絶望的な感情を抱えながらクラスメイトたちの様子を窺えば、何か信じられない物を見るような嫌な雰囲気に変わってる。
ああ、聞こえる。
ダメツナのくせになぜイタリア語なんか話せるのか。
かっこつけるな。
自慢する気か。
そんな声が、みんなの視線から聞こえてくる。
けど、
「助かるぞ、イタリア語が分かる奴がいて」
リボーンだけは、そんな重苦しい空気なんかまったく感じていないようで。
そのまま周りの空気を無視して俺に笑いかけてきた。
「日本語は随分と勉強したが、どうしてもわかんねぇ時があるんだ。そんな時、同じ言葉が話せる奴がいると、大助かりだぞ」
さらにそう言って、ポンと気さくに俺の頭を小突く。
「なぁ、名前教えろ」
ネームプレートを見ながら、リボーンがそれでも俺に名前を聞いてきた。
漢字が読めないとでもいうのか、それとも、俺に言わせたくてわざと聞いているのか。
意図するところは、やはりわからなかったけど。
「…沢田、綱吉…」
気がつけば俺は、リボーンに自分の名前を名乗っていた。
まるで、大切な言葉を伝えるように。
「綱吉ね。ツナでいいか?」
「え?ああ、うん…」
小さく頷くと、どうしてだろう。あんなに嫌だった周りの空気が、その瞬間から全く気にならなくなった。
未だに俺へと向けられる視線はとても痛くて、正直に言えば居心地が悪い。
出来ることなら、すぐにでもこの場から逃げ出したいくらいの痛みだ。
でも、リボーンと話したその会話が、徐々に嬉しくなってきた。
《これからよろしく頼むぞ、ツナ》
《俺で良ければ、喜んで》
自然と口から出てくる言葉。
日本語と同じように、俺の日常にある言語。
多分、きっと俺は嬉しかった。
バレた事実に恐怖したと同時に、嬉しかったんだ。
爺ちゃんとしか成り立たなかった、日本では異質に聞こえていた会話。
それが、リボーンとは普通に交わせる。
普通の言葉として、受け入れてもらえる。
それが、ただ嬉しかった。
話せる事が、ただ嬉しかった。
ここまでくれば、もう隠す必要などないだろう。
だとしたら、もう咄嗟の時に出てしまうイタリア語に周りを気にしなくてもいいのかもしれない。
言葉に気を付けながら話をして、結果どうしても口下手になってしまう事ももう無いのかもしれない。
何より、俺の家族以外にリボーンなら爺ちゃんと話ができる。
爺ちゃんの新しい話し相手になってもらえる。
(そうだ、あとで爺ちゃんに電話しよう)
胸が躍った。
とても嬉しかった。
イタリアから来た転校生と友達になったと爺ちゃんに言ったら、爺ちゃんはなんて言ってくれるだろうか。
リボーンの前でなら、俺は何も隠さずに話しても大丈夫なんだと。
「って、あれ?その前にリボーン、ひとつ聞きたいんだけど…」
喜びで胸がいっぱいになりそうになって、けれど俺はその前に重要な事を聞いていない事を思い出した。
そうだ。どうしてリボーンは俺がイタリア語を話せると気付いたんだ?
「ああ、そんなのは簡単だぞ」
するとリボーンは、何かを思い出したように小さく笑い出した。
なんだいったいとリボーンに先を促せば、
「自己紹介の時に、俺は日本語だけでなくイタリア語も使って挨拶したぞ。誰も何を言ってるのかわかんねぇ顔してたのに、お前だけが俺のイタリア語に反応して笑いを堪えてた」
それを聞いた瞬間に、俺はリボーンの朝の自己紹介を思い出した。
そうだ。日本語に続いてリボーンはイタリア語でも挨拶を…挨拶?
「あっ!って、ちょっ、思い出させるなよ!!」
途端に笑いが込み上げてくる。
そうだ、思い出した。
だってこいつ、挨拶の途中でいきなりアホな事を言い出したんだ。
