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「はいはーい、もっしもー……」
『遅ェ』
「……し」

 そろそろ食堂に向かう生徒たちで混みそうなエレベーターホール。そこから、ちょっと離れながら携帯に話しかけたところ、間を置かずに返ってきたのはそんな不機嫌度MAXな声だった。
 ……うん、ごめん。待たせすぎた自覚があるだけに何も言えない。

「クラスのやつと一緒にいたから出んの遅くなった。悪い」

 ただでさえ理一は忙しいっていうのに、俺なんかに余計な時間を割かせて申し訳ない。思いながら謝罪すれば、ああ、とどこかはっきりしない声を理一は上げた。

『それより。昼間約束したが、アレ、無理になった。悪ィ』
「あらま。仕事か?」
『違う。ちょっと……』
『――理一! なに電話してんだよっ! 早くこっち来て一緒にゲームしようぜ! 静貴とアカネも待ってんぞ!!!』

 言い淀む理一に、どうしたのかと首をかしげたとき。理一が言葉の続きを口にするより先に受話器の向こうから聞こえてきたのは、どこかで聞いたような――というか、思いっきり聞き覚えのある声だった。

「……ああ、なるほど」
『正直殴らねェ自信がねぇんだけどどうしたらいい?』
「気を確かにな」

 その声の主と割って入ってきたセリフの内容から理一の現状を察してそう言えば、回線の向こうで深い溜息が落ちる。

『たっく。俺が何のために死に物狂いで仕事片付けたと思ってんだよ、あのクソ共は』
「へ?」

 なんだ、その言い方。まるで。

「俺のためにわざわざ時間作ってくれたわけ?」
『……さあ、どうだろうな』

 まさかと思って問い掛けるも、明確な答えは貰えない。代わりに、フッと小さく笑う声がした。
 なんだこれ。なんだこのよくわからん行動イケメン……! 顔と声だけじゃなく、行動までイケメンだなんて卑怯すぎる。

『また、後で電話してもいいか』
「モチロン」

 そりゃ、ダメな理由なんてあるわけないけれど。

「でもお前、佐藤灯里たちが帰ったあとでそんな気力なんてあんのかよ?」
『は。引きこもりのお前と一緒にすんなよ』
「引きこもり言うな、自宅警備員だっつうの」
『つまりは引きこもりだろ』

 理一さん容赦なさすぎわろた。
 一瞬、不快じゃない沈黙が落ちて、くつくつとお互いに笑い合う。こういう空気は嫌いじゃないな、と思った。しかし、そんなどこか穏やかな時間も長くは続かない。

『おい、理一! 早くしろよ!』

 再び割って入った声に思わずしてしまった舌打ち。ちなみにこれは俺だけじゃない。
 おいおい理一、仮にも一般生徒に対してそんな態度でいいのか。苦笑い。

『――とにかく、電話するからな。絶対』
「おっけ。未来で待ってる」
『……俺が真琴ってガラかァ?』

 普通逆だろ、なんていう笑いを含んだ声を最後に、通話は途切れた。ツー、ツーと、無機質な音だけが俺の鼓膜を震わす。

「つうか、時かけとか知ってんだ」

 本当に、理一はことごとく俺の「典型的な金持ち」像を壊していく。なんだかなあと誰にともなく呟いて、終話ボタンを押した。それから、伸びかけの髪でソワソワする首裏を掻く。

「ほんと、なんだかなぁ……」

 今日うーたんに忠告されたばかりだというにも関わらず、早速それに背くように理一のとこに行くことに、少しためらいがあったのは事実だ。自分から言い出しておいて、というハナシだけど。
 だから正直、佐藤灯里たちの襲来によってそれが阻まれて、ちょっとホッとしてたりするような。でも、理一の現状と苦労を思うと、あまりに身勝手すぎる心情に自己嫌悪するような。

 なんというか、やっぱり俺の運、微妙だ。
 改めてそう思った。

「こんなの絶対おかしいよ」

 理不尽すぎる理一の現状を憂えて某魔法少女の真似をしてみるも、気分は一向に晴れない。それどころか、無力感と苛立ちがまざり合わさったような謎の感情は募るばかりだった。ぐぐぐ、と自然眉間にできる深い皺。一生夜が明けないんじゃないかというような、そんな錯覚さえ覚える。

――しかし、

「あれ、」

 そんな憂鬱な気分は、再び戻ってきたエレベーターホールに現れたとある男の姿に、一瞬で吹き飛んでしまった。

「あの人、確か書記の……」

 ちょうどやってきたエレベーターから降りてきたのは、なんと生徒会書記の男だった。2メートルあると言われても納得しそうなほどの長身が特徴的だから、間違っているということはあるまい。
 確か名前は志摩飛鳥。これまた忍情報によると、スポーツ特待生で剣道部次期主将だとか言っていたか。
 それにしても。

「アカリンはいいのかね」

 なにやらジャージ姿で外へ出ていく志摩の後ろ姿を見送って、ぽつりと呟く。
 そういえば、電話の向こうで佐藤灯里は「静貴とアカネも」と言ってたっけ。じゃあ、最初から志摩書記は理一のとこには行かなかったってことか。ちょうどこのタイミングで理一のとこから抜けて来たとも考えにくいし。

「ジャージってことは、自主練でもすんのかね」

 そんな風に推測をしながら、志摩が乗ってきたエレベーターに乗り込む。
 佐藤灯里に執着しているという阿良々木も、志摩と同じく佐藤灯里と別行動をとっているらしいことの奇妙さに気が付いたのは、エレベーターが8階に到着したときのことだった。





「めーちゃん、おかえりー。随分遅かったのな」
「おー、ただいま」
「……あれ、鶏そぼろだけ? 俺の弁当は?」
「――――あ、」

 完全に忘れてた。

「……めーちゃん、さりげなくひどいのな」
「うっせ、色々あったんだよ。イロイロ」

 801号室で迎えてくれた忍の分の弁当を忘れていたのは、理一と電話したり阿良々木にぶつかったりするよりもっと前。最初にスーパーで鶏そぼろに一目惚れしたときからのことだけど。
 まあ、言わなきゃわかんねぇし。いいだろ、別に。













ヤギ@meemee-yagisan
 登校初日クッソつかれた……

ヤギ@meemee-yagisan
 ねむ

ヤギ@meemee-yagisan
 でもまだねれないからとりあえず久しぶりにネトゲするね(ダメ男)



wood@38-wood
 @meemee-yagisan お疲れさまです。無理せず早くゆっくりお休みになってくださいね













「……このフォロワーさん、いっつも丁寧なリプくれるよなぁ」

 結局忍は自分で弁当を買いに行って、一緒に夕食にして。その後、理一からの電話を待つ間のスーザンとの久々――といっても半月かそこら――の共同プレイの途中。届いたリプライの内容に、俺は思わず目元をゆるませた。
 ここに来てからまだ二日、されど2日。新しい環境に適応しようと必死な中で、こういう労りのようなものは受けなかったからひどく安心を覚えた。

「悪い忍、ちょっと待って」

 フィールドでの戦闘にタイムをかけてからマウスを操作し、短いクリックを数回。













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「よろしくお願いします、っと」








 02.初登校なう END

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