「転校生と俺のお話」



その日、学校はひどく騒がしかった。
一年から三年まで、休み時間ごとに常に人がこのクラスに集まってくる。
転校生がきた。
言ってしまえばそれだけの事。
しかしその転校生というのが、稀有な存在だった。
なんと海外留学生。
イタリアからやってきた生粋の外国人だったのだ。
名前はリボーン。
イタリア語で復活を意味するその名前を持った彼は、モデル体型の上に顔もイケメンという、神様が絶対にえこひいきしたとしか思えない姿の持ち主だった。
若干もみ上げがクルンとしている事は気になったが、しかしそれも弱点にはならずむしろチャームポイントになってしまっている。
イケメン爆ぜろ…
クラスの男子の気持ちが団結したように感じたのはきっと気のせいではない。
そうして、そんなイケメンイタリア人を女子たちが見逃すはずもなく。
ついでに物見遊山的な感覚で男子たちも見に来る物だから、今日のうちのクラスはとにかく騒がしかった。
あと数日はこんな光景が続くんだろうなと、少しばかりうんざりとした気分で迎えた昼休み。
持参していた弁当を机に広げ、俺は小さくいただきますと呟いて箸をつけた。
教室の出入口ではまだまだリボーンを囲んだ談話が続いている。
あのままでは昼食を食べる時間が無くなってしまいそうだ。
(まぁ関係ないけどさ…)
ボソリと呟きながら、俺は今日の弁当のメインである唐揚げに箸を伸ばした。
しっかりと下味をつけてある唐揚げは、冷めているのにパリッとした衣の食感が残っていてとても美味しい。
うちの母さんホント料理の天才…!
なんて思いながらもうひとつ唐揚げに箸を伸ばそうとした時だ。
「旨そうな唐揚げだな」
「ほえ?」
急に目の前に人影が立ったかと思うと、俺が箸をつけようとしていた唐揚げが長い指によって拐われた。
「あ!俺の唐揚げ!!」
思わず声を上げて盗み出した犯人を睨み付け…
「ひっ!」
固まった。
思考だけでなく、全身の筋肉がまるで緊張したようにピタリと動きを止める。
「ったく、昼時くらい解放して欲しいぞ。腹が減ってしかたねぇ。ん、これも旨いな」
そう言って目の前の人物はさらに卵焼きまでかっさらっていく。
唐揚げだけでなく、次に大好物である卵焼きまで…!
「勝手に人のおかず取らないでくれないかな?」
食べ物の恨みってやつは恐ろしいものだ…
普段の俺は引っ込み思案で人とのコミュニケーションを苦手としてるけど、この時ばかりはどうにも黙っていられなかった。
だって、一日の中で一番楽しみにしていたお弁当の、しかも大好物な唐揚げと卵焼きだ。
これは抗議するしかないだろう。
俺はジトリと半目になって目の前にいる男、リボーンを睨み付けた。
そう。俺の大事なお弁当に手を出しているのは、先程まで大勢の中心にいたはずの転校生、噂の彼、リボーンだ。
生粋のイタリア人のはずが随分と流暢な日本語で、時に冗談なんかを交えながらあちらで楽しくしていた様子だったのに。
どうして、いつの間にここに居るのか。
だいたい、リボーンに与えられた席は俺の席の対角線上にあったはずだ。
こんな教室の隅、窓際の一番奥になんて用事はないはず。
それとも何か?
ひとりでお弁当を食べてた俺に、人気者のリボーン様はわざわざ声をかけに来てくれたとでも言うのだろうか。
思考が徐々にマイナスの方向へ傾き始めた時だった。
「まぁそう怒るなよ。俺とお前の仲だろ?」
リボーンがまるで当然のようにそう言い出した。
いや、ちょっと待て。
何だか昔からの友人みたいな言い方をするけど、
「いや、今日会ったばっかでなに言ってんの?!」
そうだろう。
だってリボーンは今朝転校生としてやってきたのだ。
当然、今日が初対面である。
さらに言えばきちんと正面から会話をしたのも、今この瞬間が初めてなんですけど?!
驚きのあまりつい声を張って突っ込めば、けれどもリボーンは「そんなことねぇぞ」と口端を上げて笑った。
「俺はな、一目見た瞬間にお前と気が合うって見抜いたぞ」
「はぁ?!」
それこそ、なんでだ?!
