07






「えっ。めーちゃん、あの転校生に絡まれて逃げられたのか!?」

 ようやく保健室にたどり着いた俺が佐藤灯里とのやり取りについて話したところ、信じられないとばかりにそう叫んだのは忍。
 いやだから、お前呼び方! 今のは完全に聞かれただろ、と慌ててシュウのほうを振り替える――が。

「ハル、それは本当か?」

 ……うん。シュウも俺の話に驚いてたらしく、聞いてなかったみたいだ。まあ、うん、いいか。今回は許そう。

「マジだよ、マジ。つうか、んな下らねぇ嘘ついてどーすんのさ」
「それはそうだが……」

 困惑したように、眼鏡を押し上げシュウは視線を逸らす。それでも信じられないということなんだろうか。だとしたら普段はどんだけしつこいんだ、アイツ。佐藤灯里恐るべし。

「いやあ、長年ストーカーから逃げまくってるだけあって、めーちゃんの回避能力半端ないのな!」
「うんだからその呼び方はやめろって、」
「……ストーカー?」

――だから、なんでシュウは呼び方のところ完全スルーすんだよ。忍の言葉の、全く別のところに食い付いてきたシュウに苦笑がこぼれる。

「ストーカーされたことあるのか、お前」
「あー、いや……されたというか、現在進行形でされてるっつーかなんていうか」
「大丈夫なのか、それ。相手は女か?」
「いやそれが、えーと……」

 ごにょごにょと語尾を誤魔化しながら、なんでこんなこと話してるんだか、とちょっとむなしくなったのは気のせいだと思いたい。じゃないとパキッと音を立てて折れてしまう。プライドとかそういうのが。
 どうして俺男なのに男にストーカーされてるんだろうな。と、今更感溢れる事実にほろりと涙が落ちそうになったとき、ベッドを囲うようにしめられていた白いカーテンがシャッと開いた。

「すみません、お待たせしました」

 カーテンの向こうから姿を現したのは、新しいワイシャツに着替えた斎藤くんである。どうやらズボンはそんなに被害を受けなかったらしい。濡れたシャツの入った袋を片手に下げた斎藤くんは、頭にタオルを乗っけていた。

「いやー、さっきはごめんね。俺バカだから、あんな方法しか思い付かなくてさ」

 既にシュウが事情を説明してくれたとのことで、俺の存在を視界に入れた斎藤くんに怒っているような様子はない。ちょっとほっとしながら声をかければ、斎藤くんは髪を拭いながらにこりと微笑んだ。

「いえ、助かりました。あのまま生徒会の皆様と一緒に食事を取ることになったらどうしようかと思っていたので」
「キツいもんなぁ、あれだけの視線の中にいんのは」
「はい。だから、本当にどうもありがとうございました」
「……ハハハ」

 斎藤くんはそう言ってくれるけども、素直に「どういたしまして」と返せないあたりが辛い。だって、もっと冴えたうまいやり方はいくらだってあっただろうに、俺が動いたばっかりに斎藤くんは水浸しになってしまったのだから。
 俺が馬鹿なばっかりに、と斎藤くんの笑顔に良心が傷む。乾いた笑いしかこぼせなかった。

「あ、今更だけど。俺、八木重陽。シュウのクラスに今日転入してきたんだ」
「俺は中村と同じクラスの鈴木忍。よろしくな」
「八木先輩に鈴木先輩ですね。ご存じかも知れませんが、僕は斎藤さくらです。よろしくお願いします」

 頭を下げた斎藤くんにならったとき。スラックスのポケットの中で携帯が震える。なんだなんだ、こんな時に一体だれだ。
 ストラップに指を引っ掛けて黒い二つ折り携帯を取り出す。サブディスプレイに瞬くのは、「柏餅先輩」の文字で――って、理一? このタイミングでなぜに理一から電話が来るわけ? あいつも、あのあと佐藤灯里から逃れられたんだろうか。
 首をかしげながら「ごめん、ちょっと電話」と三人に断り保健室から出る。周囲に誰もいないことを確認してから、通話ボタンをポチッとな。

「はいはーい、もっしもーし。メェメェヤギさんでっすよー」
『…………ふざけんなお前殺すぞ』
「――ハハ、こえぇよ」

 ちょっとふざけてみたはいいものの、理一の声低すぎワロタ。ていうか。

「理一、電話はフツーに掛けられるんだな」
『馬鹿にしてんのかお前。マジでブチ殺す』
「ハハ、ごめん」

 軽ーく謝れば、耳元で思いっきり舌打ちされた。アッ、これあかんやつや。……えっ? 理一さんなんでこんなキレてんの?

「理一さん?」
『……ンだよ』
「なんか怒ってる?」
『怒ってる、っつうか』

 理一は、中途半端なところで切ってごにょごにょと言葉を濁した。なんだなんだ、焦らされるとますます気になるぞ。

「りーいちー?」

 そう急かせば、ちょっと迷った後に理一は電話口でぼそりとこぼした。

『…………お前、なんで斎藤なんだよ』
「は?」
『〜〜だっ、から!』

 一拍の間の後、回線の向こうから聞こえてきた

『なんで俺のことは連れてってくんなかったんだよ!』

――というすねたような怒声に、なにこのツンデレ、と思わず返してしまったのはしょうがない。はず。
 生徒会長の威厳と威圧感どこ行った。

「えっ、つまりなに? 理一もあの佐藤灯里に捕まっちゃって逃げたかったけど、俺が理一のことは置いてっちゃったからすねてんの?」
『…………悪いかよ』

 推測を交えつつ問うてみれば、耳元でボソッとこぼされた。やばい、男だってわかっててもちょっと萌えかけた自分が怖い。ギャップ萌え、ギャップ萌え!

「えーと、あの、あれだ」
『ンだよ』
「今度こーいうことがあったら、理一も連れてくので」

 許してクダサイ、とお願いしてみました。

『フン、しょうがねぇ。妥協してやろうじゃねぇか』
「ふは、今更な俺様乙」

 あ、なんか語呂良いなって思ったとき、うるせぇよって小さい声で呟かれた。たぶんだけど、理一のこれは照れ隠し。

「ちなみにさ、理一いまどこ?」
『生徒会室』
「てことは、また仕事か」
『仕事しながら、飯食いながら、仕事する。予定』
「……そんなに仕事やべぇの?」

 仕事量が普通より多いとは、確かに聞いていたけども。それにしても限度ってもんがあるだろう。理一の体が本気で心配になる。

『や、まあ、確かに仕事もやべぇんだけどさ』
「うん?」
『……ぶっちゃけ、書類ばっかで人と接する機会ねぇほうがつれぇ』

 だから電話しちゃった、とでも言いだしそうな感じの、疲れ切った理一の声に、俺はついつい。

「…………今日の夜さあ、理一んとこ遊びに行ってもいい?」

 なあんて、提案しちゃったりして。



――だって、捨て犬を見捨てるとかできるわけねぇじゃん。





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