02


「――と、いうわけで。阿良々木くんは君の希望通り、一ヶ月の停学処分だけになりましたので」
「ありがとうございます」

 その日の放課後。風紀委員室で君島委員長から報告された処分の内容に、俺はほっと胸をなでおろした。
 あれだけうーたんや忍、二木せんせーたちが問題を深刻視して、今にもワタルを退学にしようとしていたため、どうなることかとヒヤヒヤしていたのだ。
 深く頭をさげて、ありがとうございます、ともう一度繰り返すと、頭をあげるように促された。

「阿良々木くんが実際にやったことから見たら、一ヶ月の停学処分だけっていうのはどう考えても甘すぎですけどね。とはいえ本人も反省して更生できてますし、なによりも被害者が『気にしてない』ってあれだけ言ってきていては、厳しく処罰するわけにもいきませんからね」
「なんか、無理させちゃったみたいですいません」
「いいんですよ、その辺りは。僕もそれが仕事なので。でもまあ、余計な退学者なんて出さないで済むのならその方がいいに決まってますからね。むしろ、こちらこそありがとうございます」

 肩をすくめる俺に、君島委員長はふっとやさしく目元を和らげて見せる。それが仕事だというのは本当だけど、とはいえ、俺みたいなのにアレコレと口出しされずに「いつも通り」の手順で処理したほうが君島委員長にとっては楽に決まってる。
 それなのに、わざわざこんな風に言ってくれるだなんて。

「君島委員長って、いい人ですよね」
「……そういう君は、意外と変わり者だよね」
「ええー、俺そんな変わってますかね」

 心外だ、と肩をすくめてみせれば、君島委員長は俺をあしらうように「はいはい」とぞんざいに手を振った。けど、照れているのか、ほんのり赤くなった頬は隠せていない。

「話はもう終わりだから、戻っていいですよ」
「うわー、そんな、いかにもめんどくさそうに言わなくても。ちょっと傷つきますよ」
「思ってもいないくせに、そんなポーズとらなくていいですよ」
「あはは、ばれました?」

 へらり。笑って見せて、挨拶もそこそこに席を立つ。

「それじゃあ、本当にどうもありがとうございました」

 ぺこりと最後に一礼。そのまま退室しようとして、ドアに手をかけたところで「あ」と思いとどまる。

「そういえば、秋山くんにもよろしく伝えておいてください。俺も会ったら自分でお礼言いたいんですけど……あれ以来、めっきり会わなくなっちゃって」

 結局、護衛をしてくれていたことへのお礼も、騙すような真似をしてしまったことへの謝罪もまだできていないのだ。

「わかりました、伝えておきます」
「よろしくお願いします。……それじゃあ、」

 今度こそ、そのままドアをくぐって行こうとした時。

「秋山だけでいいの?」

 意味深な言葉が、俺の足をその場に縫い付けた。え、と振り返る。全てを見透かすような視線に射抜かれた。はっと息を飲む。

「宇佐木にはいいんですか? あいつとも随分疎遠になってしまったみたいですが」

 というか、あれは宇佐木のほうが避けているんですかね。なんて、君島委員長はなんでもないことのように俺の傷口に塩を塗り込んでいく。前言撤回。さっき、いい人って言ったのはなかったことにしてくれ。

「うーたんには……大丈夫、です」

 うーたんには、自分で伝えなくちゃ意味がないと思うから。

「失礼します」

 君島委員長はまだなにか言いたげだったけれど、俺はその追及から逃れるようにして、朱色に染まり始めた風紀委員室を後にした。





「ほんっと、地味に痛いとこついてくるなあ、君島委員長」

 俺とうーたんが気まずくなってることをわかっててあんなことを言ってくるんだから、ほんと掴めない人だ。あなどれない。

 けど、ワタルのことが一ヶ月の停学で済んだのは本当によかった。あんまり長引くと今後に響くだろうし、退学にでもなったらワタルの人生そのものがひっくり返っちゃうかもだしな。
 俺の場合は完全なる自業自得だけど、自分が留年してるからそういう苦労というのは多少分かるつもりだ。それに、さすがに他人の人生までは責任負うこともできないし。

 ぼんやりと考えながら校舎を出て、寮に向かう道をふらふらと辿っていく。と、どこかからワーワーという歓声が聞こえてきた。なんだろう。

(……行ってみるか)

