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「そんじゃ、俺、職員室寄るように言われてるから」

 夜が明けて、翌、月曜日の朝。痛い程に視線を浴びながら初登校を果たした俺は、視線の原因である忍と下駄箱で別れた。
 持参した真新しい上履きに履き替えると、自然背筋がピンと伸びる。確か職員室は二階だとか言っていたはずだ。すぐ近くの階段へ足を向けた。





ヤギ@meemee-yagisan
 初登校なう





 なんとなく手持ちぶさたに思われてそう呟いているうちに、二階へ到着。辺りを見回すでもなく、職員室はすぐに見つかった。
 昨夜、職員室ってどこ? と忍に聞いた際に「すぐ解るよ」と笑顔で返されたときは少しイラッとしたが、本当にすぐ近くだったらしい。
 ちょっと舌打ちとかしちゃってごめん、忍。内心で謝罪しながら扉の前に立って、重厚そうなその扉をノックした。

「失礼しまーす」

 ガラッと思い切って引き開ければ、途端、俺に集まるいくつもの視線。ここでもか! と嘆きを叫びたくなったのはいうまでもない。
 どうしたものかと軽く挙動不審になりかけたとき、職員室の奥の方から声がした。

「おい。こっちだ、こっち」

 見れば、うずたかく書類の積まれた机の向こうから男が手招きしている。その目はまっすぐにこちらを捉えていた。だからきっと、呼ばれているのは俺で間違いない。ペコリと会釈してそちらへ駆け寄った。

「お前か、噂の転校生は」
「…………だからなんなんスか、その『噂の』って」

 俺が机の傍らに立つなり、その男はそう言った。赤茶けたボサボサの髪の毛によれよれのシャツ。極めつけはくわえ煙草と漂うけむりの臭。忍が言っていた「担任」の特徴を全て兼ね備えたその男の言葉に、はてと首を傾げる。
 噂の転校生。そう言えば三和さんもそんなこと言ってたな、と今更ながらぼんやりと思った。

「公立のトップレベルの進学校に高得点で合格。でもそこで出席日数不足なため留年。その後、通信制高校に転入。んでもって、また留年しそうになったところでそこそこ難しいウチの編入試験クリアして転入。――しかもあのゴートエンターテイメント株式会社の社長子息ときたら、噂になんねぇわけねェだろ」

 ……ああ、うん。なるほど理解した。そういう「噂」か。
 長ったらしい解説をいともたやすくペラペラとしてのけた男に、ちょっと引き気味になりながらも改めてお辞儀をする。

「『噂の』転校生の八木重陽です。なんとなくよろしくお願いします」
「なんとなく、ね」
「なんとなくじゃなくても勿論大歓迎です」

 言ってから、こういうこと言ったりするから『噂の』とか言われるんだろうかとふと思った。なんとなく。

「俺は二木馨(ふたつぎかおる)。お前のクラス、2年A組の担任だ。一応」
「一応、ですか」
「一応じゃなくても勿論結構だけどな」

 ニヤリ。笑う二木せんせーに俺は悟った。この人は、大人気なくない冗談が通じるタイプの人だ。ラッキー。
 正直、生徒の家の権力を恐れてへこへこするようなタイプの人が担任だったらどうしようかと思っていたところなので、非常に嬉しい。ここが職員室じゃなければ口笛でも吹きたいくらいだ。

「じゃあ早速教室行くぞ」
「はい」
「……と言いたいところなんだが、」
「はい?」

 うんん?

「大変残念なことに、出席簿が見当たらない。この机のどこかにあることだけは確かなんだが……悪いが八木、探すの手伝ってくれないか」

――うん、わかってた。この机の様子を一目見たときからなんとなく察してはいたけど。
 二木せんせーは、片付けが出来ない人だ。













「あった……!」

 書類の山から出席簿が発掘されたのは、それから十数分が経とうかというときのことだった。コーヒーの染みやら何やらで薄汚いそれは、なぜか、机の脇に置かれたゴミ箱から見付かった。
 この机のどこかにあることだけは確か、とかのたまった二木せんせーをちょっと恨む。

「おおー、見つかったか。しっかしお前、片付けんのうまいな」
「や、せんせーが壊滅的に下手くそなだけじゃないんですか。俺も特別得意ではないし」
「いや、お前は絶対片付け上手だ。なんなら、これからもずっと片付け手伝って欲しいくらいだぞ」

 出席簿を探す途中になんだかんだ書類をまとめたりなんかしちゃって、すっかり綺麗になった机上を見て二木せんせーは感慨深げに言う。うわー、生徒に片付けてもらおうとか、この人ダメな大人だー。

「てか、早く教室行きましょうよ」

 さりげなく、SHR開始のチャイムが三分ほど前に鳴っていたのを俺はしっかりと記憶している。その証拠に、現在職員室内には殆ど人がいなかった。
 転入早々授業に遅刻だなんて勘弁してほしい。未だデスクチェアに腰掛けたままのダメ大人を急かせば、二木せんせーは神妙な面持ちで口を開いた。

「実はな」
「……いや、ちょっと待ってせんせー。その続きは、できればあんまり絶対聞きたくないかも、なーんて」

 明らかにフラグなセリフに制止をかける俺。しかし、二木せんせーは容赦無かった。

「実は、お前に渡さなきゃなんねぇ書類一式も行方不明に……」
「そんなん休み時間とか放課後でいいから! ほら! 行く!!!」

 もうこの人に対して敬語を使う必要性はない。そう悟って半ばキレ気味に叫び、俺は「いや、でも」と口ごもるせんせーの腕をぐいと引いた。
 強制的に立たせて、くわえ煙草をひったくり灰皿に押し付け、性懲りもなくシガレットケースへと伸びるその手に、出席簿と教材一式が入っているらしいプラスチックケースを押しつける。

「はい、駆け足!」

 たぶんこれで大丈夫なはずだ。思って更に急かすも、二木せんせーはなぜかじっとこちらを見つめたまま動かない。

「八木」
「なんすかっ」

 まだなんか忘れ物でもあんのか!

「お前、オカンみたいだな」
「――〜〜っ、しねッ!」

 アンタがびっくりするほどガキなだけだっつーの!!!





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