03
短くわかりやすい言葉だった。
理一らしくきっぱりはっきりとしたその告白は、どうしようもないくらいに俺の心を震わせて、これ以上ないくらいに感情を揺さぶる。
「ずっと好きだった。校門の前で初めて会った時からずっと、お前が眩しくて眩しくて仕方なかった。
ハルの笑顔が好きだ。ずっと笑っていてほしくなるから。
ハルの隣が好きだ。一緒にいると、ほんの少しだけ強くなれる気がするから。ハルの、優しいこころが好きだ。
友人を大事にして、いつも人を思いやって、どうすれば相手を傷つけずにすむかを真剣に悩んで。そういう、ハルのひとつひとつが、俺は本当に愛おしいと思う。
――だから、ハル。ずっと俺の傍にいてくれないか。この学園を出ても、俺が年をとってただのじいさんになっても、ずっと――。
俺のこれから先の人生には、どうしてもハルが必要なんだ」
こいねがう声を、まるでプロポーズのようだなんて無意識のうちに思ってから、俺はその意味に気づいて息を呑んだ。
顔がじわじわと赤くなっていくのを感じる。
情けないし恥ずかしいことに、視界まで涙で滲んでいった。
「ちょ……おい、ハル、泣くなよ」
俺だって、泣きたくて泣いてるわけじゃない。
そう反論したい気持ちでいっぱいだった。
だって、たった今笑顔が好きだと言われたばかりなのに、好き好んで泣き始めるやつがどこにいるというのだろう。
この涙は、止めたくても止まってくれないのだ。
俺がぼろぼろとこぼれ続ける涙にじれったい想いを抱いていることなどつゆ知らず、当の理一は「そんなにいやだったか」「泣き止んでくれ」なんてオロオロとしている。
背中に回っていた腕すら、行き場を失ったようにそろそろと離れていってしまった。
なんだかムカついて、急にそんな理一を怒鳴りつけたくなる。
さっきまでのスーパーイケメンっぷりはどこに行ったのだ、と。
「ちげえよっ! これは嬉し泣きだよ、ばかやろう……っ!」
ぐずぐずと嗚咽交じりに訴えて、タックルするぐらいの勢いで理一に抱きつく。
今度は俺が、理一の肩口に顔を押し付ける番だった。
たとえ理一の高級スーツが涙でぐしゃぐしゃになろうが、俺の鼻水でがびがびになろうがそんなの知らない。
なったとしてもそれは、そんな俺を選んでしまった理一の責任だ。
「俺だって……俺だってとっくに、理一のいない人生なんて考えられなくなってるっつーの!」
叫ぶように理一の想いに応えれば、理一の目がハッと見開かれる。
きれいな形の目の端からひとつぶだけ、ぽろりと涙がこぼれおちた。
けれどそれは、すぐに眩しいほどの理一の笑顔のなかに消えていく。
ぐっと理一の顔が近づいてきて、涙でぐしゃぐしゃの俺の頬にちょんっとキスをひとつ落とす。
くすぐったくて笑みを零せば、その隙に掠めるようにして唇に触れられた。
ほんの少しだけかさついた感触が、ちゅう、と俺の下唇をやわく吸って離れていく。
「ハル、唇荒れてないか。血の味がしたぞ」
「理一もだろ、それ」
「リップクリームとか持ってないのか、お前」
「持ってるわけねえだろ」
女子じゃあるまいし、と返してから、二人して顔を見合わせてぷっと噴き出す。
なんてロマンのかけらもないキスなのだろう。
これが、恋人になって最初のキスだというのに。
もっと雰囲気っていうものがあってもいいんじゃないかと思う一方で、これはこれで自分たちらしいかと、そう思う自分もいた。
クスクスと笑いながらどちらともなく距離をとる。
まだ終始あまい空気が漂っている状況には慣れていなくて、落ち着かない。
どうやらそのあたりは理一も同じらしく、それがせめてもの救いだった。
「あー……しっかし、最高の誕生日だな」
こんなに幸せな誕生日は初めてかもしれない、としみじみとした口調でこぼす理一だが、それは聞き捨てならなかった。
