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「んでさ、実行委員が暗幕が足んないーて言い始めて。二木せんせーが見に行ったんだけどさ、あの人、自分が重いの運ぶのやだからって俺のことパシりやがってよー」
『それはなんつーか、御愁傷様だな』
「……お前、ぜったい面白がってんだろ」
『ちょっとな』
「うっわ、ひっでぇ」

  クラス教室のある区域から少し外れたところに位置する、あまり使われることのない講義室。そのうちの一つで、俺は教卓に寄り掛かりながら、理一に昨日の放課後のことを話していた。

『暗幕を使うってことは劇でもやるのか? お前のクラスは』
「うんにゃ、お化け屋敷やんだよ」
『ああ、なるほど。お化け屋敷か。じゃあお前もおどかし役なのか?』
「そういうのは忍みたいなイケメンとかがやんの。俺はBGM編集とビラ作成担当でっすー」

 パソコンでそういうのができる人がいなくて、と付け足せば、電話の向こうで理一が笑う気配。

『そうだよな。お前はそういうの得意そうだもんな』
「まあそりゃ、モッチーよりはな」
『……喧嘩売ってんのか、お前は』
「ハハ、滅相もない」
『どうだかな』

――結局、あの日以来。理一は文化祭に向けての生徒会の仕事が、俺はクラスの準備がそれぞれ忙しくなってしまって、理一が会長だからとかそれ以前の問題のせいで会えていなかった。
 だから、リプライで約束したメールの打ち方指導もいまだにできずじまい。けど、その代わりというわけでもないが、俺たちは時折こうやって電話をしていた。
 ちなみに、理一のことを「モッチー」なんて呼んでいるのは、万一誰かに聞かれてしまったときのための対策である。

「そっちのクラスは?」
『あぁ、なんだったかな……確か、』

 曖昧な受け答えののちに聞こえてきたのは、ガサガサと書類かなにかを漁る音。こいつ、覚えてないんだな。絶対そうだ。それか、人づてにしか聞かされてないか。せいぜいそんなとこだろう。

『あぁ、あった。喫茶店らしいぞ』
「……らしい?」
『生徒会に提出された書類でしか知らないからな』
「まさかの書類のみパターンかーい」
『……はぁ?』

 怪訝そうな声に、こっちの話だと返す。

「てか、モッチーそれなんかやんの? 接客とか」
『親衛隊のやつらにやってくれとは言われてるけどな。正直、生徒会のほうの仕事だけで手一杯なのが現状だ』
「デスヨネー」
『文化祭には実行委員がいるから、他の行事と比べりゃまだマシっちゃあマシだけどな。ぶっちゃけ辛ぇわ』

 そう零す声には、色濃い疲労がにじんでいた。ちゃんと飯食ってんのかな、とか。ちゃんと睡眠とってんのかな、とか。思うことは色々あるけれど、とりあえず今すぐ傍に行って頭を撫でたいような衝動に駆られる。

「……まぁ、あれだ。アレ」
『どれだよ』
「生きろ、そなたは美しい――じゃなくて」

 つまり。

「無理すんなよ」
『……おー…………』
「じゃあ俺、そろそろ行かねぇと。昼休み終わっちまう」
『食堂か? 気を付けろよ』

 もはや定例句のように出されたのは、微妙にぼかされた注意を促す言葉。今のこの学園で気を付けなきゃいけないようなものなんて一つしかないから「なにに?」なんて、そんなことを聞いたりはしない。

「ん、さんきゅ。そっちもな」
『ああ』
「そんじゃ」

 いつもと同じように短く言葉を返し合ってから通話を切った。携帯をしまう。
 体重を掛けていた教卓から重心を移す。と、ちょうどタイミングを見計らったように、半開きの扉の影から忍がひょっこりと姿を現した。

「おっ、めーちゃんはっけーん」
「……だからその呼び方やめろって」
「電話終わったか? 終わったんなら食堂行こうぜ! 西崎たちも待ってるのな」
「いや、だから。人の話を聞け」

――あれ。なんか、似たようなことをついこの間も誰かに言ったような。
 ……まあ、いいか。

「めーちゃん今日なに食う? ちなみに日替わりランチは鶏だんご鍋塩味なのな」
「なぜこの季節に鍋」

 もう10月になったとはいえ、まだまだ毎日蒸し暑いっていうのに。頭おかしいんじゃねぇのなんて笑いながら、俺は電話をしていた空き教室を後にする。
 今日の通話時間は、わずか5分足らず。短いとは思うけど、たぶんそれくらいでちょうどいいんだろうな。と、根拠もなく思った。













 辺りにただよう妙な殺気と異様な雰囲気に気が付いたのは、食堂内に一歩足を踏み入れたときのことだった。
 舌打ちと罵詈雑言から成るざわめきに、嫌な予感が募る。

「……なぁ、これってもしかして、さ」
「もしかしなくてもそうだろうな。ほら、見ろ」

 恐る恐る問い掛けた俺に顔をしかめながらそう断言したのは、数歩後ろを歩くシュウである。だよなぁ、そうだよなぁ。ほら、と示された前方はできるだけ見ないようにして肩を落とした。
 あーあ、さっき気を付けろよって言われたばっかなのに。数分前の癒しの一時に帰りたくてたまらない、切実に。

 右に忍、背後にシュウと西崎。それから、あの一件以来なぜか慕ってくれていて、たまにご飯を一緒している斎藤くん。
――そして、前方。食堂の中央付近には。

「あーっ!!!」

 チクショウ。人の感情の機微には鈍いクセに、こういうときばっか聡くなりやがって。
 逃げを打つ間もなく、俺たちの姿を捉えて大声をあげたそいつ――いま現在のこのいやーな空気の元凶である佐藤灯里に、盛大に舌打ちする。
 隣で忍が「めーちゃん、猫かぶんの忘れてる。猫!」とか、ヤギなんだか猫なんだかどっちかにしろ! と怒鳴りたくなるようなことをささやいているけど、そんなん知ったことか。そもそも、俺は猫なんかかぶってねぇ。
 さすがにそこまで器用じゃねぇわ!

――とかいう、そんな現実逃避も虚しく。

「お前、この前のやつだよな! なんでさくらと一緒にいんだよ!!!」

 佐藤灯里は、ドタドタと俺たちの元まで駆け寄ってきたかと思うと、やっぱり骨がきしむ程の強さで俺の腕をがっしり掴んで、マシンガンのように勢い良く話し始めた。
 これは、まさしく。





 死亡フラグなう





 嗚呼、神様。いや、別に神様なんて信じちゃいないし、そんなもんがいるだなんて微塵も思っちゃいないけど――とりあえず神様。あるいは仏様。ともかく、なんか願い事叶えてくれそうなそこら辺のエライ人。
 この哀れな子羊、もとい子山羊に、一体どこでルート選択を間違えたのか教えてください。
 あわよくば、このフラグを回避する方法も。





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