03
ああ、どうやってこのフラグをばっきばきにしてやろう。グサグサとあちこちから突き刺さる視線にそんなことを考えはじめる俺。それをよそに、佐藤灯里はマシンガントークを続ける。
「そうだ! それよりもな、俺、こないだお前と話してからな、考えたんだ!」
なにをだ。
「なんでお前の名前知りたかったのかなって!」
へえ、ああ、ええ、そうですか。
……そんで、
「だから?」
「俺と友達になってくれ!」
「えっ」
「えっ?」
いやいやそんな、ご冗談を。シンジラレナーイ! と、思わず片言の外人さんみたく言いたくなる。
え、なに? いまなんて言ったの? この、主に言語が通じない点で宇宙人みたいな、仮にも年上の俺をお前呼ばわりし続ける常識欠落人間は。
「ぱーどん?」
「だから、ともだ」
「オーケー解ったもういい」
いやいやいや、友達て。どうしてそうなったし。わけがわからないよ。
「先週の月曜、俺たち話しただろ?」
「ウン」
「俺、お前が言ってたことについて色々考えてさ!」
「ウンウン」
「だけどやっぱり、よくわかんなかったんだ!」
「……えぇー」
「だから、お前と友達になったらわかるかと思って!」
「もっとえぇー……」
なんだ、そのトンデモ理論は。最近の若い子ってみんなこうなの? 俺より2つ年下世代ってみんなこんな感じにブッ飛んでんの?
やだなにそれこわい。
「僕と契約してオトモダチになってよ、的な?」
「的な、かもなー」
某QBを思い浮かべながらぼそりとこぼせば、忍が苦笑とともに返してくれた。あー、今すぐ寮に引きこもってまどマギ全話見直してぇ。
なんかもう、今日は理一は居ないし、阿良々木なんちゃらやら副会長やらは凄い勢いで佐藤灯里の後ろから睨んでくるし。一体どうすればいいんだ。
いっそ、佐藤灯里の面食い体質を利用して忍あたりを生け贄に捧げるか? と、そんな考えが脳裏をよぎった、その時。
「だからな! 友達になるためには、やっぱまず名前を――」
「……あれ、」
ふと、こっちを睨みつけてきている佐藤灯里信者ご一行の中の一人に目が止まった。ひょろりとした長身に、ふわふわとした茶色の髪を持つ男だ。
どこかで見たような、気がする。なのに、どこで見たのかが思い出せない。あああ、どこで見たんだっけ?
――確かこいつは生徒会会計の。名前は、本村……
「……本村アカネ?」
「ハア?」
妙な違和感に突き動かされるままいつぞやに聞かされた名前を呟けば、やけに喧嘩腰な声が返ってくる。突然の俺の呼び掛けに本村アカネが浮かべたその険しい表情にも、違和感。
「なーにぃ? 急に。確かに俺は本村アカネだけどぉ、キミみたいな平凡に呼び捨てにされるのはちょーっと不快ってゆうかぁ」
「や、えーと、それはごめん。ごめんなさい。でもどっかで……あ、」
「あ?」
思い出した。アカ、じゃなくて。
「もしかして、本村ミドリっていうお兄さんとか、いたり……?」
「――……ミドリ?」
記憶の奥のほうからよみがえってきたその名を上げた、途端。急に、ブワリと本村アカネの周囲の空気が殺気立つのを感じた。
ビリビリと肌がしびれるような錯覚。今まで以上に鋭い視線が俺に突き刺さる。
「なんでお前がミド兄のこと知ってるんだよ?」
「……ハハ。猫脱げてんぞ、会計サマ」
「うるさい。答えろ」
おいおい、まさかのゆるゆるキャラは猫かぶり疑惑かよ。固い笑い声を洩らすも、冗談で空気を和らげようとする作戦は失敗に終わった。あーあ、短気な人はやだねぇ。
……で、なんだっけ。どうして本村ミドリを知ってるか、だっけ?
「パーティーで会ったんだよ。去年の春辺りにあった、おたくの会社の新作発売祝賀会で」
「ああ、あの、……中華風アクションの?」
「そうそう。そんで、タメだからって仲良くなって。一個下に、別の学校に通ってる弟がいるっつってたから」
言いながら、そういえば本村アカネは一応クラスメイトだったことを今更思い出す。俺が転校してきてから一回も教室出てきてねぇけど、大丈夫なんかな。単位とか単位とか単位とか。
ちなみに、本村ミドリというのはさっきも言った通り本村アカネの兄である。そんでもって、PC用ゲームソフトを開発している会社の御子息サマ。
うちの会社の事務所所属のバンドがそのゲームの主題歌を担当させてもらった縁で祝賀会にお邪魔したら、なんかフツーの高校生っぽいやつがいて妙な親近感抱いて話し掛けてみたら仲良くなった、っていうわけ。
ミドリのほうはほわわんとした感じのまじめそうかつ穏やかそうなヤツで、さっきの違和感は多分そのせいだろう。ミドリはあんな嫌悪感丸出しの顔しなさそうだし。
「最近ドタバタしてて連絡とってねぇんだけど、ミドリ元気?」
「……お前、ミド兄と連絡までとってんの?」
「え? ああ、そりゃ、まあ」
えっ? 「連絡まで」ってどういう意味だ?
つーか、えっ? さっきから気になってたんだけど、本村アカネってもしかして。
「お前、最後にミド兄と連絡とったのいつだ」
「えーと、1ヶ月くらい前、だったかな……」
記憶をさかのぼりながら答えれば、ギン、とそれだけで生身の体に穴が開きそうな鋭い視線。
「なんでだよ! 俺なんか、お盆の時にメールが来たのが最後だってのに。しかもそれだって、急に用事が入ったから会えないっていうヤツだったし!」
ほんとは、帰省して一緒に別荘に行くはずだったのに。と、がっくり肩を落として続ける本村アカネに、俺は。
――そのお盆の時に、ミドリと遊んでたのが俺だってことは、言わないほうがいいだろうなぁ
なんてことを、ぼんやりと考えていた。きっと口にしようものなら命が危うくなるに違いない。
ていうか、やっぱり、こいつって。
「言っとくけど、ミド兄は俺の兄さんなんだからな。そこんとこ、勘違いすんじゃねぇぞ!」
「――――ブラコンだ」
びしり! と人差し指の先を俺に向けて、声高らかに宣言した本村アカネ。一応言っておくが、今ボソッと零したのは俺じゃない。事態を見守っていた一般生徒の誰かだ。
再びざわざわし出す食堂内。本村アカネの威圧感に口を閉ざしていた佐藤灯里も、いまや呆気に取られたようにぽかんと口を開いている。むしろ、ちょっと引いてる。副会長に至ってはドン引いてる。
なんというか、アレだ。結果的に、佐藤灯里をなんとなくやりすごすことには成功したものの。
――一難去ってまた一難、か。
猫を剥がせばただのブラコンだったチャラ会計の視線……いや、死線を浴びながら、俺は大きく溜息を吐いた。頭いたい。
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