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『wood@38-wood:まさか、クリスマスにお会いできるなんて』

『wood@38-wood:最高のクリスマスプレゼントです』













 もともとの予定を三日も早め、三和さんに無理を言って帰省しすることにした俺を、大急ぎで車を走らせ迎えに来てくれた宮木さんは「おかえりなさい」と穏やかな笑顔で迎えてくれた。
 家までの道中、急にどうしたのかとか聞いてこなかったあたり、宮木さんはほんとうにできた秘書だと思う。

「明日から冬休みで良かったぁ……」

 明日の終業式はさぼってしまうことになるけど、まあ、これくらいは許してほしい。母さんも、俺の顔を見てなにかを察したのか

「お風呂沸いてるわよ」

 としか言わなかったから、きっと大目に見てくれるだろう。

 久しぶりの実家の心地よさとありがたみを身に染みて感じながら、入浴剤製のにごり湯の張られた風呂桶の中で全身の力を緩めた。ほうっと息をつけば、徐々に混乱しきっていた頭の中が落ち着いてくる。

(『理一だから』……かぁ)

 無意識のまま言ったとはいえ、我ながら顔から火が出るほどくそ恥ずかしい言葉だ。
 あの時の俺、よくあんなこと言えたな。思い出すだけで、浸かっている湯の温度のせいだけでなく、じわじわと顔が熱くなってくる。

「あー、くそう……」

 気づいていなければまだ良い。けれど、ハッキリと気づいて自覚してわかってしまったいま、もはやあれは愛の告白以外の何物でもなかった。

「俺、理一のこと好きなのかぁ……」

 西崎、ワタル、うーたん。それから、もしかしたら宮木さんも。
 人にどれだけ好きだと言われてもピンとこなかったというのに、自分が誰かを好きだとわかった途端、急にその感情の重さが実感を伴ってわかるだなんて。

 なんというか、もう苦笑いしかできない。いっそこのまま湯の中に沈んで、泡になって消えてしまいたいとさえ思った。





 ミドリから電話が来たのは、仕事を終えた宮木さんがようやく帰っていったあと、そろそろ日が変わろうかという真夜中のことだった。

『あ、出た』
「出たってなんだよ、出たって」

 そっちからかけてきたんだろうに。俺の携帯にかけたら俺が出るに決まっているだろうが。

『ごめんごめん、つい。ねえ重陽、今日のパーティーで生徒会長サマに告白されてフって、シンデレラみたいに逃走したって本当?』
「ハア!? え、ちょ、なんだよそれ」

 シンデレラみたいにってなんだとか、その情報どっから仕入れたんだとか、言いたいことは色々あるけれど、とりあえず。

「告白されてなければ、フッてもねーから!」

 そこ大事、としっかり訂正すれば「え? そうなの?」なんてきょとんとした声が帰ってくる。

『でもアカネがそう言ってたし、学園内じゃすっかりその噂でもちきりだって話だけど』
「げ、まじで?」

 うわぁ。俺、冬休み明けたら理一の親衛隊に殺されるんじゃねえの? もしかしてだけど。

『まじだよ、まじ。まあでも、実際は、相手が重陽だってことまではわかってないみたいだけど。会長が「だれか」一般生徒とクリスマスのジンクスの儀式して、途中で逃げられたーくらいのレベルみたいだよ』
「ひえっ」

 それなら、俺と理一の関わりを知らない人にはわからないだろうか。最悪の事態は避けられそうなことにほっと一安心する。

『それに、アカネ聞いたところによると、会長の方もフラれただのなんだののほうは否定してるらしいよ。相手は大事な友人で、ふつうに友人として一緒にいるのをみんなに認めて欲しかっただけだ、とかなんとか』
「そっか」

 大事な友人という言葉に、安堵したらいいのか傷ついたのかわからなくなる。
 どっちだろう、なんだか複雑だ。ううう、と携帯片手に唸り声をあげていると「まあ」とミドリが付け足す。

『波風立てないための表向きの建前がそれとして、実際がどうかはわかんないけどね』
「それって……」

 どういう意味だ、と言いかけたとき。俺の声を「ミドリー!」という聞き覚えのありまくる声が遮った。

『ミドリ、いつまで電話してんのー? 冬休みの間はずっと俺と居てくれるって言ったじゃん!』

 せっかく早く帰ってきたのに、という声は本村アカネのものだ。明らかに拗ねている。
 ていうか、本村アカネも終業式さぼってもう帰省していたのか。どうりでミドリに情報行くのが早いと思ったら。

『ごめんごめん、もう切るよ。すぐ行くから待っててね、アカネ』
『もーっ! ミドリの好きなロイヤルミルクティー淹れて待ってるから、早く来てよね?』

 絶対だよ、と念を押してから、ぱたぱたとスリッパの足音は遠ざかっていった。

「……ミドリ、お前いつからロイヤルミルクティーなんて好きになったわけ?」

 根っからのコーヒー党、それもミルクも砂糖もなしのブラック一択派だったろうに。追求する俺を、ミドリは「さあね」なんて涼しい声で受け流す。

『それじゃ、かわいい弟が待ってるから、そろそろ切るね』
「は?! ちょ、ミドリ?」
『いい機会だし、この休みの間にせいぜいゆっくり悩みなね。じゃあ、また、重陽』
「待っ――」

 回線の向こうに慌てて呼びかけるも、時すでに遅し。ブツリ、と容赦なく通話は切られた。

「あいつ、まじで切りやがった」

 うそだろうと思うが、これが現実ってやつなのだ。世知辛い。





 一日遅れながらも、俺にとっては二度目となるクリスマスパーティーを家族三人でささやかにおこなったり、持ち帰った宿題を少しずつ片付けてみたり、転校してからずっととりためていたアニメを一気にまとめて見たり。
 久しぶりの実家というだけあって、やりたいことややらなければならないことは山ほどあった。

 そうして、そうこうしているうちに残された「今年」の期間はあっという間に減っていき、もう残すところあと二日となっていた。

 十二月三十日である今日、父さんと母さん、ついでに秘書である宮木さんは、会社関係の年末パーティーに行っていて不在である。
 俺以外に誰もいない家は、ひとりじゃいやに広く感じた。テレビもついていないしーんとしたリビングで、ずずずっとお茶をすする。

「……けど、ゆっくり悩みなね、って言われてもなぁ」

 ふと、数日前のミドリの言葉が頭をよぎった。

 年の瀬が近づくにつれて一日、また一日と寒さが増して行っているような気がする。こたつ布団をひっぱりあげて、肩のあたりまでしっかりとかけた。
 こたつの天板の中央へ手を伸ばして、かごに盛られたみかんを一つ手に取る。よく熟れた鮮やかなだいだい色のそれをころころと手の中で転がしながら、俺は改めてクリスマスのあの日のことを思い返した。

「スーツ着た理一、かっこよかったよなあ……」

 イケメンなのは元から知っていたけれど、あの夜スーツを着ていた理一は何割か増しで格好良く見えた。やたらとキラキラした光が舞っていたような気さえする。
 好きだと自覚して以来、そのキラキラ度はどんどんと増して行っているから、もしかしたらキラキラの正体は恋愛フィルターとかそういうやつなのかもしれない。

 恋って怖い。

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tophyousimokujinow
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