ポカンと口を開く。
リボーンが教壇で初めましての挨拶をした時に、俺は正直たいして興味も無かったから窓の外を見ていた。
だから目さえも合っていないはずだ。
それなのにどうして、どこに興味を持てる要素があったのか見当もつかない…
リボーンの意図する事が全くわからず、俺はとりあえずリボーンを視界からシャットダウンすることにした。
関わらない方がいい。
それが懸命だ。
そのまま俺は再びお弁当に手を伸ばした。
そう、関わり合いになりたくない。
こんな目立つ人物と一緒にいたくない。
俺は平穏で何もないこの退屈な毎日が大好きなんだ。
このリズムを出来れば崩されたくはない。
それなのに…
「なぁ、おにぎりも一個くれよ」
「やだよ!!」
思わず顔を上げてしまった。
そこにはさっきと全く変わらない表情のリボーンがいて、俺は心底嫌そうに眉を寄せる。
「そう邪険にしなくてもいいじゃねぇか」
言いながらリボーンがおにぎりに手を伸ばしてきた。
その手をピシャリと叩く。
かなり大きな音が響いた。
その音に反応したのか、何やら女の子たちの方から悲鳴が聞こえた。
何だと思ってそちらに視線を向ければ、原因はすぐに判明する。
(あ、やばい…)
その光景を見て、俺はようやく自分がずいぶんとまずい状況に置かれている事に気がついた。
そうだ。今俺の目の前には、注目の的であるリボーンがいる。
そうして、そんな注目度ナンバーワンのリボーンと気さくに会話をしている俺。
さらには、容赦なく手なんか叩いたりして。
見方によって今のやりとりはかなり親密に見えたろう。
そうなれば、おもしろくないのは先程までリボーンの周りに集まっていた女子たちである。
リボーンに何を言われたのかは分からないが、少し離れた場所からしかし視線は決して外さずにこちらの様子を伺っている。
その目が、明らかに嫉妬の炎で燃えていた。
ダメツナのくせに生意気だ。
口には出してないけど、そう言われていると明らかにわかる。
さらには男子たちも、冷やかしの視線でこちらをじっと見ている始末。
あ、これ、もしかしなくても俺に何かしらのフラグが立った…
しかもかなりまずい方向に…
背筋に冷たい物を感じながら、俺は身を固くした。
その隙にリボーンの手が、容赦なくおにぎりを持ち去っていく。そして、
「お前の家のご飯うめぇな。なぁ、明日から俺の弁当も作ってもらってくれ」
「は…い?」
室内の空気が凍りつく中、その凍り付いた空気を全く無視してリボーンはおにぎりを頬張りながらさらに爆弾を投下してくれた。
やめろ、完全にそれは俺終了の死亡フラグだ。
ああ、まずい。どうにか回避しなければ!!
けれど、そう思えば思うほど、俺の硬直とパニックはさらに悪化していく。
ダメだ。脳が考える事を放棄したがってる。
それでもこのままじゃさらにダメになると、俺は何としても脳を動かそうとするんだけど…
《なぁ、お前の母さん、パニーノは得意か?》
不意にリボーンにそう聞かれ、俺はパニック状態のまま反射的にそれに答えていた。
《パニーノ?ああ、うん。得意だよ。美味しいよね、俺も好き》
《作ってもらえねぇか聞いてくれ》
《いや、急に言われても困るよ…》
上の空ながら交わした会話に、けれどどうしてだろう…
何かを間違えたような違和感を持った。
同時にリボーンがそれまでにないしたり顔で俺を見る。
ザワリと周りの空気も変わった。
あれ?何かみんなの様子が変だ…
嫉妬に満ちていたはずの視線が、なにやら奇妙な物を見る目に変わっている…
俺、何かやらかした?
さらにパニックになる俺を尻目に、リボーンがさらに止めの一言を告げた。
「やっぱりな。お前、イタリア語が話せるな?」
「へ?」
一瞬、何を言われているのか理解できずに俺はまたリボーンに視線を向ける。
何を…言ってる?
イタリア語?
誰が?俺が?
俺…が…
「ああ!!」
それに気付いて慌てて口元を隠すがそんなことをしてももう遅い。
既に事は済んだ後だ。
そうだ。俺はやってしまったのだ…
(あんなに気を付けてたのに!!)
ああ、完全に失敗だ。こちらのミスだ。
混乱状態にある中で、リボーンがさりげなく言語を変えていた事に俺は気が付かなかった、
なんてことだ…。
愕然とした顔になってリボーンを見る。
こいつ、わざとイタリア語で話しかけてきやがった…
サッと血の気が引く。
そう。イタリア語だ。
さっきのパニーノの会話。あれはイタリア語での会話だった。
リボーンがそっちの言葉で話しかけてきたのだ。
俺はと言えばパニックになっていたおかげで言語が切り替わっている事に全く気づかず、そのままイタリア語で会話を続けてしまった。
そう、実は話せる。
俺は爺ちゃんがイタリア人だったおかげで、日常的な会話ならばイタリア語が話せた。
いわゆる、クォーターってやつなんだけど、生まれも育ちも日本の俺は髪や目の色素が少し薄いくらいで外人の血が入っているような要素はどこにもなかった。
母親似である事も、その要因だろう。
だから、その事は誰にも言っていない。
その中でも特に、イタリア語が話せることは一番隠しておきたい事だった。
なぜなら、イタリア語が話せる事で逆に小学生の頃に苛められていたからだ。
日本人のくせに変な言葉をしゃべる変な奴。
日本人なら日本語を話せ。
ダメツナのくせに生意気だ。
そう言われて、そのことがトラウマになって。
俺は爺ちゃんと会話する時以外はイタリア語を自分で禁じてきた。
だから、誰も俺がイタリア語を話せることなんか知らないし、まして初対面のこいつに俺がイタリア語を話せることなんかわかるはずがないんだ。
なのに、どうして…
ずっと隠してきたのに、まさかこんな形で露見するなんて…




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