05


 理一に促されて、俺たちは左右に露店の並ぶ参道を、ゆっくりと歩き始めた。

 ぎゅうぎゅう詰めになった人たちはみんなどこか浮かれた様子で、買い食いをしたりお酒を手に持ったりしながら歩いている。
 誰もが新年の到来を待ち遠しく思うなか、どこかしんみりとした空気を漂わせて歩いている俺たちは明らかに異色だった。

「一言、な。謝りたかったんだ」

 仮面舞踏会のこと、と付け足されてぎくりとする。

「悪かったな。あの日、ハルはあんなの望んでなかったろうに、俺のエゴで無理矢理引っ張り出して……」
「いや別に、たしかにびびったけど、そこまでマジになんなくても」

 へらりと笑ってごまかそうとするが、いいや、と理一は続ける。

「俺はあのとき、ハルが仮面を外して名乗ってくれたら、って。そう思ってあんなことをした。ハルとの関係が公然のものになって、堂々と一緒にいたいって思ったから」
「なんで、急に」
「今まで電話やツイッターやらで隠れて繋がってたくせに、どうして今更って思うか? ……自分でも、そう思うよ。でもな、ハル」

 はあっと理一が吐き出した息が、たちまち真っ白に染まっていく。
 すぐにひゅうと北風に連れ去られていってしまったそれをぼんやりと追いかけるように、理一はどこか遠くへ視線をやった。

「俺はもうすぐ、あの学園を卒業する」
「……」
「四月からはもう、ハルと同じ高校生じゃいられなくなるんだ、って。そう思ったら、今のうちに高校生らしいことをしたくなってな」

 『高校生らしいこと』。
 それはきっと、友人と一緒に親衛隊の目なんて気にすることなく学校内で一緒に過ごすとか、一緒に食堂で食事をするとか、文化祭で屋台を見て回ったりとか、そういうことを示すのだろう。

 どれも、理一にはできなかったことだ。

「けど、結果としてお前の気持ちとか考えとか、まるきり無視するかたちになっちまった。悪い」

 実はあのあと志摩たちにすごく怒られたのだと恥ずかしそうに話す理一の声は、もうあまり耳に入ってきていなかった。
 それよりも、今の俺には、理一がそんなことを考えていたことが衝撃すぎたのである。

(そっか……もう、あとちょっとか)

 文化祭の頃から少しずつ意識してはいたけれど、改めて四月という具体的な日付を出されてしまうと、理一との別れが一気に生々しくなってくる。

 あとすこしで今年は終わってしまうのだ。そう考えると、もう理一と同じ学園で過ごせる時間は三ヶ月もない。
 新学期には理一たち三年生は自由登校に入ることを思うと、実質的にはそう何日も一緒にいられないのだ。

 一気に近づいてきた別れの足音に、どうしようもなく感傷的な気持ちになってしまう。



――ごおおおん



 突如、大きな鐘の音が鳴り響いた。除夜の鐘だ。
 わっと歓声が上がり、住職たちの祈りの声が聞こえてくる。
 続けざまに、ごおん、ごおんと繰り返し鐘が鳴らされていく。

「俺はな、ハル。あそこを卒業したら外部の大学へ行くつもりだ。あそこにはそのまま附属大学へ行くやつが多い。俺も、ついこの間――夏頃まではそのつもりだった。どうせどこにいっても学べることなんて一緒だし、環境だって大差ないと思っていたからな。けど、それを変えてくれたのは、ハル。お前なんだ」

 がやがやと騒がしいなかで、ハル、と俺を呼ぶ理一の声だけが、いやにクリアに俺の鼓膜を震わせる。
 隣を見れば、いつの間にやら、理一の視線は俺だけにまっすぐに注がれていた。

「お前が俺に外の世界を教えてくれた。それで、もっと色んなものを見たい、色んなことを知りたいって思わせてくれた。だから――」

 あたりの歓声が大きくなる。
 直後、十、九、と年越しのカウントダウンが始まった。
 ゼロに近づくにつれてどんどん大きくなっていくその声は、理一の「だから」のその先を掻き消して、見えなくしてしまう。

「三、二、一――ハッピーニューイヤー!」

 寺院でハッピーニューイヤーって、どうなんだろう。そう思いはしたものの、突っ込む気にはとてもじゃないがなれなかった。
 だって、おどろくほどに、ここにいる人たちはみんな幸せそうだ。

 理一はどこか珍しそうにあたりの様子を眺めている。
 見慣れた横顔はちょっと面食らっているようだったけれど、それ以上に嬉しそうだった。
 キョロキョロと落ち着きなさげに周囲を見渡していた理一は、俺の視線に気づくとはっとしたようにこちらを振り返って、笑った。

「あけましておめでとう、ハル。……今年、一番最初にこの言葉をハルに言えてよかった」

 理一とどうなりたいとか、どうしたいとか、俺にとっての幸せがなんなのかとか。そんなことはまだわからない。
 けれど、この理一の笑顔をずっと一番近くで見ていたいなと、そのときの俺は、ただ漠然とそう思ったのだった。













 結局、理一が言いかけた「だから」の続きは聞けないままに、俺たちは大混雑の中初詣を済ませて帰ってきた。

(理一、お参りするとき、なに考えてんだろ……)

 理一のことだし、家内安全とか健康第一とか、そういう古臭いことを祈ってそうな気もする。
 考えていたらなんだかおかしくなってしまって、俺は笑いを噛み殺しながらベッドに入り、新年一度めの眠りについた。

 翌朝、郵便屋のバイクの音に起こされてポストをのぞくと、年賀状の束が鎮座していた。
 母さんがおせちの準備をしているのを待つ間、大量のはがきを宛先別に振り分けていく。
 父さん宛のものが圧倒的に多い中で、意外に俺宛のものも多くあった。スーザンやうーたん、西崎、シュウなんていうおなじみのメンツに紛れて、つい数時間前に新年の挨拶をしたばかりの理一のものも入っている。

 理一からの年賀状は、家族写真を印刷したものだった。

(そういや、理一の家族見るのってこれが初めてかもな)

 もしかするとどこかのパーティー会場で会ったことがあるかもしれないけれど、と思いつつ、じっと写真を眺める。
 前に話に出てきたお姉さんと、お父さんお母さんに、おじいさんとおばあさん。
 理一も合わせて六人で、どこか西洋の館を思わせる暖炉の前に並んでいる写真である。

 お父さんやお母さん、おばあさんは黒髪だったけれど、理一のおじいさんらしき人は薄茶色の髪をしていた。
 目も明るい色をしているし、顔のつくりだってどう見ても西洋人のそれだ。

 どうやら、理一の色素の薄さはおじいさん譲りらしい。
 ハーフとハーフのクォーターだとか以前聞いた気もするから、もしかしたら、もう片方のおじいさんかおばあさんも異国の人なのだろうか。

 あの理一の親族だけあって、びっくりするほどにみんな美形揃いである。
 けれど、それを抜きにしてもみんな雰囲気やら目元の感じやらがどことなく似ていて、思わず口元が緩む。
 写真の隅にマジックで書かれた「今年もよろしく」という一見そっけない文字にも、理一の不器用な優しさを感じずにはいられなかった。

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