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「なにやら急ぎの用件がおありとのことです」
執事の言葉に、得たり、と笑んで、マクシミリアンはてのひらの中の猫をくるりと回した。
「ここへ通せ」
「……はい」
まだ客のある部屋に通せと言われるとは思わなかったのだろう、万里はしばし沈黙したのち、首肯して引き返していく。
「誰が来たんだって?」
万里同様、不審げに首を傾げたアランが、マクシミリアンを見やる。
血の通わない人形めいた美貌が愉しげに含み笑うのに、少しばかり驚いてまばたきしたとき、
「『白龍』」
凛と涼やかな声が響いた。
姿を現した若者を一目見て、アランは、ひゅう、と口笛を鳴らす。
「大した美人じゃねえか。初めて会ったときのおまえも、まるで陶器人形みたいに綺麗だと思ったが、このお嬢さんはまるで珍珠か白い牡丹だ」
金髪の男の口のききようから、クレイ・ハーパーと似たような友人の類だろうと判断した飛だが、無遠慮に人を値踏みするかのような視線が気にかかる。
同じ友人でも性根はまるで異なるらしい。
「少々、お邪魔をする」
歓談中に割り込んだことを謝罪しつつ、愛想を撒く必要はなし、と決めて、飛は主に目を戻した。が、
「なあ、もしかしておまえの"人形"か? だったらちょっと貸してくれよ。なんならおまえも一緒に楽しませてやるぜ……昔みたいに、な」
金髪の男が机に腰かけ、マクシミリアンの顎を指先でくい、と持ち上げるのに思わず眉をひそめた。
対で誂えたような金と銀の髪、彫り深い顔立ちの美男二人が並ぶ様は、見る者に感嘆のため息をつかせる美しさなのだが。
「……あなたにとっては親しい友人でも、この島の人間にとっては仮にも『龍』だ。あまり粗略に扱わないでもらいたい」
厳しい声と眼差しに、男は肩をすくめて『白龍』から離れた。おどけたような態度だが、油断のならない相手だと勘が告げる。
「仮にも、とは、つれない言い草だな」
「あんたも、友人は選んだほうがいいんじゃないのか、『白龍』」
言いながら、飛は、執務机の上に書状に紛れて置かれた蒔絵の箱に目を止めた。
洋風の茶器、絵画、マクシミリアンの手の中の硝子の動物。
傍らの友人が持ち込んだものだろうが、土産にしては、とうていこの主が喜ぶとは思えない品々だった。
「失礼だが、その箱は?」
「俺の売り物さ。こういう玩具から、値の張る骨董の類までを、西へ東へと売り歩く商売なんだ」
蒔絵の箱を顎で示して、男が愛想よく笑う。商人だけあって、相手の警戒を解かせる類の笑顔ではある。
「本土の、商人、か……」
「急ぎの用があったのではなかったのか、花路」
ふと考え込んだところを遮られ、ちら、とマクシミリアンの顔を見た飛は、側に立つ金髪の男へと視線を巡らせる。
近ごろ、港を中心に阿片が出回っているようだ、という噂――
まだ目立つほどの被害はなく、付き合いのある西海風の頭領が、「うちの舟子が隠し持っていた」といって駆け込んできたことで知れた話だ。
なんでもその舟子は、仕事でたまたま行きあった舟子仲間から買ったらしいが、買った相手も誰かから譲り受けたようだったという。
青龍あたりが出所だろうかと疑っていたのだが――
阿片が出回り始めたのは今月の大船の便の後からだ。
そして、その船で島へ渡ったであろう目の前の男。
多少疑わしいからといって、主の友人に、街で阿片を売りはしなかったかとこの場で問い詰めるわけにはいかない。
だが、もし当たりだとすれば、調べを進める手がかりになる。
「……すまないが、ほかに用を思い出した。こちらの話はまた改めて。あんたは、せいぜいご友人と昔話にでも興じてくれ」
振り向きもせずに出て行く細い背中を見送ったアランが、くくっ、とおかしげに笑った。
「妬いたかな」
暢気な台詞に、呆れて肩をすくめるマクシミリアンだ。
「おまえは花路を知っているか」
「花路? ……ああ、この街にある色街の名前だったか? 泊まってる宿の主人が、四龍島一だとえらく自慢してたっけな」
「あの男は、花路とこの白龍市を守る猛者どもの束ね役だ。ああ見えて相当に腕が立つ」
「おいおい、本当かよ? あんな細っこいお嬢ちゃんが?」
マクシミリアンは、ひょい、と硝子の猫をアランに放ると、机に頬杖を付いて、
「加えて、なかなかに鼻も利く。阿片なぞは、ことに目の敵にする性質でな。この街で商売をするつもりならば、せいぜい気をつけることだ」
あの様子では、なにか感づいているぞ、と、いったいどちらの味方なのか分からない台詞だ。
「……なるほど、手ごわい番犬てわけか」
「ときに、その見た目では市街の宿には泊まり辛かろう。屋敷に部屋を用意させる」
「お心遣い傷み入ります、『白龍』さま」
ふざけた礼をとりながら、本土居留区にいた頃にはついぞ見たことのない、古馴染みの愉しげな様子に、アランは苦笑した。次いで、おのれがマクシミリアンに触れた時のあの若者の態度を思い返して、
「なんにしろ、面白いことになりそうだ」
来た甲斐があったぞ、と声にはならない独り言だ。
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