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さてはて。
時間の流れというのは早いもので、気が付けばこの学園に転入してきてからもう1週間が経ったわけですが。
4@nininga-4
@meemee-yagisan 国語科室まで暗幕取りに来い。駆け足
――現在、半月後に控えた文化祭に備えて準備の真っ最中、だったりしまして。俺は、あの日の翌日に案の定「4」だと判明した二木せんせーに、パシられたりしてまして。
「遅ぇぞ、八木」
「…………あの、さぁ。二木せんせー? アンタ、リプで呼び出しすんのやめろって、何回言ったら覚えてくれんですか?」
国語科室の扉を開けるなりくわえ煙草で文句を付けてきた二木せんせーに、俺は深く息を吐く。全くこの人は本当に人使いが荒い。
教え子が肩で息してハアハア言いながらやってきたってのに「遅ぇ」はねぇだろ、「遅ぇ」は。これでも全速力で来たんですけど!
「暗幕ソレな。そこの段ボールに入ってるやつ」
「げっ、三箱もあんじゃん。うっわ、スーザン引っ張ってくりゃよかった」
「スーザン?」
「忍のことだよ。アイツもツイッターやってんの」
サラリと言ってから、コレ言っちゃいけないやつだったかな、と思う。しかし一度言ってしまったことを取り消すことはできないし、忍にはせんせーが「4」だということを教えちゃっているから、まあいいか、とすぐに思い直した。
「他にはなんかある?」
「いや、持ってくもんはねぇな」
「へーい。そんじゃあ……」
「あ、待て」
さっさと教室に戻ろうと、重たい段ボールを抱えて立ち上がりかけたとき、不意に制止をかけられる。何事かと振り返れば、そこにはにっこり笑顔で相変わらず汚いデスクを指差す、せんせーの姿があって。
あ、なんだか嫌な予感。
「お前いま暇か? 暇だろ? なら、ついでにこの机片付けて――」
「あいにくと俺暇じゃねぇんで! すんません!!!」
予想通りすぎる言葉に、急いで暗幕を抱えなおして逃げ出す。三つ一辺に運ぶのはぶっちゃけキツいけど、二回とかにわけてまた戻る羽目になったら絶対片付けさせられるに決まってる。
そんなのはごめんだ。半ば意地になりながら、俺はトタトタと廊下を走った。廊下は走っちゃいけません? そんなん知るか。
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「もしかして」の可能性が「ああやっぱり」という確信に変わったのは、転入三日目の朝。SHRの最中に、二木せんせーが注意事項を口にした時のことだった。
「男同士でそういう関係になったりすんのが悪いとは言わねぇけどな。校舎内でそういうコトすんのだけはやめろよ」
目撃しちゃった俺が胸クソ悪ィから、なんて続けられた言葉に既視感。どっかで聞いたような――というか、確実に似た内容を見た。昨日。
どこで? そりゃあもちろん、ツイッターで。
「あと、最終下校時刻も守れ。風紀とか以外のやつは厳守だ。事件事故防止のために見回りしなきゃなんねぇこっちの身にもなれ」
とてもじゃないが生徒のことを思っているとは考えられないような台詞に、なぜか「二木先生すてき!」と教室内が沸き立つなか。俺はひとり、どうやって二木せんせーにツイッターの話を切り出そうかということを真剣に考えていた。
いやまあ、無い頭でそんなん考えたって、うまい言い回しが出てくるはずもないのだけれど。
「せんせー」
「なんだ。片付け終わったか?」
「や、片付けはまだですけど……そうじゃなくてさぁ」
その日の放課後。なぜか国語科室の片付けに駆り出されてしまった俺は、結局のところ単刀直入に聞いてみることにした。
「4」
「……あァ?」
「ってアレ、二木せんせーですよね」
「――――なんで知ってんだよ」
ぽかんと口を開けたせんせーは、間抜け面でも男前だった。とだけコメントしておこう。つまり、イケメン滅びろ。
まあそんな感じで、流れで俺のアカウントも教えちゃったりしちゃったわけだが。こうやって忙しいのを理由にパシられまくっている今では、完全に失敗したなと思っている。
っていうか、あの人なんでもうあんなに机散らかしてんだよ。まだ一週間経ってないんですけど?!
「おーい、追加の暗幕持ってきたぞー」
2年A組の教室に着いたところで、行儀が悪いとは思いつつも足で引き戸を開ける。作業中のクラスメイトたちに向かって声を掛ければ、様々な反応が返ってきた。
「おー、めーちゃんおかえり。お疲れ!」
「随分と重たそうだな。ハル、一つ寄越せ。持ってやる」
「あーっ、シュウクンせこいわぁ〜! そんなことしてめーたんの好感度上げようとしたって、そうはさせんでぇ」
真っ先に反応を見せたのは、ばっちり爽やかモードの忍。続いてシュウに西崎だ。一週間、自然と一緒に行動しているうちに「いつものメンバー」になりつつある面々である。
忍のめーちゃん呼びがどうにも直らず、いつのまにやら西崎にまで感染していることに関しては、もはやなにも言うまい。
「八木ィ、おかえりー」
「お疲れさま、八木くん」
「追加の暗幕、こっちにおねがーい!」
少しずつ馴染んできた他のクラスメイトたちにも声をかけられながら、俺は窓際で手を振る文化祭実行委員のところへ歩み寄った。
「三つ貰ってきたけど、これで足りるか?」
「うん、大丈夫!」
「そ。ならよかった」
「お化け屋敷なのに暗幕足りないとか、ありえないからねぇ。ほんと助かったよぉ〜、ありがとう!」
まっすぐな感謝の言葉に、なんとなく嬉しくなりながら暗幕の入った段ボールを置いた。あー、重かった。
「んじゃ、暗幕取り付けるなー」
「おう。ヨロシクー」
クラス一背が高いやつにバトンタッチして、同じく段ボールを下ろしたシュウと共に忍たちの元に戻る。
その道中にも時折「おつかれー」とか「パシリどんまーい」とか声がかけられたりして、なんていうか。
「平和だな…………」
「突然どうしたんだ、お前は」
奇妙なものを見るような目を向けてきたシュウには苦笑いを返して、なんでもないのだと誤魔化す。
クラスメイトたちとも打ち解けられて、文化祭でやるお化け屋敷の準備も順調で。不思議なことに、忍や不本意にも接触してしまった生徒会役員たちの親衛隊からなにかされるようなこともなくて、本当に。
「――平和すぎて怖い」
嵐の前の静けさ、なんて言葉はできれば思い出したくなかった。
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