食堂内を見渡しながらうーたんの言葉に、ようやく俺はうーたんがここに来た理由に気付いた。
なるほど。校内治安維持のオシゴトってわけですな。
「なにがあったのか、聞かせてもらっても――」
「あの平凡が、灯里に突っ掛かってきたんですよ」
「違う! 俺があいつと友達になりたかったから」
「アイツが俺のミド兄のことをたぶらかしたのがいけないんだ!」
うーたんが問い掛けた途端、副会長と佐藤灯里、そして本村アカネが一斉に話し出す。ワアワア騒ぐ彼らの中で、唯一真実を言っているのが佐藤灯里だってあたり救えない。
ああ、いや。阿良々木クンがなんも言ってこないだけ、ある意味まだマシなんだろうか。っつうか、誰がミドリをたぶらかしたって――
「……あれ?」
「どしたん?」
「や、志摩書記がいねぇなーって」
何事かと西崎が振り返った西崎に、ふと気付いたことについて言ってみる。すると西崎は一瞬ワアワアしている方を振り返って「ほんまや」と呟いた。
「志摩、おらんな」
「なんでだろ」
「なんでやろなァ。あの転校生に飽きたんちゃう?」
「そうなのかねぇ」
パッと見真面目そうだった、実際クソがつくほど真面目らしい志摩書記。そんな彼が生徒会の仕事を投げ出すほど熱中していた存在に、そんなにすぐに飽きたりするもんなんだろうか?
よくわからん。恋愛沙汰はどうにもニガテだ。
「うーん、これじゃどれがホントだかわかんないな〜ぁ」
未だにワアワアやってる佐藤灯里御一行様をバックに、うーたんは困った風に笑った。しかし、その笑顔はどこか胡散臭いというか、わざとらしいというか。
なんか企んでんなと思った次の瞬間、案の定というか、「そうだぁ!」とやっぱりわざとらしい声を上げてうーたんは言った。
「しょうがないから、とりあえずみんな風紀室に来てくれるぅ? お昼ご飯はこっちで用意するからさぁ〜」
うーたんがそんな提案した途端。佐藤灯里たちがハイともイイエとも言わないうちに、どこからともなくザザザッと数人の風紀委員が現れる。そして、有無を言わせず彼らを連行していった。
なんて、手早い。
「……始めっからこうしたらよかったんじゃねぇの?」
うるさい三人組+阿良々木がいなくなってスッキリしたのか。やけにニコニコ笑顔で近付いてきたうーたんにそう言えば、とても良い表情でこう返された。
「一回あーやってワアワアさせることで、ちょっとでも誰かが『副会長、頭オカシイんじゃないの?』って思ってくれたらいいなぁ、ってさあ〜」
「つまり?」
「計画通り、ってわけぇ」
にたり、と某夜神さんちの月くんみたいに笑ううーたん。西崎だけじゃなく、うーたんまで策士だった。怖い。
「そんじゃあ、ハルちゃんも当事者だから一緒に来てくれる? あ、そこの君も一緒に来てくれたら助かるかもぉ」
「四対一じゃ分が悪いしぃ」と、うーたんが指名したのは忍だった。
「もちろん良いのな! ハルのためなら」
にっかり笑顔で返す忍に、妙な違和感を抱いたところで気付く。
――この二人、まだお互いが誰だか知らないんだった。
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