06


「宮木さん、送ってくれてありがとうございました」
「いえ。結局ギリギリになってしまいすみません」

 Uターンラッシュにはやや遅いけれど、やはり新年度の始まりだからだろうか。こんな郊外であっても、道路は以前と比べると随分と混雑していた。

 あわや終業式に引き続き始業式までさぼってしまうことになるかと焦ったけれど、さすがは宮木さんだ。
 途中からひゅんひゅんと車を抜きまくり飛ばしまくり、ギリギリ、始業式が始まる十分前に学園につくことができた。

 トランクから小さなボストンバッグを降ろしてもらいながら、宮木さんの横顔を眺める。
 今日も運転手を務めてくれた宮木さんは、久しぶりに見るサングラスをしていた。冬休み中に実家のなかで見る宮木さんは素顔を晒していることが多かったから、少し新鮮な感じがする。

 けれど、色の濃いそれは宮木さんの綺麗な青の瞳を見事なまでに覆い隠してしまっていて、宝石みたいなあの瞳を見れないのが残念でもあった。
 とはいえ、あんな話を聞いてしまったあとでは「サングラスを外して欲しい」なんて簡単に言えるはずもない。
 ぐっと飲み込んで、差し出されたボストンバッグを受け取る。

「それでは、新学期も頑張ってくださいね、重陽様」
「はい、がんばってきます!」

 ぐっと握りこぶしを作って見せれば、ふふふ、と笑われてしまった。
 くすくすと笑みをこぼしながら、宮木さんは「それでは」と車に乗り込む。エンジンをかけていざ発進――と思いきや、不意に運転席の窓を下ろすと、ちょいちょいと俺を手招きした。

 なんだろうか。
 つつつ、と誘われるがままに開いた窓へ顔を寄せると、内緒話でもするかのようにこう言われた。

「重陽様の『幸せ』が早く見つかるように、祈っておりますね」
「えっ」
「それでは、また、春休みに」

 動揺しながらも数歩後退すれば、それを確認した宮木さんが今度こそ車を発進させる。
 徐々に遠のいていく黒塗りの高級車を見送りながら、俺は苦々しい気持ちになった。

「そういうの、反則だと思うんですけど……」

 あんな話をしておきながら、本当に、俺のことを第一に考えてくれるだなんて。なんだかもう、申し訳ないやらありがたいやらでどうしたらいいかわからなくなる。

 ぐしゃぐしゃになった気持ちと、宮木さんから向けられる感情と。
 両方を持て余したままに、俺は立ち尽くすことしかできなかった。

「……始業式、出ないと」

 ようやく我に返ったのはそれから数分後で、すでに始業式開始時刻はすぐそこまで迫ってきていた。

 寮に荷物を置きにいく時間なんてあるはずもない。バッグを抱えたままに慌てて講堂へ駆け込むと、すでにほとんどの生徒が集まっていた。

 二年A組のあたりの席は、俺の分ひとつを残して全てが埋まっている。
 階段式の講堂を駆け下りていくと、空席の隣に座っていた忍が一番に俺に気づいてくれた。

「あっ、めーちゃん!」
「おっそいでえ、めーちゃん。新年早々遅刻かいな」
「や、まだギリギリ遅刻ではねーし!」
「そこは自慢げに言うところじゃないぞ、ハル」

 西崎の言葉に意地になって返せば、シュウに冷静に突っ込まれてしまう。うっと言葉を詰まらせながらも、いつものメンバーに囲まれてすとんと席についた。

「てか、みんなあけましておめでと!」
「おー、せやったせやった! あけましておめでとう!」
「あけおめーちゃん!」
「あけましておめでとう。ハル、年賀状ありがとうな」
「こっちこそありがとな。ちゃんと元旦に届いたぞー」

 ほのぼのと新年の挨拶をしていると、突然忍が「ていうかさぁ!」と大声を上げる。がっと肩を掴まれて強引に忍の方を向かされた。

「クリスマスの日、めーちゃんどうしちゃったわけ? 急にいなくなっちゃうし、ツイッターにも浮上してこなくなるし、しかも次の日終業式もこないし。どうしたのかと思って三和さんに聞いたら『あ? あいつなら帰省したぞ』ってあっさり言われちゃうし! もう、俺ほんとびっくりしたんだからね?」

