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「頭! 見つかりましたよっ! 大船の荷下ろしに駆り出された舟子ん中に、乗客から阿片を受け取ったって奴が!」
「やはりいたか」
息せききって羅漢のねぐらに駆け込んできた孫に、部屋の主が重々しく頷いた。
「奴め、自分じゃ吸わずに売って小遣い稼ぎをしてたみてえで……最近やけに金回りがいいってんで、周りが妙に思ってたらしいんです。おかげで見つけやすくなって、助かりましたよ」
「で、その男に阿片を渡した乗客とやらが、どんな輩かは分かったのか」
「それが、あたまから布を被ってたもんで、顔は見てねえそうなんですが……金持ちそうな身なりをしてて、やたら背が高い若い男だとしか」
特徴は合っているが、さすがにあの目立つ髪を晒してくれてはいないか、と飛は苦笑する。
「例の件は確かめたか?」
「はい、頭のおっしゃってた通りでしたよ。本土からの客ってことであんまり気に止めなかったらしいですが、本土訛りにしても妙な、聞いたことのねえ訛りが混じってたって」
「どうやら間違いはない、か。飛」
やれやれ、とため息混じりに羅漢が立ち上がった。
「ああ。『白龍』はおそらくすでに承知の上だと思う。が、ここまで尻尾を掴まれて、そらとぼける性質でもないだろう」
「いつもながら厄介なことだな」
どうせならば初めから協力してくれればいいものを、と言いたげな羅漢の仏頂面に、くす、と笑んで、飛は袍の肩に上着を羽織る。
「飛……読み通り、『白龍』のご友人が犯人だったとしても、本土の、しかも西の国の金持ちを俺たちがどうこうするわけにはいかないだろう」
どうするつもりだ、と問われて、
「……少ない友人を失うことになる『白龍』には悪いが、本土に返して二度と島に入れないようにしてもらうしかないな」
返す言葉が少々苦い。当然のことを言っているはずなのに、どこか後ろめたいのは何故だろう。
「持ち込まれた阿片を処分すれば、これ以上が街に出回ることはない。既にばら撒かれたぶんについては、気長に見守っていこう」
根を断てばいずれ枝葉は枯れるはずだ、と、おのれの迷いを振り切るように告げれば、大兄ふたりが力強く頷いた。
「二人とも、あとのことを頼む。俺は白龍屋敷へ行ってくる」
※
窓格子から差し込む光が、橙色に染まり始めている。
花路の大灯籠に灯が入る前に、こちらのことに片を付けて戻れればいいのだが、と算段をしつつ『白龍』の居室へと急いでいた飛は、途中の廊下に背高い金髪の男をみとめて足を止めた。
「よう。窓からおまえさんの姿が見えたんで、少しばかり話をしようと思ってね」
先に『白龍』に話をつけるつもりだったが、ここは仕方がないか、と腹をくくって、
「それはちょうどよかった。こちらも、あなたに話がある」
誘われて、彼が滞在しているらしい客間の一つに入る。
硝子の瓶を傾け、酒らしい褐色の液体を杯に注いでいる男の背へ向かって、飛は口を開いた。
「このところ、街で阿片が出回っている。……そのことについて、あなたはよくご存知なのではないだろうか」
「なんだって? そりゃ、いったいどういう意味だ?」
振り向いた男が、意外なことを聞いた、という風に眉を上げる。演技だとすれば、いますぐ戯苑の役者にでもなれそうなほどだ。
「先日の大船の乗客から阿片を渡されたという舟子がいた。相手は、あたまから布を被った背の高い男で、本土訛りとも違う訛りがあったそうだ」
「なるほど、それが俺だって言いたいわけか? だが、それだけじゃあ証拠にはならないぜ」
「疑う理由としてならば十分だろう。違うと言うなら、荷を改めさせてもらっても問題はないと思うが」
「まあ、そう話を急ぐこともないだろう? せっかくこうして縁があったんだ。先にもう少し楽しい話をしようぜ」
男が馴れ馴れしく肩を抱きにくる。
「……おまえ、本当に綺麗な肌だな。黒い髪ってのも、こうして見ると色っぽいもんだ」
「そんなことは、今はどうでも――」
どうでもいいのだ、と突っぱねようとして、声を呑んだ。
間近に覗き込んでくる灰色の瞳が、一瞬、別の相手を思い出させる。
まるで異なるはずなのに、どこか似通う顔立ちは、やはり同じ異国の血ゆえなのだろうか。
並び立つと、誂えたようによく映える、金と銀の髪のいろ。
戯言めいた口説き文句を吐きながら、戯れかかってくるやり方も、まるで――
不意に、ちり、と腹の底を炙られるような不快感を覚えて、飛は男の顔を睨みつける。
「っ。離してくれ」
振り払おうと身をよじるが、
「マクシムと俺がどういう関係か、気になるんだろう」
「……な、」
思わぬ台詞に絶句した。その飛の様子に、にや、と笑って、男が杯に口をつける。
「なにを……ん、っ」
抵抗を忘れたわずかな隙に、男にくちびるを塞がれた。
ぴり、とひりつく刺激と、口内に広がる芳香に、酒を口移しにされたのだと知る。
「あいつの過去を知りたくないか」
揶揄するように囁かれて、思わず息を呑んだ。無理やりに流し込まれた酒が、臓腑と一緒に胸を灼く。
「知……」
「教えてやるよ」
強引な腕に腰を抱かれて、しまった、と思った時にはもう、身体に痺れが走っていた。
もどかしいような快感が、次第に腰のあたりを這い回り始める。
「く。そ、の酒……は」
「糖酒(ラム)だ。気持ちよくなる薬入りの、な」
するりと脚を撫で上げられる感触に、全身の肌が粟立った。
「こういうもんには馴染みがないか? なら、尚更よく効くだろう?」
両の手首を片手で掴み上げられて、あっけなく寝台の上に捕らえられる。腕に力を込めようとする度、器用な指先が与えてくる快感に抗う力を奪われて、歯噛みした。
「なあ、あいつはどんなふうにここを触るんだ?」
「! 馬鹿を……!」
誰にも触れられたことなどない場所へ男の手指が伸びてきて、かっ、とあたまに血が上る。
「やめろっ」
「おっと。他人の手に撫でられたら、ご主人さまに叱られる、か? 心配するなよ、あいつに初めてこういうことを教えたのは俺なんだぜ……」
飼い犬が自分と同じ遊びをしたからといって、文句は言わないだろう、などと嘯きながら、無遠慮な手が飛自身を愛撫する。
目を見張った飛を面白そうに見下ろして、男が紐子に手をかけた。
躊躇いのない、手慣れたやり方に簡単に息が上がる。
薬と男の手指とに無理やりに高められた熱が、まともな思考を奪っていく。
マクシミリアン。
あんたも、この手に――
その体温が、欲しい相手のものでないことは、わかっている。
けれど、銀によく似た灰色の瞳が、都合の良い錯覚をさせるのだ。
なあ、マクシミリアン。
このまま行きつく先を見たならば、あんたの抱える闇に、少しでも近づけるのだろうか。
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