03













 重陽さまは、俺の瞳、何色に見えますか?

――青。

 そうです。俺の瞳は青いんです。普通の日本人とは違う色だ。

 別に、隔世遺伝とか突然変異とかじゃない。ただ父親が外国人なんです。今時めずらしくもないハーフってやつです。
 ……そう、今時めずらしくもない。

 なら、なんで俺がいつもサングラスをしてるんだろうって、そう思ったことはないですか? ありますか?
 そうですよね、普通ならそういう風にふしぎに思うはずです。

 実際、よく聞かれます。目が弱いんですか、とか。色素が薄いと太陽の光に弱いそうですからね。
 けど、俺の場合はそうじゃない。ただ嫌いなんです、この色が。

 え? せっかくきれいなのにって? ……はは、ありがとうございます。
 重陽さまにそう言っていただけると救われます。本当に。

 先ほど言った通り、俺の父親は外国人です。
 母がヨーロッパを旅行した時に知り合って、そのまま関係を持ち、数ヶ月足らずでスピード結婚。すぐに俺が生まれたそうです。
 けど、相手のことをよく知りもしないまま、ましてや生まれ育った国も文化も言語も違うもの同士じゃうまくいくわけがない。すぐに二人は不仲になって、父親は別に恋人を作って出て行った。

 随分こじれたみたいだったけど、俺が十歳にもなるころには正式に離婚が成立して、母も新しい恋人をつくってた。自然と、家を留守にすることが多くなってた。
 幸い生活費だけはきちんと置いていってくれてたから、飢えることも、特に不自由することもなかった。
 俺も母がいないほうが安心できたから不満はなかった。――嫌いだったんだ。母は、俺が。というより、元夫を思い出させる俺の瞳の色が。

 母からしたら、父は自分の人生の汚点みたいなものだったんだろうな。
 旅行先でうっかり舞い上がってよく知りもしないまま現地の男と関係を持ち、結婚までしてしまった。しかも子供までできてしまった。自分はまだ若いのにバツイチ子持ちなんて、ってな。
 一児の母でありながら、自分が子供みたいな人なんだ、あの人は。

 母が日本人の恋人を作って、その人と再会してからは、俺の瞳の異色さがさらに際立つようになった。
 あの家は奥さんも旦那さんも黒髪黒目なのに、どうして息子さんは青い目をしてるんだろう、って。そんな風に近所の人が言っているのを聞いたこともある。あんたの目のせいで私が悪く言われると、母に怒鳴られたのは一回や二回じゃすまなかった。

 新しい父との間に女の子が生まれてからは、その傾向は余計に顕著になった。
 殴られたり蹴られたり、食事を抜かれたり。そういうあからさまなことこそされなかったけど、俺を見る目が日に日に冷たくなっていった。

 そのうち、俺の自分の目が嫌いになった。
 この目のせいで家じゃ疎まれるし、学校ではからかわれて、下手をすればいじめの対象になる。いいことなんてなかった。
 こんな目の色に生まれなければよかった、普通の目に生まれたかった、ってずっと思い続けてた。





――それが変わったのは、二十歳そこそこの頃のことだった。





 高校を卒業して以来、あっちへふらふら、こっちへふらふら。
 まともな職にもつかずフリーターとしてあちこちを渡り歩いていた俺を、なんの気まぐれでか、たまたま居酒屋で相席した清明が雇ってくれることになったんだ。
 最初は酔っ払いの戯言かとも思ったけど、正社員として雇ってもらえるならそんなに良いことはない。せっかくだし乗っかっておこうと、それくらいの軽い気持ちだった。

 ……けど、実際に働き始めたら俺でも名前を知っているような大企業で、あのときはさすがにびびったけどな。

 とにかく、そうして清明のもとで働き始めたある日、俺は清明に食事に誘われた。うちの奥さんの料理は格別だから、よかったら一緒に食べないかって。
 俺と同時期に入社したやつは結構いて、そいつらも一緒だったから、たぶん交流会の意味を兼ねてたんだろうと思う。なんだかんだ、清明はそういうところ、トップに立つ人間に資質があるよな。

