開いた口が塞がらないとは、まさにこのことか…
綱吉は言葉通りポカンと口を開けたまま、放送の一部始終を聞いていた。
「えーと…」
どうしたことだ。
あまりの事に体がその場から動かない。
今しがたリボーンが発言したその内容を、頭が理解することを拒んでいる。
ああ、できれば理解したくない。全力で拒否したい。
だがそれは許されないだろう。
何しろ、放送室のあたりが爆発した音とともに、たくさんの者たちが一斉に屋敷中を駆け回る音が綱吉の耳にも届いているのだ。
「まずい、奴らは本気だ…」
本気でリボーンの言った言葉を信じている。
つまりは、リボーンを見つけ出した物には綱吉が何でもお願いを叶えてあげるという言葉を、だ。
「そんな約束した覚えはないんですけど!!」
明らかに嘘である。
だいたい、綱吉がそんな約束をするはずがない。
自分の身が不利になるのだ。
全力で逃げるに決まっている。
それが解らない連中ではないはずだ。
だが嘘であれ本当であれ、きっとこの場合もう事実などどうでもいいのだろう。
ただ騒ぎたいだけ。
それだけなのだ。
「まずい…。まずいぞ…」
もうこのイベントを止める事は不可能に近い。
テンションあがって騒ぎ出した彼らを止めることはきっとできない。
それでも足掻かずにはいられないのが綱吉だ。
だって諦めたら自分が大変な事になるだけである。
出来るなら回避したい。
この場をどうにかして無かった事にしたい。
だがどうすればいいんだ!と頭を抱えること数秒。
はっと閃いた。
「そうだ獄寺君に連絡…!」
自分一人ではもう良い考えが浮かびそうにない。
そんなときこそ綱吉の右腕、獄寺の出番である。
彼は頭がいい。きっとこの状況を打破する知恵を貸してくれるはずだ。
綱吉はすぐに連絡を取ろうとして…しかし通話を押す前にその手をピタリと止めた。
「待てよ…」
ふと気が付いた。
確かに獄寺は綱吉の右腕で、常に綱吉を優先する思考の持ち主だ。
たが同時に、綱吉の事となると見境がなくなるのも事実だ。
館内中に響いたリボーンの放送は、もちろん獄寺の耳にも入っているだろう。
それを聞いて、獄寺が平静を保っていられるだろうか…
「ないな…」
綱吉の顔にまた諦めの色が浮かんだ。
だいたい、獄寺がまだ平静を保っているならば屋敷はこんな騒ぎになっていない。
何としても綱吉の言い付けを守り、場を治めようとするはずだ。
それがどうだ。現在屋敷はこの騒ぎだ。
これは間違いなく獄寺が場を捨て己も宝探しに出かけている事を示している。
「ああ、もう!!」
そうなれば当然、他の守護者たちも期待ができない。
獄寺が走り出したせば、しめたとばかりに他の連中も好き勝手に動くだろう。
そうなれば綱吉の頼みを聞いてくれる者など皆無だ。
組織のボスであるはずなのに…
「俺の立場っていったい…」
なんだか悲しくなって来た。
しかし感傷にばかり浸っている場合ではない。
足音は、着実に綱吉の傍にも近づいていた。
「もうこうなったら、俺も参加するしかない!」
綱吉はまだ手に握っていた箱と鍵をギュッと握りしめた。
そうだ。止められないならもう道はひとつしかない。
綱吉も一緒にこのゲームに参加し、誰より先にリボーンの居場所を突き止めるのだ。
元より、フライングで綱吉はリボーンの捜索を開始している。
他の者たちより分がいいはずだ。
「絶対に見つけ出してやる!」
決意を新たに、綱吉は走り出した。
絶対に奴らの野望を阻止せねば!
「ですが、事態はそう都合よく進んだりはしないのですよ、綱吉君」
「っ!!」
走り出した綱吉は、けれども直ぐに足止めを食らう。
部屋から飛び出したちょうど通路の真ん中。
まるで綱吉を待ち構えていたかのように、骸がそこに立っていた。
「む、くろ…」
どうしてここに…!
と、聞こうとしてやめた。
「まぁ、綱吉くんの部屋が半壊していましたので、ここにいるだろうな、と」
「ですよね」
聞く前に理由は明らかだ。
庭に出れば誰だって一目で綱吉の部屋が破壊されている事に気付く。
破壊されていれば、何かしらあったのだと察しはつくだろう。
ここで決して何者かの襲撃にあったのでは…と考えないあたり、ボンゴレがとても平和な証である。
「この辺りにはもう宝箱は無いよ。俺が破壊したしね」
イエス・ノー枕ごと。それはもう木っ端微塵に。
(良かった!破壊が間に合って!!)
