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「しっかし八木クン。ジブン、運があんのかないのかわからんやっちゃなあ」

 新しい鶏そぼろ弁当をゲットできてほくほくしていた俺は、西崎のその言葉に即答することができなかった。

「…………そう、か?」
「せやろ」
「むしろ、あんな土下座でボコられルート回避できたんだから、運良いくれぇじゃねえの?」
「それはちゃうやろ」

 疑問の声を上げた俺を、西崎はバッサリ切り捨てる。

「ほんまに八木クンの運が良かったら、そもそも、あんなとこで漫画みたいに一匹狼とぶつかったりせぇへんやろ?」
「あー、そういうイミか」
「せや。やから、ビミョーやなってゆーとんの」

――ふむ。なるほど確かに、西崎の言うことも一理ある。

 本当に運が良ければ、せっかくの鶏そぼろ弁当をダメにする羽目にもならなかったはず。でも実際はそうはならず、俺の鶏そぼろ弁当はひっくり返ってダメになってしまった。だから、「本当に運が良い」とは言えない。西崎が言っているのはそういうことだろう。
 一歩踏み出す度にガサガサ音を立てる、右手に提げたビニール袋を見下ろすと、なんとなく切なくなった。

 そうこうしているうちにエレベーターホールにたどり着き、西崎が上矢印のボタンを押し込んだ。

「まあ、なんもケガせぇへんで済んだんは、ほんまによかったのう」
「だな」
「なんてったって、今までアイツに目ぇ付けられたっちゅーやつら、ほとんどが病院送りになってんやもんなあ」
「――――うん?」

 なんだか今、信じられないことを聞いたような。病院送りだとか、なんとかとか……。

「ハア?! 病院送りィ!?」

 ぱちくりとまばたきしたのち、ようやく言われた言葉の意味を理解してギョッと目を見開いた。

「えっ? なにそれ、マジかよ!」
「あれ、なん。八木クン知らんかったん?」
「知らなかった……」

 忍から聞かされたことといえば、阿良々木くんが佐藤灯里にメロメロだってことと、しょっちゅう授業サボったり喧嘩したりする不良だってことくらいである。まさか、そこまでヤバいタイプの不良だとは思わなかった。

「なんでも、手加減っちゅーもんが出来ない上に、一度キレたら抑えがきかんっちゅーこってな。戦意喪失した相手が許しを乞うても、問答無用で身動きできなくなるまでボコるとかしょっちゅうらしいで」
「え、えぇー……」
「一晩のうちに、たった一人で族みたいなん潰したなんちゅーこともあるって聞いたで」

 なんだその、どこぞのマンガみたいなハナシ。

「うそーん」
「ほんまやて」

 ヤバさが桁違いすぎて血の気が引いた。制服を着たままの背中には、だらだらと冷や汗が垂れている。
 俺、マジで危ないところだったんだな……。

「っていうか、そんなやつと同室で無事な上に惚れられちゃったりするって。佐藤灯里どんだけ大物なんだよ」
「あー、せやなあ」

 佐藤灯里自体には特に変わったところはなさそうに見えたけれど、実際はなにかあるのだろうか。謎すぎる。

「やけど、その佐藤クンに対しても、ちょーっとネジ外れてるようなトコあるみたいやで」
「と、言いますと?」
「んまあ、端的に言うと独占欲が強いっちゅうか」

 いわゆるヤンデレっちゅーやつやな、なんていう西崎の言葉に、俺はくらりとした。

「有名なハナシだと、ちょっと佐藤クンの姿が見えへんくなると、携帯に鬼電したりするらしいで。ようやっと見つかったら見つかったで、誰とどこにおって何しとったんか事細かに話さしたりするっちゅう」
「…………」
「ゆうべもそれで大騒ぎになっとったで。さっきまで誰とおったんや、何で電話出ぇへんかったんやー、て」
「――マジで」
「マジやマジ。あと、浮気やったらブチ犯すーともゆうとったな」

 同じ階だったから廊下での言い争いが部屋にまで響いていた、と西崎は苦笑する。階が離れているのか、全然気付かなかった。

「え、浮気がどうとか言ってるってことは、佐藤灯里ってあの阿良々木と付き合ってんの?」
「うんにゃ。誰とも付き合っとらんはずやで。取り巻き連中には一通りコクられとるけど、誰にも返事しとらんのや」
「えー、ナニソレ……言っちゃ悪いけど、佐藤灯里性格悪くねぇ?」

 佐藤灯里が転入してきたのって、結構前のことだろ? 告白がいつだったのかは知らないけど、西崎のこの言い方だとそれなりに前だろう。
 なのに、キッパリ振ってやるでもちょっと意識して考えてみるでもなく、あんな風にそいつら全員をはべらすみたいなことするって。どういう神経なんだ。

「阿良々木も、他の生徒会の人とかも。そんなやつのどこがいいんだろーな」
「生徒会の人らのことはしらんけど。なんでも阿良々木は、佐藤灯里が自己紹介した途端コロリやったらしいで」
「自己紹介ィ? それだけかよ」
「せや。名前聞いて、誕生日聞いて、血液型聞いて。それから好きな動物聞いて、コロリや」
「なんだそれ…………」

 そんなんで人をそこまで好きになるなんてこと、果たしてあるんだろうか。ぶっちゃけ恋愛沙汰にはあんまり興味のない俺には理解しがたい。
 なんだかなあと思ったとき、不意に俺の携帯が鳴り始めた。マナーモードを切っていたため、着うたが流れだす。今の着うたは電子の歌姫ミクさん。ちなみに一個前はももクロだった。

「電話かいな?」
「みたい」
「なんや変わった着うたやんなぁ」

 西崎の反応に苦笑しながら携帯を引っ張り出せば、画面に浮かんだ「柏餅先輩」の文字が目に入る。
 と同時に、タイミング良くエレベーターが到着した。

「悪い、西崎。先帰ってて」

 電話してくる、と未だ鳴り続ける携帯を顔の横にかざす。

「ほんなら、気をつけてーな」
「おーう。あ、そうだ。弁当マジさんきゅ」
「えーんよ、そんくらい」

 西崎は、エレベーターに乗り込むとこちらを振り返って、階数ボタンを操作しながらにっかと笑った。

「八木クンのためなら、弁当くらいいっくらでも買ったるわ」
「え、」
「言ったやろ。本気で落としにかかる、て」

 それ、本気で言ってたのかよ! と、言い返すよりも早く、エレベーターのドアは閉まってしまった。なんてタイミングだ。もしかしてアイツ、狙った上であんなこと言ったんだろうか。だとしたら策士すぎる。
 エレベーターが去った後のホールにはただ、ミクさんの歌声を奏で続ける携帯と、間抜けヅラをしているだろう俺だけが残された。

「えぇー……」

 なんなんだ、アイツ。
 あんなことを言った割に、その後の授業とかではフツーすぎるほどフツーだったから、てっきりからかわれたのだと思っていたのに。

「…………俺にどうしろと、」

 動揺しまくりな俺は、とりあえず。待たせ続けている理一からの電話に答えるべく、通話ボタンを押した。





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tophyousimokujinow
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