「は!? ちょ、理一、こんなんで誕生日満足してんの?」
嘘だろう、と思わずこぼすと、どういう意味かという風に理一が首を傾げた。
「俺、いちおう誕生日プレゼントとか用意してきたんだけど?」
さらに一歩距離をとったところで、ごそごそとスーツの内ポケットを漁る。
リボンのかけられた細長い箱を取り出すと、理一は「さっき抱きしめた時にごりってしたのはそれか!」と、妙な納得をしていた。
「ほら。言うの遅くなったけど、誕生日おめでとう。理一」
「……開けていいか?」
「好きにしろよ」
もうこれはお前のものだ。
そういう意味を込めて、そっと伸ばされた理一の手に箱を押し付ける。
シュルシュルとリボンを解いて包装紙を剥がしていく理一の指先をじっと見つめながら、俺は内心ドキドキしていた。
大学の合格祝いも兼ねてということで、このプレゼントは俺にしたらかなり奮発したほうだったりする。
けれど、そうは言っても、ひきこもり期間にゲーム課金資金のために短期バイトをしていたときの貯金の残りで買ったものだし、そもそも金持ちのボンボンである理一からしたら安物以外のなにものでもない。
反応を見るのが怖かった。
いっそ視線をそらしてしまいたかったけれど、いまの俺にはそれさえできない。
ようやく、理一が包装紙を剥がし終わる。
そうしてラッピングの下から現れた箱をぱかりと開いて、プレゼントの正体がわかると、理一は目を見開いた。
「腕時計……?」
「そういえばお前、時計してるの見たことないなって思って」
今もスーツから覗いている理一の手首には、なにもつけられていない。
ほっそりとした印象をあたえながらも、その実がっしりとしているその手首に、あと一つ、腕時計でもあったらどれだけいいだろう……というのは、クリスマスに理一のスーツ姿を見たときからずっと考えていたことだった。
それから、もうひとつ。
これから先の人生、理一と一緒に長い時間を過ごせたらという、そんなひそかな願いも選択の理由であった。
黒いケースの中に鎮座する腕時計は、どんなシーンでも使えるようにと、黒革のバンドに、理一の髪に似たベージュ色の盤面の物をチョイスした。
三時間ごとに入る時刻にはクラシカルなフォントながらもポップな色が使われていて、ほんのすこしの遊び心を感じさせる。
一見ひどくきれいなのに、話してみれば意外性があって、遊び心もある。
けれど、大事なところはきっちりとしている。
まるで理一そのものだと思って、一目惚れで選んだものだった。
「ほら、理一。腕貸せよ、つけてやる」
ショーケースのなかの宝石を眺めるかのごとく、ただただ遠目に眺めてはほうと感嘆の息をつくばかりの理一にしびれを切らして、ケースの中から腕時計を取り上げる。
大人しく差し出された理一の左手首に巻きつけてベルトを調節してやれば、それは、我ながら驚くほどに理一の手首へとぴったり収まった。
着ているスーツにも自然と溶け込んでいる。
こういうのも自画自賛というのだろうかなんて思いながらも「似合うよ」と声をかければ、「ありがとう」と噛み締めるような声が返ってきた。
「なんか、大丈夫か? こんなに幸せでいいのか? 俺……」
不安になってきた、とぼそりとこぼした理一に、俺は内心激しく同意しながらも、「いいんじゃねえの?」と笑って見せる。
だって、俺だって今、どうしようもないくらいに幸せだ。
それこそ、幸せすぎていっそ怖いくらいに。
でも、その恐怖さえ理一と一緒に感じられるものならば幸せのひとつとなり得るんじゃないだろうか、と。
ほとんどのろけになりかけているのは承知の上で、俺は半ば本気でそう思った。
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