08
まあ、そんな感じで軽はずみに理一と約束しちゃったり、斎藤くんとメアド交換したり、いつのまにやら忍が食堂の人にお願いして作ってもらったらしいお弁当を4人で食べたりして、初めての昼休みを過ごしたわけですが。
「あっ、みっけー!!!」
5限開始のチャイムがもうすぐ鳴ろうかという今。見覚えのあるオレンジ頭の不良さんが教室内をひょっこり覗き込むなり、なぜか俺の顔を見てそんな声を上げちゃったりなんかしちゃったりして。
「……もしかして、俺ですか」
一応キョロキョロと辺りを見渡して、オレンジさんの視線の先に当たりそうなのが俺しか居ないことを確認した上で、更に念のために問い掛ける。そうじゃなかったらいいなあ、という俺の儚い願いは、オレンジさんのにっこり笑顔にいともたやすく砕かれた。
「うん、君だねぇ」
「他のクラスの、こういう感じの黒髪に平凡顔の生徒ではなく?」
「まあ確かに、君みたいな顔の子はごまんといるけどぉ。そうじゃなくって君なの、君ぃ。八木重陽くん〜」
――うん、失礼極まりないなこの人! 確かに俺、よく「友達に似てる」とか言われるタイプの人間だけども。
「ちょっと一緒に来てくれる〜?」
「…………ハイ」
ヘラヘラしてるくせにやたら威圧感があるという、そんな妙に器用な表情で言われては、うなずかないわけがなかった。
がたりと音を立てながら席を立ち、オレンジさんのいるドア付近まで向かう。これ、授業始まるまでに戻ってこれっかな。無理だよな。つか、俺なんで不良さんに呼び出されてるんだろう。
……やっぱり、昨日食堂でぶつかったやつ、ほんとは根に持ってるんだろうか。いやでも、ほんとに短い出来事だったし、俺みたいなありふれた顔を覚えてるわけねぇよなあ。
そんなことを考えながらオレンジさんの目の前に立ったとき。複雑な顔をしているだろう俺に、オレンジさんは半笑いで言った。
「別に取って食ったりしないから安心してよ〜。こんな見た目でそんなこと言っても、信憑性ないかもだけどぉ」
「はあ……」
「――ていうか、昨日も俺言ったじゃん? 急に殴ったりとかしないよ、ってさ〜」
「……え、」
オレンジさんのちょっと予想外な言葉に、ぱちくりと目を瞬かせる。するとオレンジさんは、なにを思ったか「あれ、違った?」と首をかしげた。
「昨日食堂でぶつかったの、八木くんだよね?」
「や、そうなんですけど……まさか、あの一瞬で顔覚えられてるとは思わなかったので」
アンタみたいに派手な特徴があるわけでもないし、とは言わないでおく。
「なるほど、そういうことかぁ。確かに八木くん、特徴ない顔してるもんねぇ〜」
ウソ、訂正。言ってしまえばよかった。
「でも、ま、ちゃんと覚えてるよー。俺、仕事柄人の顔覚えるの得意だしぃ」
「仕事?」
「そうそ。俺、風紀委員なの」
言ってなかったっけ、とあっけらかんと言うオレンジさん。聞いてません。
「じゃあ今言ったよ〜」
「いやいやいや、今言っても遅…………って、あれ? 俺もしかして、風紀委員会に呼ばれてたりします?」
オレンジさんの個人的な呼び出しではなく。風紀委員のお仕事として? そう問えば、オレンジさんは。
「だーいせーいかーい!」
ぱちぱちと、あんまり嬉しくない拍手を俺にくれた。……まじすかあ。登校初日に補導――でもないけど、風紀委員に呼び出されるほど素行悪いつもりはなかったんだけどなぁ。
救いを求めるように忍とシュウを振り返れば、何を思ったのか、ヒラヒラと手を振られた。だめだこいつら、早くなんとかしないと。
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ヤギ@meemee-yagisan
スーザンつかえなさすぎワロッシュ
うー@pyon-rab
@meemee-yagisan スーザンが役立たずなのは昔っからだとおもふのです!(゚∀゚ *)
ヤギ@meemee-yagisan
@pyon-rab うーたん容赦なさすぎるwwww
うー@pyon-rab
@meemee-yagisan だってほんとのことだもーんヽ(´▽`)/
ヤギ@meemee-yagisan
@pyon-rab もーん♪(まねっこ)
ヤギ@meemee-yagisan
とりあえず連行されてくるうぃる
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「改めまして。風紀委員会副いいんちょーの、3年D組宇佐木智尋(うさぎともひろ)でっす」
ここが東京の実家なら、今日の深夜に見れるはずだった美少女アニメの最新話のことに想いを馳せたり、ツイッターで忍への不満をこぼしたりしているうちに、いつのまにやらたどり着いた風紀委員会室。
道中、オレンジケースのiPhoneをいじってばっかでずっと無言だったオレンジさんの第一声は、それだった。
「うさぎ……?」
容姿といい口調といい、完全にチャラい不良なオレンジさんには微妙に似合わない名前に危うく笑いそうになる。
しかし、オレンジさん改め宇佐木さんはそれには気付かず。「そう〜ウサギなの!」と嬉しそうに言った。
「八木くんはヤギでしょお? ウサギとヤギで、ちょっとお揃いだねぇ〜」
ヘラヘラ笑うウサギさん――否、宇佐木さんに、さっき見たばかりのウサギのツイッターアイコンを思い浮かべる。そのアイコンの持ち主であるうーたんも、相互フォローし合って仲良くなりはじめたころ、同じようなことを言っていた。
なんだろう。俺、ウサギさんに縁があるのかな。そんなことを思っていると、ふとあることに気付く。
「他の委員の人はいないんですね……?」
そうなのだ。風紀委員会室には俺と宇佐木さんのふたりっきりだったのである。宇佐木さんの上司である委員長の姿も、他の委員たちの姿も見えないのだ。
そりゃあ、もうすぐ授業が始まるから当然といえば当然だけど。ヒラの委員はともかく、副委員長がいるのに委員長がいないというのも奇妙な気がする。
そう思って問うてみれば、宇佐木さんは、先程までの笑顔はどこへやら。一気に嫌そうな顔になった。
「……なんかあったんですか」
「あー、あはは。うん、ちょっと、あの転入生がねぇ」
疑問文でなく肯定文で言えば苦笑いを返される。転入生。俺――ではないから、佐藤灯里のことか。
「八木くんがいなくなった直後にさぁ。かいちょーが食堂から出てっちゃったら、なんか知らないけど癇癪起こしちゃってねぇ〜」
ああ、なるほど。つまり。
「一部は俺のせいってことですね」
「申し訳ないけども、察しが良くて助かるよ〜」
そういうわけで、事情聴取です。宇佐木さんの言葉に、俺はようやく自分が連行された理由を知った。
授業開始のチャイムが、がらんとした室内に鳴り響く。
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