 たまには寄り道も悪くはない、はず。いまはもう俺の行動を監視しなきゃいけない人もいないんだから、ちょっとくらい許されるだろう。
 そんな軽い気持ちで、俺は歓声がする方へ足を向けた。

 そう歩かないうちに、いくつかあるグラウンドのうちの一つに出た。コートの中では、ゼッケンをつけた生徒たちが競い合うようにして白黒のボールを追いかけ回っている。誰もが一様に汗を流して土ぼこりにまみれ、一生懸命な表情を浮かべているその光景にピンとくる。

「サッカー部か!」

 こんなとこで練習してたのか。ぜんぜん知らなかった。コートを駆け回るなかの一人に忍の姿を見つけて、なんだか眩しい気持ちになる。思わず目を細めた。

(……そういえば、前までは寮の部屋以外じゃあんまり忍に近寄れなかったから、活動中の様子は見た事なかったな)

 忍、サッカーするときはあんな真剣な顔してんのか。いつも俺の前じゃふざけてへらへら笑ってるくせに。
 本当にサッカーが好きなんだなあと今更感じられて、ぐっと胸のあたりが痛くなる。

 いまはミニゲームでもしているのだろうか。味方同士の応援の声や監督の指示やなんかにまざって、時折キャーキャーと黄色い声が上がるのは、見物人の中に親衛隊がいるかららしい。校舎のほうまで聞こえてきていた歓声も、主にこの親衛隊員の叫び声だったようだ。

(こんな周りうるさくて、よく集中できんなぁ、サッカー部)

 もう慣れてしまったのだろうか。どちらにしてもすげえな、と感心してしまう。
 そのまま何気なく眺めていると、不意に忍と目があった――ような気がした、次の瞬間。

「瀬戸!!」

 大きく手をあげた忍が、誰かに呼び掛けて走り出した。指名された瀬戸くんらしき人物は忍の位置を確認すると、走っていく数歩先の位置へとスパッと綺麗なパスを出す。忍はそれを危なげなく受け取ると、キーパーの待ち構えるゴールに向かってシュートを放った。
 白黒のボールはギュルギュルとすさまじいスピードで回転しながら、大きく飛んだキーパーの手と手の間をすり抜けていく。そしてその勢いのままに、派手にゴールネットを揺らした。

「すっ……げぇええ……」

 まるで漫画みたいだ。そうじゃなけりゃ、ドラマか映画のような。そんな、どこまでも絵になるシュートだった。サッカー部員たちもこれにはテンションがあがったようで、忍に駆け寄ってはハイタッチを交わしたりハグでもみくちゃにしたりしている。

 サッカー部のエースとは聞いたいたけれど、まさかここまでとは思わなかった。さすが王子様とかもてはやされるだけある。かっこいいなと、素直に思った。
 衝撃のあまりぼんやりと立ち尽くしていると、ようやくチームメイトの輪から抜け出た忍がくるりとこちらを振り返った。のみならず、ザッザッとグラウンドを横切ってこちらへ歩いてくる。

「げっ」

 反射的に逃げようとすると「めーちゃん!」と、引き止めるように背後から呼びかけられた。がしゃんと金属のネットが揺れた音で、忍がグラウンドを囲うフェンスをつかんだのだろうことを知る。

「めーちゃん、俺、今日18時まで部活なんだけどさ」
「お、おう」
「そのあと、一緒にご飯食べにいこーよ」

 話がしたいんだ、と付け足す忍の声は真剣みを帯びていた。かすかに震える声で、お願いだから、なんて懇願されては、断るなんてできるはずがない。
 ゆっくりと振り返れば、声色そのままに、悲痛そうな面持ちをした忍が俺をまっすぐに見つめていた。

(なんで、そんな顔するんだよ。そんな顔されたら、こっちまで悲しい気持ちになるだろうが)

 ぐっと眉間にしわを寄せて、冷静さを取り繕っていると、それを見てどう思ったのか、忍はいまにも泣き出しそうな顔でくしゃりと笑った。

 ああ、もう、このやろう。
 だから、そんな顔するなって。俺がお前からの誘いを断るなんて、そんなことするわけないだろうが。

「……部屋で、待ってるな」

 悩んだ末に絞り出たのは、どこまでも素直じゃない言葉だった。だというのに、忍はたちまちぱああっと満開の笑顔を浮かべる。

「っ、うん!」

 やっぱりどこか泣き出しそうな笑顔で大きく頷いてみせた忍の背後に、ぶんぶんと大きく振られる犬の尻尾が見えたのは、俺の気のせいだろうか。

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