08
「なに、もしかして八木、ネット中毒だったりするのか?」
「それが原因で留年したり転校したりするくらいには」
「なんっだそれ!」
うひゃひゃひゃと笑う鈴木。うん、こいつアレだな、笑い上戸なんだな! この短時間でよーっく解った。
「じゃあ、俺の無線LANにパソコン繋ぐか?」
「あー……凄く魅力的、なんだけど」
「けど?」
「ネット繋がんないならいーやっつって、パソコン置いてきちゃったんだよな」
しくったわー。額に手を当てうなだれていると、なんだそんなことか、と鈴木はあっけらかんと言った。
「俺、メイン機のほかに使ってないノーパソとか持ってるけど貸そうか?」
「……まじで?」
「まじで。ちょっと古い型だからあんまし性能良くねぇけど、フツーにネトゲする分には問題ナシだぞー」
どうする? と解りきった問いを投げ掛けてくる鈴木が、今だけ俺には天使に見えた。
「心の友よ!!!」
「ちょっ、俺らまだ出会って数分だからな?」
がしっと思わず抱きついた俺を難なく受けとめて、鈴木は苦笑する。確かに、出会って数分ましてや未だに玄関先で一体何をやっているんだという話だが、そこら辺は気にしたら負けだ。
ここまで来て、結局またネットするのかよという痛い指摘の声も聞き流す。今度はちゃんと、学校には通うから。それならきっといいだろうなんて甘すぎることを考える俺は、非常に欲望に忠実な男なんです。まる。
「うっわ、すっげー!」
ようやく落ち着いたところで上がった室内は、なんというか、やたら広かった。いっそ生活感がないくらいな空間に、まるでモデルルームだなと思う。いくら金持ち校だからってこれでいいのかと少し思わないでもないが、そういうものなんだとムリヤリ思い込むことにした。
「そういえば、八木は何やってんの? ネトゲ? それとも2ちゃんねる?」
「ネトゲとチャットが半々くらいかね」
「へー」
2ちゃんもまとめブログとかは読むけどと言えば、自分もそうだと返してくる鈴木。そこだけ圧倒的な存在感を放つ、テレビ台に並べられたアニメのブルーレイディスクBOXの種類といい、どうやら俺と鈴木とは趣味の傾向が似ているらしい。
「ネトゲってなにやってんの? チャットは? スカイプ?」
「あー、チャットはもっぱらスカイプしか使ってねぇな……たまにどっかでサーバー借りたりもするけど。ネトゲは『あやかしドラゴン譚オンライン』てやつ」
通称あやドラと呼ばれるそれは、いわゆる陰陽道的な世界観をベースにしたバトルRGPゲームである。グラフィックがあまり綺麗じゃないせいか、面白さの割にプレイヤー人口の少ないネトゲ。なの、だが――
「えっ、マジで?! 八木もあやドラやってんの?」
「えっお前も?」
「やってるやってる!」
「まじでかー!」
まさかこんなところでプレイヤー仲間に出会うとは。再び、がっしりとハグをしてしまう。
「もうあれ、鈴木、アレ。忍って名前で呼んでいい?」
「おーう、バッチコーイ! じゃあ俺も重陽って呼んで……いや、ちょっと長ぇな」
「ははは、だろ? だからハルって呼んでくれたらうれしー」
「了解了解! ……したら、ハル。とりあえずそろそろ離れねぇ?」
「あ、オウ」
忍にそっと提案されて、それもそうかと慌てて体を離す。
引きこもってばっかいたせいか、たまに人と接触すると無性にべたべたしたくなんだよなぁ。忍は大丈夫だろうけど、この学園じゃ冗談とかじゃ済まなそうだし、気を付けたほうが良いのかもしれない。
「じゃああれだ、今度共同プレイやろーぜ!」
「おおっ、いいなそれ! つか、フレンド申請すっから忍のハンドルネーム教えろよ」
「ん? ああ、オッケー。たぶん、スーザンで検索すれば出ると思う……」
「――んん?」
今、なんてった?
「スーザン?」
「ああ」
「……ところで忍、もしかしてサッカー部だったりしねぇ?」
「そうだけど、なんで知ってんだ?」
きょとんと首を傾げる忍。に、へにょへにょと全身の力が抜けていくのを感じる。えーっ、まじでか。いや、初っぱなからのあのテンションの高さとか、似てるなぁとは確かに思ったけど。
忍が口にした『スーザン』というのは、俺のあやドラ内でのプレイヤー仲間のHNで、そいつはサッカー部だと言っていた。そして忍もサッカー部。ということは。
「……スーザン、俺」
「うん?」
「俺、『ヤギ』だよ」
「八木だろ? それは知ってんぞ?」
「そうじゃねぇよっ!」
っていうか、なんでこいつは未だに気付いてないんだ。八木という名字、ネット中毒、それが原因で留年して転校、さらにはあやドラプレイヤー。極め付けには、顔に油性マーカーで落書き付き。
――ここまで俺の情報を知っていて、どうしてこいつは俺に気付かないんだ。
「お前、スーザン。俺、ヤギ。めーだよ」
これで解んなかったらぶん殴るぞ。と、ちょっと物騒なことを考えつつ忍と自分を順に指差して言えば、「めー」と口にしたところで忍はようやく感付いたらしい。
「うっそ、まじでめーちゃん?!」
「……おうよ」
リアルの世界でまで、しかも男から「めーちゃん」だなんで呼ばれるのは違和感MAXだったが、そんなものは、一瞬の後ににっこりと浮かべられた忍の笑顔に打ち消されてしまった。
「めーちゃあああああんんんんん」
「スーザああああああんんんんん」
がっし、と本日三度目のハグ。暑苦しいだとか見苦しいだとか、そんなのはほっといてくれ。2、3時間前にはしばらくあんまり絡めなくなるんだと思った相手と、まさか同室になれるだなんて、と嬉しくてたまらないのだ。
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ヤギ@meemee-yagisan
スーザンなう!
スーザン@susan-11
めーたんなう!めーたんなう!めーたんめーたんめーたんなう!
ヤギ@meemee-yagisan
@susan-11 うぜえ
スーザン@susan-11
@meemee-yagisan ツンデレ乙!
「ほんっと、めーちゃんってツンデレだよなぁ」
携帯の液晶画面に並んだヤギのアイコンとサッカーボールのアイコンを眺めて、忍はケラケラ笑う。
「さっきはあんなに抱きついてきたくせに、ツイッターじゃすぐにこれだしさあ」
「うっせぇ、誰がツンデレだ。誰が」
「いでッ」
携帯をしまいながらデコピンをしてやれば、大袈裟な悲鳴を上げる忍。涙目で睨み付けてくるのに対して「ざまあみろ」と舌を出す。
「ていうかめーちゃん、HNは本名そのまんまなんだな」
「考えるのめんどかったし」
「ははっ、めーちゃんらしいな」
「……ちなみに、お前はなんで『スーザン』?」
「ん? ああ、某釣りバカの話の社長からとった」
「スーさんか」
「スーさんです」
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