担任の薄毛をなぜか大げさに褒めてみたり、日本で初めて見た狸の置物に担任の腹の出っ張り具合がそっくりだとかそんな話。
俺はボーッと窓の外を見ていたせいか、途中からリボーンがイタリア語に切り替えていた事にやっぱり気が付いてなくて、みんながただただ本場のイタリア語に感心している中、ひとりだけ必死になって笑いを堪えていた。
俺としては、なんでみんな担任も含めて冷静にその言葉を聞き入れているのだろうかと少し疑問には思っていたけど、転校生なりのジョークで済まされているのかな、なんて思ってた。
そうか。誰もリボーンが何を言っているのかわからなかったからなんだ。
そりゃ誰も笑わないし、担任だって怒るはずがない。
そしてそれに気づいて必死に笑いを堪えていた俺は、リボーンにしてみればきっと驚きの対象だったに違いない。
誰もわからないと思って言ったはずが、俺だけが理解して笑っていたのだから。
そうして、そのまましばらく朝の会話について笑っていた俺たちだったけど、
「あ、あの!沢田…って、イタリア語、できんの?」
ふとクラスメイトの女子がひとり、俺たちに話しかけてきた。
俺はビクリと体を揺らす。
罵倒される…。瞬間的にそう思ったからだ。
でも、違った。
話かけてきた彼女は、それまで感じていた敵意のようなトゲトゲしさは持ってなくて、むしろ好意を向けられている。
俺は驚いて彼女見ると、他にも数名、こちらに興味を持った様子で伺っている視線とぶつかった。
とは言え、もちろん全てがその視線だったわけじゃないけど…。
「イタリア語って、難しい?あの、できれば私も、話せるようになってみたいの」
「え?」
そんな彼女の言葉に、俺はさらに大きく目を開く。
まさか罵倒どころかそんなふうに話が転がるなんて、誰が思ったろう。
「ああ、いいな。少しでも外国語に興味を持ってくれることは喜ばしいぞ」
あまりの急展開に何も言えず口をポカンと開けるだけの俺に代わって、リボーンが彼女に応えた。
それを聞いて、今度はクラス中がだったら自分にもイタリア語を教えて欲しいと次々に殺到してくる。
怖い。正直怖い…。
逃げ腰になる俺に、
「なら、放課後にイタリア語教室でも開くとするか。な、ツナ」
「あ、うん。って、ええ?!俺も!?」
危うく頷きかけて、すぐに我に返った。
つい流されるところだった。
リボーンの言葉には、何かの魔力があるんじゃないかと疑ってしまう。
だってさっきから変だ。
俺も含め、クラスのみんなも。
「なんだよツナ、このクラス中がイタリア語マスターしたら、それはそれで面白いじゃねぇか。だからお前も手伝え」
「ああ。それいいかも!」
「俺らのクラス、全員イタリア語マスター。カッケーじゃん!」
「ええー!?」
なんで?
なんでみんな盛り上がってんの?!
俺だけがついていけてない雰囲気の中、けれども最後にはリボーンのこれでもかってくらい鮮やかな微笑みで「いいだろ?」と聞かれて、俺はそれに逆らう事なんかもうできなくて…
ああ、何かが始まる予感がする。
これまでの平凡な日常を、180度変える何かが。
でもそれはきっと俺にとって、決してマイナスな要素ではないと思うんだ。
だから。
「ツナ、返事は?」
促され、
「Si」
俺はしっかりと、それに頷いた。

今日からきっと、世界は変わる。
その先の未来はこれまでよりも明るいって、そう思ってもいいかな?
俺の世界に咲いた新しい色。
それはこの先の人生で、決して褪せる事のない色。
美しく、いつまでも鮮やかに咲く色。
君と言う名の、奇跡の色。


(終)




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