05






――さて、一体なにをしでかしてくれるんだろうな、と。理一は、視界の端で動き出した重陽の姿に自然と唇を笑みの形に歪めていた。
 つい先ほど震える携帯が伝えてきた「頼み事」の内容とその差出人のことを思えば、胸が弾むのも仕方の無いことだろう。

「なあなあ理一っ! 理一はなに食べるんだ?!」
「…………」
「俺はなぁ、やっぱりオムライスかなあ〜!」

 この、先程からずっと一方的に理一に話し掛けてきている男子生徒への苛立ちも、我慢できるかもしれない。そうとすら思った。





 事の発端は二時間程前にさかのぼる。今日も一人で朝から書類とにらめっこをしていた理一のもとに、副会長を始めとする四人の信者共を引きつれた佐藤灯里が押し掛けてきたのが、本日の理一の災難の始まりだった。
 生徒会室にばたばたと駆け込んできた彼の第一声はこうである。

「りーいちー! 遊びに来てやったぜー!!」

 誰も頼んでねぇよ、と反射的に言い返しそうになるのをなんとか堪えられて、「一緒に遊ぼうぜ!」なんて呑気に笑う佐藤を、理一はかすかに睨んだ。

「無理だ。こちとら仕事があんだよ」

 誰かさんたちがサボりまくってくれてるおかげでな、と嫌味を口にすれば、恨めしそうな視線が二つ理一に向けられる。副会長の早瀬静貴(はやせしずき)と会計の本村アカネ(もとむらあかね)のものだった。
 二人は、愛しの佐藤の前で余計なことを言うなと言わんばかりの形相で理一のことを睨み付けていた。理一はそれを見てみぬ振りをする。ダメージなんて微塵もない。これくらい、理一にとっては予想の範囲内であった。

 しかし、一つだけ予想と違ったことがある。理一を睨み付けてくる視線が一つ足りないのだ。
 おやと思ってみてみると、もう一人の生徒会役員である書記の志摩飛鳥(しまあすか)は、不思議なことに申し訳なさそうにうつむいていた。どうやら、他の二人と比べれば志摩はまだまともらしい。

 だが、それでも仕事をサボっている事実に変わりはない。理一は、わざとらしく大きな溜息をついた。
 それに反応したのは佐藤だ。

「そんな言い方やめろよ!!!」
「――ハア?」

 自然、口調が喧嘩越しになる。

「静貴たちは、今までずっと頑張ってたんだ! ちょっとくらい、今くらい休んだっていいじゃないか!!」
「…………今くらい、ねぇ」
「なっ、なんだよ!」
「いいや? ただ、4ヶ月っていう時間を果たして『ちょっと』と呼ぶもんかと思ってな」

 4ヶ月、というのは佐藤が転入してきてからの期間のことだ。それ以来徐々に生徒会の仕事をサボり始めていた早瀬ら三人は、新学期に入ってからは一度も書類に目を通してすらいない。
 それを「ちょっと」で見過ごせというのかと、理一は静かに怒っていた。

 理一だって、1週間から長くても2週間くらいのことであれば、あいつらも高校生だもんなと大目に見てやっていただろう。しかし、もう4ヶ月だ。それだけの期間を断続的にサボられていたら、目をつぶるどうこうの問題ではないのである。

「っ、だからって、そんな言い方するなんて最低だ!」
「最低って、どこが」
「友達は大事にしろよっ!」
「……だから、最低ってどこが最低なんだってんだよ」
「理一! 俺の話を聞けよ!!!」
「だあっ、クソッ」

 話になんねえ、と盛大に舌打ちをして、理一はぐしゃぐしゃと前髪を掻き上げた。
 話はちゃんと聞いているし、それで意味がわからないから聞き返してもいる。だというのに、このガキはなにが不満だってんだ。理一には、佐藤の思考回路がまったくもって理解できなかった。

 寝不足の頭が鈍く痛みだすのを感じながら、理一は深く息を吐く。と、突き刺さってくる視線が一つ。また早瀬辺りかと思うも、現在のこれに敵意のようなものは含まれていないようだった。
 一体なんなんだ、と顔をあげる。ばちりと視線が交わったのは、佐藤に連れられて生徒会室に入ってきて以降、一度も口を開かずにいた金髪の男だった。

――確か、阿良々木……なんつったっけ

 素行の悪い生徒ということで、風紀委員会で話題になっている男だったか。一匹狼だとか聞いた覚えがあった。
 確かにいかにも不良といった風貌の阿良々木は、なぜか静かな眼差しを理一に向けている。それはまるで、観察するようなそれで。

「なあ、りーちってば!!!!!」

 ぞくり、と身を震わせたとき、そんな理一の視界に佐藤が割って入った。助かった。直感的にそう思うのもつかの間。

「理一、また俺のこと無視しただろ?!」

 やかましい怒鳴り声が、また生徒会室に響いた。うるせぇ、と注意をしても逆効果なことはわかっていたため、理一はただひたすらに、顔をしかめて聞き流す。
 その途中、ちらと扱いなれない携帯に視線を走らせてしまうのは仕方のないことだった。脳裏を過るのは、昨日出会ったばかりの少し変わった男のことで。

――ハル、助けてくんねぇかなあ

 あのヤギのアイコンを思い浮かべながらヘルプコールを飛ばす理一に、佐藤が更に怒り狂ったことはいうまでもなかった。
 結果的に佐藤を独占する形になってしまっていた理一に、早瀬らから嫉妬の視線が飛ぶことも。





 まあ、そんなこんなで結局書類を片付けることも佐藤から逃げることも出来ず。精神的に辛い二時間を過ごして、気が付けば、佐藤のクラスメイトらしい斎藤さくらという生徒まで巻き込みながら食堂に引きずられてきたわけなのだが。

――一体なにをしでかすつもりなんだ、あいつは

 憂鬱な気分でテーブルに付かされたところで、あの重陽からのメールだ。運が良ければ自分も逃げられるかもしれない。そう思いながら、理一は注意深く重陽ともう一人、眼鏡をかけた男子生徒の動きを見守っていた。

「……なぁ、理一ってば!」
「ああ?」

 そこでグイと理一の腕を引いたのは言わずもがな佐藤だ。先程まで斎藤とやらに構っていたというのに、どうしてこっちへ来るんだと頬が引きつる。

「何にするのか決まったのか?! 早くしろよ!!!」

 自分をいつまで待たせるのだと言わんばかりの傲慢なもの言いに、理一はほとほと呆れた。治まりかけた怒りがまたふつふつと沸き上がってくる。もう我慢ならない。そう思って、ペチャクチャとしゃべり続ける佐藤の声を遮ろうとしたとき。





『りいち』





 いつのまに佐藤の背後まで忍び寄ったのか。水かなにかのコップを手にした重陽が、理一に口パクで合図した。
 それに、理一は反射的に佐藤の腕を掴む。突然の行動に、佐藤はもちろん佐藤の動向を見守っていた早瀬たちまでぎょっとしたようだった。
 そして、次の瞬間――



――ばしゃっ



 水をこぼしたような音の直後、きゃーっと誰かが悲鳴を上げた。





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