 超心配したんだから! とぷりぷりする忍に、ごめんごめんと苦笑いで謝る。

 翌々日くらいに「そういえば」と思い出して一応メールはしておいたのだが、どうやら遅かったらしい。
 そうだそうだと同意する他二人の様子からして、俺が思っていた以上に心配させてしまっていたみたいだ。ちょっと申し訳なくなる。反省。

(この調子だと、二木せんせーも怒ってるかもしれないな)

 あとで一言謝りに行こう。
 考えながらあたりを見渡して、今日まだ一度も見かけてない二木せんせーの姿を探す。だが、それなりに目立つだろうあの赤茶の頭はなかなか見つからない。

 代わりに俺は、一年の集団の中に特徴的な痛みきった金髪頭を見つけた。

「お、ワタルだ」

 あの事件以来、学園内でワタルを見かけることも、TL上でワタルのツイートを見ることもなくなっていた。
 ワタルなりに思うところがあるんだろうなとは思うけれど、ほんのすこしだけ寂しいと感じてしまうのは自分勝手すぎるだろうか。

 久しぶりに見るワタルは、以前と比べると生傷が減っているような気がした。目のギラつき方も違うというか、すこしだけ眼差しが柔らかくなっているような気もする。

「あ」

 その、少し鋭さの和らいだ視線がこちらを向く。ヤギ、とゆっくり唇が動いたのを見て、俺はひらひらと手を振ってみた。
 そんな俺の行動に、ワタルはびっくりしたようにわずかに肩を揺らす。動揺しきった様子であたりをキョロキョロと見渡すと、おっかなびっくり手を振り返してくれた。

「何アレかわいい」

 なんだか、なかなか懐かなかった野生の野良猫がデレてくれたような気分だ。
 密かに癒しを感じていると、それに気づいた忍が「あーっ!」と俺の耳元で大声を上げる。

「めーちゃんがまたワタルのことたらしこんでる!」
「たらしこんでるってなんだよ、たらしこんでるって!」

 たらしこんでなんかない、はずだ。たぶん。

 話しているうちに始業式開始の時刻が来たらしい。フッと照明が落ちて、周囲のざわめきが徐々に鎮まっていった。

 たかが始業式で、なんだろうこの大仰さは。終業式は欠席したために、この学園でのこういった式は初めてだ。
 だからまだなんとも言えないけれど、すでに俺の知っている普通の始業式とあまりにも違いすぎていて動揺を隠せない。

 無駄にドキドキしていると、パッと正面ステージをスポットライトが照らした。その光の中央には、この学園の生徒会長たる理一がいる。
 他の生徒会役員たちに両脇を固められ、講堂全体からの視線を一心に集めながら、理一はゆっくりとマイクを手に取った。

「これより、始業式を開始する。――一同、起立」

 ざっ、と軍隊のように講堂中の生徒たちが一斉に立ち上がる。

「気をつけ、礼。……着席」
「……すっげ、まじで軍隊みてぇ」

 よく教育されているというかなんというか。号令をかけているのが理一だからというのもあるんだろうが、あまりにも揃いすぎている動きに感嘆の声を漏らす。
 俺が転入してきたばかりのときには理一ひとりだった生徒会役員が、いまや勢ぞろいしているということも、俺の心を強く揺さぶった。

 全員が着席したのを確かめるようにぐるりと講堂内を見渡すと、理一はゆっくりと話し始める。

「まずは、みんな、あけましておめでとう。みんなの年越しはどんな年越しだったんだろうな。一人一人話を聞いてみたいし、俺の年越しの話もしたいところだが……残念ながらあまり時間がない。今日は、大事な話があるからな」

 大事な話、の部分で微かなざわめきが起きる。

(……大事な話?)

 一体なんのことだと横目で忍を見れば、意味ありげなウィンクを返された。

「もう、わかっているやつも多いみたいだな。ああ、そうだ。その通り――新しい生徒会役員の発表だ」

 パッと講堂全体の照明がつく。
 と同時に、わあっと歓声が上がった。忍や西崎も心なしかわくわくしたような顔をしている。

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