綱吉は心底ほっとする。
特に骸に見つかっていたら、何を言われていたか知れない。
そんな気持ちが顔に出たのだろうか、骸は一瞬眉間に皺を寄せると、
「なるほど…。これは僕たちも本気でかからなければなりませんね…」
しかし何か見当違いな方向に納得したような答えが返ってきた。
「?」
綱吉はつい首を傾げる。
骸はいったい何を言っているんだろう?
なぜイエス・ノー枕を破壊したことで骸が本気になる必要があるのか…
分からない顔になった綱吉に、骸も首を傾げる。
「君、当たりの箱を僕たちが見つけないようにと、先回りして破壊活動に走ったんじゃないんですか?」
「あ、なるほど。その手があったか」
「……」
「……」
お互いに無言になる。
なんとも微妙な空気が流れた。
「まぁ良いです。それに僕は、君を迎えに来たんですよ」
「は?迎えに?」
そんな空気を無理やり裂いて、骸が綱吉の傍へと一歩詰め寄ってきた。
反射的に綱吉は後退する。
話の軸がまだお互いにすれ違っている状態で、それでも強引に先に進めようとする骸に、綱吉の思考が追いつかない。
もはや骸の言っていることは完全に別次元の言葉にしか聞こえない。
「当たりの箱と一緒に君を彼の元へ連れていけば、その場で願いが叶えられます。手間が省けるってものでしょう?」
ニコリと口元が笑みを作るが、その目はちっとも笑っていない。
むしろ本気の目だ。
得物を狙う猛禽類のそれだ。
「ひっ」
綱吉はまた一歩後退した。
骸は後退した分にさらに一歩を足して距離を詰めてくる。
(ダメだ、思考がうまく働かない…)
イエス・ノー枕のダメージからまだ抜け出せないでいる綱吉の思考は、完全に現在の状況に置いて行かれている。
だが、ただひとつだけわかっているのは、ここで骸に捕まってはならないという事だ。
捕まったら枕の事以上に頭を悩ます事態になる。
それだけは本能で感じ取った綱吉は、また一歩後ろに逃げた。
「っ!」
しかし逃げようとした踵が何かにぶつかりそれ以上下がることができなくなる。
チラリと横目で足に当たったものを確認すれば、
(ああ…瓦礫だ…)
己が破壊した壁の瓦礫がそこにあった。
爆発の勢いでずいぶんと広範囲に瓦礫は飛び散っていたらしい。
なるほど、これが自業自得というやつか。
自分で破壊した壁に逃げ道を遮られる。
あまり破壊しなければ良かったと今更後悔したところで遅い。
「ほら、綱吉くん。怖くないですよ。僕と一緒に行きましょう」
「誰が行くか!」
声色を使って骸が話しかけてくるが、それが余計に不安を誘う。
ふーっ!と全身の毛を逆立てるように肩を怒らせてこっちにくるなと威嚇する綱吉に、それでも止めることなく骸の手が綱吉の腕を掴もうとした。その時だ。
「なるほどね、それは良い手だ。僕も実行させてもらうよ」
今度は破壊されて外が丸見えになっていた壁の方向から聞きなれた声がした。
その声に反応して骸の目が嫌そうに、綱吉は目を大きく開いてそちらを振り返る。
「雲雀恭弥…」
「ひ、雲雀さん!?」
「やぁ、綱吉」
「って、僕は無視ですか!」
雲雀が真っ直ぐに綱吉だけを見つめてそこに立っていた。
「どうしてここに…!!」
「君もですか!!」
すると今度は綱吉も骸の存在を視界から消し去り雲雀に向き直る。
そのことで骸が抗議の声をあげているが、残念なことに二人の耳にはすでに届いていない。
一瞬前まで綱吉を追い込んでいたはずなのに、あっと言う間に蚊帳の外である。
「うん。部屋が破壊されていたから、ここにいるかなと思って」
「ですよね。はい、わかってました」
コクリと頷いた。
ああ、もしかしたらこの調子で守護者全員がここに集まってくるかもしれない…
綱吉の目が糸のように細くなる。
正直に言って面倒くさい。
出来ればその前にここから脱出を図りたいものだ。
よし、ならばここはさくっと用件だけ告げて逃げ去ろう。
そう決めた綱吉は、雲雀に声をかけた。
「あの、雲雀さんにも言っておきますが、当たりの箱ならこの辺りにはもう…」
「ねぇ」
だが「見当たらない…」と綱吉が言い切る前に、雲雀は靴音を鳴らしながら近づいてくると、自慢のトンファーでヒュンと風を切った。
「なんですか?」
ビクリと綱吉の体が跳ねる。
どうしてもこの音は怖い。
やはり中学の頃によくそのトンファーで昏倒させられていたトラウマか…
「ねぇ」
雲雀がもう一度綱吉に話しかける。
綱吉は身構えたまま、小さく「はい」と返事をした。
「君が手に持っているそれ。随分と大事そうに持ってるけど、もしかして…」
「え?」
言われて、綱吉は自分の手元を見た。
その手には、先ほど開けた例のハズレの箱がまだ握られている。
どうやらリボーンへの怒りのあまり、そのまま箱を握りしめていたようだ。
「ああ、これ…」
「なるほど、それが当たりの箱ですね」
すると、それまで無視されたことで拗ねて無言になっていたはずの骸が、突然そんな事を言い出した。
「は?」
なんだ?話がまた妙な方向に向かおうとしている。
綱吉は骸と雲雀の顔を交互にみやった。
二人は何かを確信したように、怖い顔になって再び綱吉の近くへ寄ってくる。
「え?いや…」
違う。
これは当たりの箱ではない。
何か勘違いをしているようだが、綱吉だってまだ当たりの箱はみつけていないのだ。
「綱吉君だけ先に会場を抜け出して、いったい何をしていたのかと思えば…。本当に隠ぺい工作をしていたとは…」
「でも君が当たりの箱を持っているなら話は簡単だね。あとは箱と君を奪って、一緒に彼の元に行って、ご褒美を受け取ろうじゃないか」
「ひえっ…。あの…!!」
だから、違います!!
