01






「ハァ〜? 仮面舞踏会ィ?」
「おん。12月24日、クリスマスイヴにやるパーティーな、みんなで正装して仮面つけんねん」
「それでダンスすんの?」
「する」
「まじか……」

 なんだそれ、さすが金持ち高校はちげぇな。どう考えても高校の学校行事とは思えないそれについげんなりしてしまう。カーッ、ペッ! って感じだ。心の中は。
 それを察したのか、俺に「仮面舞踏会」なんていうけったいなものの存在を教えた西崎はケラケラと笑っている。

「それって、休んじゃダメなわけ?」
「基本全員参加ってことになってるからね」

 思わず口をついて出た問いにすかさず答えたのは、その隣で文庫本に目を落としていたシュウだ。

「休んだら、総合の成績が1になる可能性もあるし、特別な理由がない限りは参加したほうが無難かな」
「……てか、めーちゃんそこらへんのこと鈴木とかから聞いてへんの?」

 てっきりそういう話してるかと思ったけど。
 とくに他意はないのだろう。何気なくといった風に付け足された言葉にギクリと心臓が跳ねた。

 そろり、視線を教室の隅へ動かす。ドアのあたりで別のクラスのかわいい系の男の子――たぶん親衛隊の子だろう――と話している忍の姿をとらえた。いつものイケメン台無しなへにゃへにゃの笑顔じゃなく、爽やか風を吹かせた「王子様」スマイルを貼り付けた忍の姿を、だ。

 ワタルと話し合いをしたあの日以来、俺は忍とまともに顔を合わせていない。同じ部屋で暮らしてるのに? って思われるかもしれないけど、本当に、俺でも「同じ部屋で暮らしてんのに?」って思うほど、滅多に顔を合わせないのである。合わせたとしても、なにか用事があるときくらいしか言葉も交わさない。
 あの日から今日までの十日程度でまともにした会話といえば「二木先生が日直はノートもってこいっていってたよ」とか「冷蔵庫の牛乳賞味期限切れそうだから早めに飲んで」とか、そんなことだ。それでもまあ、それくらいなら会話するだけまだましなほうかもしれないけど。

 けど、これは忍だけじゃなく、うーたんともだった。うーたんはあれ以来、ぱったりTLに浮上しなくなってしまったのである。もとよりうーたんとはクラスも学年も違うのだから当然だけど、学校でも寮でもすっかり合わなくなってしまったし。
 とはいえ、あんな風になってしまった以上、そう簡単に俺から関われるはずもない。八方塞がりだった。

「……あー……ちょっとな。なんつーか、ケンカしちゃって」
「えっ、ケンカ?」
「鈴木とめーちゃんが?!」

 「ケンカ」という俺の言葉を受けて、驚きに満ちた声がふたつ、ほ同時に上がる。シュウは手にしていた文庫本をばさりと取り落とし、西崎はがたりと席を立ってこちらに身を乗り出した。
 ふたりとも同様にぎょっと目を見開いている。自分の聞き間違いなんじゃないか、と本気で疑っていそうな様子だ。想像以上の反応になんだか申し訳なくなる。

「まあ、ちょっとな。心配されるほどじゃねーって」

 へらりと笑えば、それ以上詮索してほしくないという思いが伝わったのか、そうか、と肩を落とされた。

「どうりで。ここんとこ全然話とらんし、おっかしーなぁとおもたら」

 そういうことやったんかと、西崎は納得したような目線を忍に向ける。つられて俺ももう一度そちらを見ると、親衛隊の子の一人と目があった。ふわふわの泡がのったカプチーノのような髪をした小柄な男の子だ。たぶん三年生なんだろうけど、一見そうは見えないくらいちっちゃくてかわいらしい子である。あんなかわいい子でもマジで男なんだなあと妙な気持ちになるのもつかの間、俺はぎょっとした。その子が一瞬、キッとこちらを睨んできたのである。

(……え、なんでだ?)

