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それからしばらくの間。俺は、宇佐木さんから食堂のオススメメニューやら抜き打ち小テストが多い先生のことやらを教えてもらったりした。
ウマが合うのか、なんだか意外にも話は盛り上がって。気が付いたときにはもう、5限の終わりを示すチャイムが鳴っていた。
さすがに6限まで休むわけにはいかない。と、「じゃあくれぐれも気をつけてねぇ〜」という念押しのお言葉と何かあったとき用らしい連絡先のメモを貰って、俺は慌てて風紀委員室を後にしてきた――のだが。
「『pyonpyon-rabbit.tomo』……ぴょんぴょんウサギ、って」
受け取った小さい紙片に、やたら丸っこい可愛らしい字で書かれたメールアドレス。そこに並んだ文字列の一部は、どこか見覚えがあるものだった。
「まさか、なぁ……」
ウサギのアイコンと宇佐木さんのへらへら笑顔が妙に重なって、俺は苦笑をこぼす。
昔からのネトゲ仲間であるスーザンが同室者で、相互フォロワーの中で一番仲の良いうーたんが――宇佐木さんで、なんて。そんな出来過ぎた話。
「あるわけないよなぁ」
メモを乱暴にポケットへ突っ込むことで、俺は『もしかしたら』という考えに蓋をした。気分を切り替えて、教室へ向かう足を速める。確か、6限は数学だと言っていたはずだ。だったら絶対に遅れられない。なぜなら、数学は苦手だから。特にB。あいつらはまじ訳がわからなすぎる。
――本当は。ありえるありえないとか以前に単純に、いつも可愛い顔文字使いまくりなあの癒しの存在が、オレンジ頭のあの不良さんとイコールだとは思いたくないだけなのが事実だったりしたり、しなかったり。
しかし、そんな俺の思いはよそに、現実ってやつは残酷だった。
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うー@pyon-rab
@meemee-yagisan そういえば言い忘れたけど、5限の授業は風紀権限で公欠にしてもらったから安心してね〜.。.:*・゚(ゝ。∂)♪
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「やっぱりかコノヤロウ!!!!!」
その日の放課後、2年A組教室にて。リプライ通知のメールを開くなり叫び声を上げて机に額を打ち付けた俺が、SHR中だった教室内の視線を独り占めすることになったのは言うまでもない。
いやいや、だって。こんなオチは望んでませんって。あの可愛い可愛いうーたんが、あのへらへらしたチャラい不良さんだなんて、そんな。
「そんな……」
「――おい、そこで壊れてる八木ィ。大丈夫か?」
「だいじょばないです」
「そうか大丈夫か、なら良かった。ちなみにお前、この後国語科室な」
「ふぁい……」
つかうーたん、あんだけ可愛い顔文字使いまくってて中の人男かよ! 軽くネカマかよ! と、身勝手にも程がある第二のショックを受けたのは、二木せんせーの指示に半ば無意識的に返したのちのことだった。
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「そんじゃコレ、今朝渡しそびれた書類一式な」
「はぁ、ありがとうございます」
「寮の外出届けの取り方とか食堂の開いてる時間とか、そういうののってるからちゃんと目を通しておけよ」
「ほーい」
手渡された分厚い封筒の中身を覗き込んでみれば、宇佐木さん――いや、もうここは観念しよう――うーたんに貰ったのと同じプリントが目に入って、やっぱりかと肩を落とす。
二木せんせーがこの封筒を無くしたりしなければ、うーたんと関わることにも、その正体が判明することにもならなかったのかもしれないと思うと、ちょっと複雑な気持ちだ。
「ていうか、八木。お前、昼休みに食堂で一騒動起こしたって風紀から聞いたけど」
「あー、はい。まあちょっと」
「大丈夫なのか?」
親衛隊とか、と俺の身を案じてくれる二木せんせー。そこだけ見ればかっこいい、良い先生なんだろうけど――。
「バックが書類と本の山じゃあ、ねぇ……」
国語科室の二木せんせーの机は、職員室のそれと同じように腐海と化していた。超しまらない!
「ああん? なんか言ったか?」
「イイエ、ナニモ言ッテマセン」
「なになに? この部屋をぜひ片付けさせてください、って?」
「いやだから言ってねぇっつうの! 人の話を聞け!!!」
自分に都合の良いように話を作りやがってこの人は! さりげなく片付け押し付けようとすんじゃねぇっつの。
「まぁそんな冗談はさておき、な」
「はあ」
ほんとに大丈夫かこの人、と呆れの息を吐いたとき。二木せんせーの瞳が、鋭く俺を射ぬいた。
「――お前、マジで気を付けろよ」
さっきまでの気だるげな様子から一転。急に真剣を帯びたせんせーの声に、背筋に緊張が走る。今にも崩れそうな本の山に向けていた視線を移せば、まっすぐにこちらを見つめる二木せんせーと目が合った。
なん、だ。急に。なにこの変なムード。
知らず知らず、ごくりと息を呑む。今のせんせーは、さっきまでとはまるで別人だった。
「……なに、せんせー。俺のコト心配してくれちゃってんの?」
この妙な緊張感と威圧感がいやでヘラリと誤魔化す俺。しかし二木せんせーは、そんな冗談じゃ流されてはくれない。
「そりゃ心配するに決まってんだろ。これでも俺、割とお前のこと気に入ってんだからな」
「……片付けしてくれるから、とか?」
「まぁ、それも理由としてなくはねぇけど、それだけじゃねぇよ」
「それだけじゃない、っていうと?」
「あー、なんだ。その、……単純に、お前っつう人間を気に入ったっていうか。自分のクラスの生徒として大事だっつうか」
なんていうか、と。ガシガシと後頭部を掻いて照れくさそうに言う二木せんせー。…………え、マジで。
ジワジワと、なんとも言えない嬉しさが沸き上がってきて、顔がにやける。いま俺ぜってー超変な顔してる、やべぇ。慌ててうつむくも、頬の緩みはおさまらない。
「だから、お前が親衛隊なんぞに潰されたら困る――――って、どうした。なんか般若みたいなカオになってんぞ」
「ナンデモナイデス」
「なんでもないって、ンな顔しといてなんだそりゃ」
「あー、しいて言うなら、」
しいて言うなら……そうだな。
「二木せんせーが男前すぎてどうしたらいいかわかんねーだけです」
なんとか表情を取り繕って顔を上げる。にっと意図して口角を持ち上げてみせれば、二木せんせーはそんな挑発的な俺の態度に一瞬面食らったのち、同様にニヤリと笑った。
「なんだ、惚れたか」
「だれが惚れるかボケ」
「悪いが、教師としてさすがに生徒に手を出すのは、ちょっとな」
「いやだから、誰が!」
二回目になるけど、マジであんたは話を聞け!!!
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