綱吉は全力で拒否しようとして…
(って、いや待てよ。これってもしかしてチャンスじゃないか?)
ふと思いついて口を噤んだ。
そうだ。
二人が勘違いをしている今こそ、リボーンのお遊びから逃れるチャンスなのではないか、と。
綱吉が持っているのはハズレの箱だ。
痛い一発を食らったので間違いない。
けれど、二人には黙ってこのままこれを本物だと思い込ませることができたら…
(俺の持っている箱に的が絞られて、他の箱を探す事を止めるんじゃないか?)
名案が浮かんだ!とばかりに綱吉の目が輝いた。
そうだ。
全員の目をこちらに集中させて、その間に綱吉だけが本物の箱を探せばいい。
うまく見つけ出せればリボーンの居場所もわかる上、ご褒美だって御破算にできるではないか。
(冴えてる!いつになく冴えてるよ、俺!)
そうと決まれば即実行だ。
「そうです。この箱が本物…」
「さぁ、その箱をよこしなさい」
「咬み殺してから奪われるのと、咬み殺されながら奪われるのと、どっちがいい?」
「ひぃいいいい!!!」
いつの間にか鼻先に突きつけられている三叉槍。
雲雀のトンファーの空を切る音も、耳のすぐ傍で聞こえた。
(やばい、やばい、やばいって…!!)
ダメだ、このままでは確実に殺られる…!!
瞬間、全身の血が凍り付いたように感じた。
いや、実際に綱吉の足下が凍った。
零地点突破初代エディションによって…
「あっ!」
「チッ!」
「ここで捕まる訳にはいかない!!」
不用意に綱吉の傍に近づいた事が仇になった。
二人の足が見る間に凍っていく。
「Arrivederci!!」
「ちょっ、それ僕のセリフです!!」
さらに骸の十八番のセリフを奪い、綱吉は額に炎を灯すと二人の頭上を軽々と乗り越えてそのまま走り去った。
炎で加速した綱吉の背は、あっという間に見えなくなる。
その背を悔しげに見送り、雲雀がボソリと呟いた。
「やってくれるじゃないか綱吉…」
「確かに、これではしばらく動けませんね…」
三叉槍を消し、骸も両手を組んで苦々しげに綱吉の消えた方向を見つめる。
しかし、その表情はすぐに和らいだ。
「さて。たどり着けますかね」
「…知らないよ」
雲雀の方も、悔しげな顔に変わりはないが、どこか少しだけ楽しそうに口端を上げる。
「計画にのってあげたんだ。それなりの報酬を貰わないとね」
「そうですね。ところで、あなた今指輪持ってます?」
「…置いてきた…」
「この氷、どうするつもりですか?」
「……」
「しもやけになりそですね」
「氷を咬み殺す!」
「ちょっ!無茶は止めなさい!!当たってる!僕にもトンファーが当たってます!!ってか氷の破片が痛い!!」
綱吉が破壊したダメージに加え、雲雀全力の氷破壊活動により、通路が完全崩壊するまで…あと数分。


(このまま一度、屋敷を飛び出す!!)
狭い通路で高速移動を開始した綱吉は、突き当りの廊下を破壊するべく拳にぐっと力を込めた。
今のところ、骸も雲雀も追いかけてくる気配はない。
しかしあの二人の事だ。
止まれば確実に追いついてくるだろう。
「絶対に逃げ切って見せる!」
もはや主旨が変わってしまっているが、今の綱吉にそれを考えている余裕はない。
逃げ切らなければ自分が危ない。
壁まであと少し。
そのまま止まることなく全力でぶつかろうとした綱吉だったが、
「10代目!見つけました!!」
「ツナ!ストップなのな!!」
「!?」
まさに破壊しようとしていた壁の前に、立ちふさがった者が居た。
それは綱吉の親友であり、頼もしい右腕。
獄寺と山本の二人が、綱吉の行く手を遮るべく目の前に現れた。




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