02
「うーたんだよ、めーちゃん!」
「えっ、うそ。うーたん?」
いつの間にと慌てて振り返る。
今日もあざやかなオレンジ色の髪を風になびかせたうーたんが、今日は規則通りのきちんとした制服姿で、花道をすぐそこまで歩いてきていた。
ひらひらと手を振るその胸にはちいさな花のコサージュが付けられている。
全員共通だから仕方ないのだろうけれど、淡いピンクのそれを見て、俺はついオレンジ色じゃないことに違和感を覚えてしまった。
「うーたん、卒業おめでとう!」
「おめでとうーたん!」
「二人とも、ありがと〜」
うーたんは人の流れを無視して俺たちの前に立ち止まると、いえーい、とハイタッチを要求してきた。
卒業でハイタッチって、なんだそれ。
笑ってしまいそうになりながらも、いえーいとハイタッチに応える。
「うーたんは附属の大学に進むんだっけ?」
「そうそ。すぐ近くだからね。秋山とか新しい風紀も心配だし、まだまだうざいくらいに顔出すよ〜」
「卒業とは……」
それじゃあ今までとあまり変わらないじゃん、と三人で顔を見合わせてけらけら笑う。
「じゃあまたね、二人とも。寂しくなったら、いつでも連絡していいんだからね!?」
「うーたん、なんで微妙にツンデレ風なわけ? ツンデレ乙!」
「でもほんと、どうせツイッターで毎日見るだろうし、意外と寂しくないかもなのなー」
本当に「卒業 #とは」といった感じだ。
一つの別れというよりも、今まで通りに戻る、といったニュアンスのほうが俺たちにとっては強いかもしれない。
「あっそうだ! ねね、写真撮ろうよ、三人で!」
「おお、いいねいいね」
そういえばこの三人で写真なんて撮るのは初めてかもしれない。
ノリノリで同意すれば、うんうんと忍も大きく頷いた。
本日の主役であるうーたんを真ん中にして並べば、このなかで唯一のスマホユーザーであるうーたんがiPhoneのカメラを起動した。
自撮り棒なんてないから、インカメラモードにしてぐぐぐっと精一杯腕を伸ばす。
「めーちゃん、顔見切れてるよ〜。もっとこっち寄って!」
「お、おう。こう?」
「オッケー! そんで、スーザンはもっと離れていいよぉ、暑苦しい」
「ちょっと! うーたんひどい! 俺見切れるから!」
「はい、それじゃあ撮るよ〜――ハイ、チーズ!」
カシャリ、という無機質な機械音とともに、ちいさな液晶いっぱいにぎゅうぎゅうに詰まった俺たち三人の姿が切り取られる。
まるでおしくらまんじゅう状態だと思わず笑いをこぼせば、なんかおしくらまんじゅうしてるみたいだねとうーたんが呟いたから、またおかしくなってしまう。
「うーたん、それ後で送ってな!」
「俺も俺も!」
「まっかせて〜! それじゃ、ふたりとも、まったねー! それから、めーちゃんはお幸せに!」
「あっ、バレテーラ……」
うーたんにもまだ何も言っていないというのに、すっかり筒抜らしい。
もう、なんでとかどうしてとか言うのはやめにした。
『うー@pyon-rab:高校卒業した なう!』
それから数分後、相変わらずのほわっとした顔文字とともに投下されたそんなツイートに、うーたんとの共通フォロワーさんたちがざわついたのは言うまでもない。
「うーたんのツイートの破壊力すげえなー……TLがどよめいてる」
「まあ、仕方ないのな。うーたん男だったの!? てのもそうだけど、学生だったの? って、俺たちだって最初びっくりしたわけだしな!」
「性別不詳、年齢不詳……うーたん、一体何木何尋なんだ……」
これで男だと知れたらきっと阿鼻叫喚なんだろうなと、他人事のように思う。
(ていうか、なんか忍にうまいこと誤魔化された気がする)
返答に困っていた俺としては、誤魔化してもらえてよかったと思うべきなのかもしれない。
だが、こんな風に忍の好意に甘えてしまっていいのだろうか。
「……あのさ、忍」
「うん?」
返事はするものの、忍は俺を見ない。
偶然とかじゃなくて、意図的にそうしているような空気が感じられた。
「ありがとうな、ほんとに」
こんな俺のことを好きになってくれて、という言葉はぐっと喉の奥に押しとどめた。
忍がその言葉は口にしないと決めて、俺と友達で居続けると決意した以上、それを俺が言うのはダメだと思ったからだ。
ぐっ、と隣で息を詰まらせるような音がする。
嗚咽を堪えるような、溢れ出しそうな言葉を飲み込むような音だった。
けれど、俺も隣を見ない。
まっすぐに前を、通り過ぎていく三年生たちを見続ける忍に倣って、正面を向き続けた。
三年生たちはみんな、幸せそうな笑顔を浮かべている。
それを見て、俺はふと昨夜の電話のことを思い出した。
昨日、二木せんせーに想いを告げられたことを受けて、俺は宮木さんにも理一とのことを報告しなければいけないことに気づいたのだ。
直接会って話せたらそれが一番だけれど、卒業式のあともまだしばらくは授業があるから、春休みまで待っていたら相当先になってしまう。
それなら仕方ないかと、俺は父さん経由で宮木さんに電話をしたのだ。
『……もしもし、重陽さまですか?』
「はい。お久しぶりです、宮木さん」
『お久しぶりです。お元気ですか? テストでとても良い成績をおさめられたと清明から聞きましたが、無理はされてませんか?』
「はい、大丈夫です。無理なんてしてません――ていうか、あの、宮木さん」
相変わらずの過保護っぷりに苦笑しつつも、俺は思い切って切り出した。
「俺、見つけました」
『見つけた……? なにをです?』
「幸せを。俺にとっての幸せを、見つけました」
やや婉曲な言い回しではあったけれど、宮木さんはそれが意味することをすぐに悟ったらしい。
はっとしたように息を呑む音が受話器の向こうから聞こえてきた。
それは、と何かを言いかけて、躊躇うように宮木さんは口を噤んでしまう。
それから、長い沈黙のあとに、「よかったですね」と静かに言ってくれた。
『重陽さまが幸せを見つけられて、本当によかったです』
「あの、宮木さん。その……」
だから、あなたの気持ちには答えられない。
その一言を言うべきか否か、俺は真剣に悩んでいた。
そんな逡巡を察したのか、重陽さま、と宮木さんはどこまでも優しい声で俺を呼んだ。
『言ったでしょう。俺は、あなたが幸せになってくれたら、それだけで幸せなんです。……それに』
「それに?」
『俺はあなたの恋人にはなれなくても、あなたにとって最良の従者になることは諦めていませんからね』
ふふっとほほ笑む声の裏に、高校を卒業するまで首を洗って待ってろよ、という副音声が聞こえたのは俺の気のせいだろうか。
「『ですからあなたは、俺のことなんて気にせずに、どうぞ自分の幸せを噛み締めていてください』……か」
「え?」
「あ、いやなんでもない」
思い返しているうち、ついつい宮木さんに言われたことを声に出してしまっていたらしい。
怪訝そうにこちらを見た忍に、俺はぶんぶんと首を振る。
(にしても、なんか俺、いろんな人に同じようなこと言われてる気がする)
忍は友達として傍にいると言うし、宮木さんは秘書として傍にいると言う。
そして俺が幸せなら自分も幸せだという宮木さんと同じように、二木せんせーもうーたんも、俺の幸せを願ってくれた。
本当に誰も彼もが優しすぎて、なんで俺なんか好きになったんだろう、という気持ちでいっぱいになる。
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