02
駆け足気味に教室まで行った俺たちだが、それが常だからなのか、2年A組の生徒達は二木せんせーが遅れてきたことに何の反応も示さなかった。
代わりに、せんせーに続いて現れた俺にざわめきが上がったのは言うまでもない。良い反応でよろしい。しかし、平凡はともかく「うわっ、超地味じゃん」とか言ったやつはふざけんな。
お前らや生徒会とかいう崇拝対象がやったらめったらキラキラしすぎなだけだっつーの! 俺は標準だっつーの!
「あー、あれだ。転校生だ」
「八木重陽です」
ホレ挨拶、というせんせーのやる気のない声に急かされてそう名乗り、「それなりによろしくお願いします」とペコリ頭を下げれば。
「…………え、それだけ?」
と、誰かが呟く声がした。それだけです、すみません。
そもそも、他に何話せってんだ。ネットとアニメとゲームが留年の理由になるくらいには好きです! とでも言えば良いのか?
自己紹介はどうにも苦手だ。
「八木、お前ほんとにそれだけか?」
「だめですかね」
「や、だめじゃねーけど」
ポリポリと頬を掻き、困った風に言う二木せんせー。なんだ。もしかして、こんなんでコイツちゃんとクラスに馴染めんのかなとか心配してくれてるのか。
もしそうだったら、とちょっと二木せんせーを見直しかけたとき、「ハイハイハーイ!」といやに明るい声とともに手が上がった。
「なんだ、西崎」
「せんせー、オレ、八木くんに質問してもええ?」
「あー、今日は特に連絡事項もないしな。いいぞ」
「よっしゃ。おーきに!」
うわっ、関西弁だ……! と、初めてリアルで耳にするそれに感動する。関西出身なのかなと考えていると、そんな俺に関西弁くんの視線が向いた。
なんとなくでへらりと笑ってみれば、ニッカと笑顔を返される。
「八木クンは、男同士とかイケるクチなん?」
「――は?」
正直に言おう。ドン引きした。
は? え? なんなの? なに初対面どころかまだ話してすらねぇ相手にそういうこと聞いちゃうの? しかもお前は名乗ってすらないじゃん?
周り誰も気にしてる様子ないけど、これが普通なの? みんな、初対面の相手と挨拶するとき「好きなタイプは? 俺、Sと見せかけてMみたいなツンデレっ子が好きなんだよね〜」とか言っちゃうわけ?
――言わないだろ、確実に。
「……この学園、みんなこんな感じなんですか?」
斜め後ろに立つ二木せんせーを振り返って、じとりとした目線で問う。その言葉の裏に隠した本音は、ふざけんじゃねーよテメェのクラスのガキ共くらいちゃんと躾ておきやがれ、だ。
「……悪いな。長い間閉じ込められっぱなしで、感覚がおかしくなってるやつが多いんだ」
「いや、だからって」
これは感覚どうこうじゃなくて、常識の範疇だと思うんですが!
今の質問に、男同士の「恋愛」だけじゃなく「性行為」までが含まれていることをなんとなく悟ってしまっていた俺は、がっくりとうなだれた。
登校初日ながら、いくら理一や忍がいるとはいえ、うまくやってけるのかと不安になってくる。
「八木クーン。答えてくれへんの?」
そして、お前は空気というものを読んでくれ関西弁くん。
未だヘラヘラ笑っている彼に一種の殺意を覚えた。そんな俺を制するように、二木せんせーは溜息まじりに言う。
「西崎ィ。八木は外部からの転校生で、それもまだ昨日ここに来たばっかなんだぞ。それなのに、ここの常識で非常識な質問をするのはやめろ」
かわいそうだろ、と続けた二木せんせーを、俺は今度こそちょっと見直した。
「ええーっ。せやかて、オレ、八木クンみたいなんタイプなんやもん。他のやつらに盗られる前にツバつけておきたいやん?」
「…………ハァ?」
なんだこいつ、頭おかしいんじゃねぇの。っつうか、ツバつけておくってどういう意味だっつーの!
「あー、申し訳ないけど俺は関西弁くんはタイプじゃないので、あー…………ゴメンナサイ」
というか勘弁してくださいコノヤロウ!!!
内心で半泣きになりながらお断りすると、関西弁くんは一瞬キョトンとしたのち、なにを言われたのかをようやく理解しただろう辺りで、突然のか「ぶひゃひゃひゃひゃ!!!」と笑い始めた。
えっ、なに。なに?!
「あっかん! オレ、ほんまに八木クン気に入ってしもたかもしれん!」
目尻に浮かんだ涙を拭い、ヒーヒー言いながら関西弁くん。
この人、人前でキッパリお断りされて赤っ恥なはずなのに、どうしてそうなるんだろう。Mの人なんだろうか。
「関西弁くんて! なんやねんそれ。確かに関西弁やけど、面と向かって堂々とそんなん言われたん初めてやわ!」
「いやだって、二木せんせーが西崎って呼んでんのは聞いたけど、俺まだあんたの名前聞いてないし」
「やからって、普通『関西弁くん』とか言わへんやろっ」
「言わねぇの? フツー言うっしょ。……えっ、言わない?」
思わず振り返った先のせんせーにまで「言わねぇだろ」と否定され、愕然とする。まーじで。
「なァ八木クン。オレ、西崎雄大(にしざきゆうだい)ってゆーんやけど、」
「はぁ、西崎くん」
それがどうした。
「本気で、八木クンのこと落としにかかってもええ?」
いやだから、それがどうし――じゃない!
「な、アカン?」
本当ならば、だが断る!!! と盛大にお断りしたいところだけれど。こんな風に捨てられた子犬みたいなつぶらな瞳で見られては、そうむげに扱うわけにもいかず。
「……ま、まともな質問一個してくれるなら、好きにしてくらはい……」
俺、犬よりも猫派だったはずなのになあ。
なんか変な男に口説かれることになったなう
呟きたいけど、ワタルが怖くて呟けないのが辛い。やっぱりほんとに鍵かけちゃおうかな。
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