 いま俺、なんかしたっけ? あの子に睨まれるような要素あったか?
 首をかしげるヒマもなく、隣で西崎が大声をあげた。

「あっ! そしたらめーちゃん、もしかして仮面舞踏会の『ジンクス』のことも知らんのとちゃう!?」
「ジンクスぅ?」

 おそらくは忍のことから気を紛らわせようとしてくれているのだろう。底抜けに明るい西崎の声に気を引かれた直後、俺は思いっきり眉間にしわを寄せた。ジンクス。なんだそれ、めっちゃうさんくさい。

「仮面舞踏会じゃな、まぁ、みんな仮面して顔隠すんやけど。それ以外にもな、髪型とか髪の色とか、普段とは違くせなあかんねん」
「金髪の人は黒染めしたり、坊主のひとはカツラかぶったり、な」
「したら、もう外見だけやと誰が誰だかわからんくなってくるやろ?」
「あー、なるほど……」

 西崎とシュウの話を聞いているうち、なんか、西崎がなにを言いたいのかなんとなくだけどわかってきてしまった。俺もこの学園に毒されてきたっていうことなんだろうか。

「ここまで言うたら、もうお察しって感じかもしれへんけど。そんな状態のパーティー会場で好きな相手みつけて、相手にも自分が誰かわかったら、そのカップルは永遠に結ばれる、っちゅうんがジンクスの内容やねん」
「なんつーか、いかにもこの学園のやつらが好きそうっていうか、なんていうか……」

 少なくとも、男子校にあっていいジンクスではねーだろうけど。みんな案外ロマンチストなんだな。軽く頭痛を覚える。

「あれ、めーちゃんは興味あらへんの?」
「ねーよ! なんであると思うんだよ」
「いやあ、もしめーちゃんにそういう相手がおったら、俺もすっぱりあきらめられんのになぁて」

 にんまり。西崎の唇がゆるくカーブを描く。悪巧みをしているようなその顔は、どこかチェシャ猫に似ていた。確信犯か。

「……急にそういうこと言うなよな」
「ははは、ごめんて。まあ、今のは冗談やけどな。めーちゃんは興味あらへんでも、興味津々、みんな知ってるジンクスで既成事実作って恋人同士になったろ! っていう超肉食系な奴らもおるからな」

 一応気ぃつけや、といって、西崎はひょいとこちらに手を伸ばした。大きなてのひらで無造作にぐしゃぐしゃと俺の頭をかき混ぜたかと思うと、何事もなかったかのように涼しい顔をして自分の席に戻っていく。
 よっぽど俺が微妙な顔をしていたのか、一連の出来事を見守っていたシュウは苦笑して見せた。

「まあ、あいつもあいつでハルのことが心配なんだろ。このあいだもいろいろあったばっかだしさ」
「うぐ、」

 それを言われてしまうと、何も言い返せなくなる。くるしい。

「まあ、ほんと、一応気をつけろよ。少なくとも、冬休みに入るまではさ」

 そうだ。なんやかんやあって忘れてたけど、クリスマスが近いということは、もうすぐ冬休みだ。また一年が過ぎて新しい年が始まるのである。
 今年も一年いろいろあったなと感傷的な気持ちになると同時に、ふと思い出されるのは、同い年でもひとつ学年が上な、とある友人のことである。

(理一……)

 そういえば理一は、進路とかどうするんだろうか。
 理一は三年だし、年が明けたら忙しくなってあっという間に卒業していってしまうのだろう。この学園に来てからなんだかんだ結構な時間を一緒に過ごしてきたせいで、勝手にずっと一緒にいられるような気がしていた。けど三月になったら理一は卒業してしまって、俺はひとり、四月から先もこの学園に取り残されてしまうのだ。
 そのことを思うと、楽しみだった冬休みが急に疎ましいものに思えてきてしまう。妙にさみしい気持ちになってしまうのは、本格的な冬が近づいてきたせいだろうか。すっかり葉っぱを落として枝だけになってしまった木々が北風に揺られている姿さえ、なんだかさみしげに見えてくる。

 季節は、冬、だった。

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