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「――いくら斎藤くんのこと助けたかったからって、水ぶっかけるって! 八木くん、なかなかに行動力あるねぇ〜」

 食堂で何が起きたのかを詳しく説明して欲しいと頼まれ、水ぶっかけるまでの経緯を含め一通り話したところ、宇佐木さんはケラケラ笑いながらそう言った。
 もう、正直そのことに関しては自分でもどうかと思っているのであまりつっこまないでほしい。ていうか、触れるな。頼むから。

「ま。そーゆーことなら、斎藤くんにしたことに関しては不問にしてあげるよ〜。斎藤くんとあの転入生とのことには、風紀でも手を焼いてたからねぇ」
「はあ、ありがとうございます」
「どーいたしましてぇ」
「それじゃあ、俺――」

 授業に戻りますね、と言いかけたところで。

「でもねぇ、八木くーん」

 にんまり笑顔が俺を引き止める。

「…………ハイ」
「風紀が君を呼んだ理由は、それだけじゃなくってねぇ」
「デスヨネー」

 うん、そう簡単に帰れるとは思ってなかったけども。

「もう一個、注意っていうか忠告っていうか。この学園で生活する上で気をつけたほうがいいことっていうかぁ」
「心得、ってとこですかね」
「そうそう〜それについてお話したいんだけどぉ」

 そこで一旦区切ると、宇佐木さんはひょいと立ち上がって壁に備え付けられた棚からなにやらファイルを持ってきた。

「親衛隊とか制裁とかの話については、誰かに聞いた〜?」
「この学園出身の父……に、一応聞きました」
「なるほどねぇ。じゃあ、『今の』この学園のことと親衛隊については?」

 理一のことはなんとなく伏せた上での俺の回答。それに、宇佐木さんは「今の」の部分をやけに強調して言った。
 今のこの学園のこと。それは、佐藤灯里とかのことも含めるんだろうか。もしそうならイエスですね、と曖昧に返せば、そっかぁ〜と気の抜けるような声。

「じゃあさぁ、八木くん。佐藤灯里がみんなのアイドル生徒会役員サマ達に近づいてるこのじょーきょー。君が親衛隊員ならどう思う〜?」
「普通、気に食わないでしょうね。いくら顔がいいからって、生徒会の皆様はみんなのものよ! みたいな感じに」

 話に聞いたこの学園の崇拝っぷりでは、そういう流れになるのが妥当だろう。そんな俺の考えは、果たして正しかったらしい。

「うん、そうだねぇ〜。制裁しちゃえ! って思うよねぇ。でも、生徒会のやつらは、自分たちの親衛隊に対して命令を出してたりするんだよね〜」
「佐藤灯里に手を出すな。って?」
「そう〜。だから、今のこの学園の親衛隊たちは、みーんなピリピリしてるの。苛立ちとそれを解消できないもどかしさのせいでねぇ」

 だからね、八木くん。と、そこで宇佐木さんは初めて、へらへら笑顔を引っ込めた。

「正直、今日の君のあの接触だけでも、十二分に親衛隊を刺激するし、十二分に制裁対象となりうるんだよね」
「…………あれだけで?」
「そう。あれだけで」

 俺の食堂での生徒会への接触といえば、一方的に話し掛けたり謝ったりしただけだ。それも、「生徒会の人」へというよりは「斎藤くんと一緒にそこにいた人」へ。
 なのに、それさえも親衛隊とやらは許さないというのか。あまりに行き過ぎた感情に唖然とする。

「……まぁ今日のことは、君が転入してきたばっかだっていうのと、佐藤灯里に真っ向から反抗する形になったことで、見逃してもらえると思うけどね」
「そ、ですか」

 うおああああ良かったアアアアアアアアアアアア。
 完全にリンチコース一直線じゃねーか! と内心震え上がっていたところへの言葉に、ほっとするのも束の間。

「――――だけどね、」
「っ、ハイ!」
「あんまり目立つことしないでね、っていうのは変わらないからね。きっと次は確実に制裁対象だろうから」
「はい……」

 やっぱりそうか、そうだよなぁ……。今度こういうことがあったら、って理一と約束しちゃったけど、これじゃあその「今度」が来ることは無さそうだ。それ以前に、今日の夜遊びに行くことすらできないかもしれない。
 もし、やっぱり行けないと言ったら理一はどう思うんだろうか。なにも考えず、安易に約束なんてしてしまったことを後悔した。

「まぁ、いずれ八木くんには風紀から注意事項の説明に行く予定だったんだけどね。それが、こうも早まるとは」
「なんかすみません……お手数おかけして」
「ううん、いーよー。今日出会ったばっかのクラスメイトと、まだ出会ってすらいない後輩のために動けちゃう八木くんの考えというかは、嫌いじゃないし〜」

 むしろ、どっちかってゆーと好きだよ。なんて言って、ようやく宇佐木さんはにまりと笑顔を浮かべなおした。そのことに、なんとなく肩の力が抜ける。
 宇佐木さんは別に顔が怖いとかではないんだけど、いかんせん出で立ちが完全に不良のそれだから、真剣な表情をしているとやっぱり少し怖いのだ。どうしても。
 だって俺、チキンですし。

「それじゃあ、これ。風紀委員会からのお願いと注意事項の紙ね〜」

 さっき持ってきたファイルから数枚プリントを引き抜いて、宇佐木さんが手渡してくる。それには、いま宇佐木さんが話してくれたことと大体同じようなことが書かれていた。
 あと書かれているのは、同性愛がはびこっていることとか。生徒が襲われる事件も多いので、夜遅い時間に一人で出歩いたり人気の無い道を通ったりは極力避けることとか。そんなものだ。

 まあ、襲われるから気をつけてねと言われなかったのは、俺相手じゃ必要ないと判断されたんだろう。俺、なんだかんだ身長175センチあったりするし。
 スポーツをしてたわけでもなく、引きこもってばっかいたのにここまで伸びたのは、たぶん父さんの遺伝子のおかげだ。
 ちっちゃいならともかく、そこそこデカい上に平凡顔だなんて襲うメリット皆無だもんなー。そりゃ説明する必要もないわ、とプリントを折り畳んだ――ところで、ふと気付く。

「……ていうか、あの、宇佐木さん?」
「んん? なーにぃ?」
「こんなプリントがちゃんとあるなら、わざわざ宇佐木さんが説明する必要なかったんじゃないですか? 担任でも経由してプリントだけ渡せば――」

 言い掛けたところで、俺の言葉に苦笑している宇佐木さんに、俺はあることを悟った。

「……渡したんですね、二木せんせーに」
「そうなんだよねぇ〜。昨日のうちに、風紀委員会顧問のせんせーから他の書類と一緒に渡されてるはずなんだけどねぇ」

 その分じゃあ貰えてないでしょ? と眉を垂らす宇佐木さん。そういえばあの人、今朝「書類がどうの」って言っていたなと、今更になって思い出した。

「あンのクソ教師まじ使えねぇ……!」

 仮にも先輩の前でそう毒づいてしまったのは、ご愛嬌。





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