 まあ、雇い主の誘いを断れるはずもなく、俺はある日、誘われるがままに清明の家にお邪魔した。そして――そのとき初めて、俺は重陽さまにお会いしたんだ。

 父親に連れられてきた相手が初めて見る人間だったから物珍しかったんだろう。重陽さまは、俺を見るとふしぎそうに目をまんまるにしていた。
 それから、こんにちは、と元気にあいさつをしてくれた重陽さまは、今思えば天使そのものだった。子供の扱いには慣れてなかったから戸惑いもあったけれど、それ以上に目の前の重陽さまがかわいくてかわいくて、俺は思わず目線を合わせてしゃがみこんだ。

 そのとき俺は、清明のもとで働き始めてからかけ始めたサングラスをしていた。
 サングラスをしている人間をあまり見たことがなかったんだろうな。重陽さまは、興味津々といった様子で俺のサングラスに手を伸ばしてきた。

 別段高いものじゃなかったから、外して手渡してあげると、重陽さまは嬉しそうに受け取って、それから、はっとしたように俺の目を見た。
 正直、ぎくりとした。今まで、目を見られて良い反応をされたことはなかったから。けれど、重陽さまは俺の目を覗き込むようにしてじっと見つめると、ぱあっと、満面の笑みを浮かべた。そして、キラキラとした目でこう言ったんだ。





「あおいおめめ、きれい!」





 重陽さまはきっと、深く考えることなく、思ったことをただ口に出しただけだと思う。
 けど俺は、あなたのその純粋な一言が嬉しくて、嬉しくて仕方なかった。初めてだったんだ。この目を、きれいと言ってもらえたのは。

 年甲斐もなく泣き出してしまった俺に、重陽さまはびっくりしてたっけな。
 だいじょうぶ、と舌ったらずに聞いてきたあと、泣かないで、って俺の涙を拭ってくれた。重陽さまのふっくらとしたてのひらがひどくあたたかくて、余計に涙が出てきたことをよく覚えている。
 結局俺は、騒ぎを聞きつけた清明たちが来るまでえんえん子供みたいに泣いてた。

 清明にはあのとき、俺の息子、かわいいだろうなんてドヤ顔で自慢されたっけな。かなりムカついたのを覚えてる。
 でもかわいいのは本当だったから、なにも反論できなかった。

 それくらい、俺の瞳を綺麗だと言って笑ってくれた重陽さまは愛らしくて、まぶしくて。どうしようもないくらいに、俺に元気をくれた。
 それから俺は、自分の目の色が少しだけ好きになれた。

 え? なら、どうしていまもサングラスをかけているのかって?

 ……ひとりじめしたいんですよ。
 重陽さまがきれいだと言ってくれたこの瞳は、俺のものなんだぞって。
 それから、この瞳を見ていいのは重陽さまだけなんだという、そんな忠誠心のつもりだったりもします。





 きっと、あなたにとってはなんのことはない出来事だったのかもしれない。父親が連れてくる「おとな」のひとりとおしゃべりして、目の色を褒めて、泣いてしまったところを慰めてっていう、ただそれだけのことだったのかもしれない。
 けど俺は、あなたのその行動にたしかに救われたんだ。清明に頼み込んで、将来重陽様の付き人をさせてもらう約束を交わす程度には。

 重陽さま。俺は、十数年前のあの日以来、自分でもどうしてここまで執着してしまったのかわからないくらいに、あなたをお慕いしています。
 俺のこの手であなたを幸せにしたいと、心の底から思っております。

 けれど、それよりも何よりも、どんな形であれ誰の手によってであれ、あなたが幸せになってくれるのが、なによりも一番の望みなのです。
 ……そういう風に思っている人は、きっと俺だけじゃないはずですよ。



 お優しい重陽さまのことですから、きっと、周囲のいろんなことまで背負いこんでしまっていることだろうと思います。
 けれど、一度周りのことはすべて放り出して、自分がどうなれたら一番幸せなのかということだけをとことん考えてみるのも、時には大事なのではないでしょうか。

 長々と昔話をしてしまいましたが、俺のこんな話だって、放っておいていいんです。
 重陽様は、いま、自分がどうしたいかを一番に、ゆっくり考えてみるべきだと、俺は思いますよ。

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