03.ほんの数百年の病


 久方ぶりに会った友人の外見は、ひとつだって変わっていなくて安心した。天然パーマの銀髪頭も、死んだ魚のような目も。何もかも、そのままだ。

「紫苑。いったいお前、どこで何してんだ?ここに居るってことは、四六時中、高杉と一緒に居るってわけでもないんだろ」

 この質問から逃げることは、絶対に許さない。強めの語気で問いかけた、銀時の真っ直ぐな視線が突き刺さる。何も聞かないまま帰せば、再び行方を眩ませると思われている。そして、それは正しい。

 この際、聞き出せる情報は全部吐かせてやる。そうしなければ、ネコのように逃げられる。目の前の友人は、よく私のことを理解している。

「……今?今は、情報屋やってる。スポンサーが鬼兵隊だから、裏の仕事はそれなりに多いけど。荒事にさえ首突っ込まなきゃ、好き勝手して構わないって。基本的には放任主義だし、自由に動けるよ」

「……あー…そういうこと」

「仮にも、高杉一派にくっついてるし。下手に連絡取って、銀時たちの迷惑になっても困るよなぁって。表向きには私が死んでることになってる状況も考えて、大人しくしておこうと」

「その割には。さっき大暴れしてたけどな」

「いや、アレは……ムカついたので。晋助にバレたら、説教喰らいそう。銀時、言わないでよ?」

「言わねーし、会いたかねーよ!高杉に説教されて来い!」

「嫌だよ。晋助の説教、長いんだから」

 これ以上、大切なモノを失わないために。銀時は変わることを選んだんだと思う。彼の傍に居る、新しい仲間の姿が良い証拠だ。

 そんな彼とは正反対に。私は変わらず、同じままで居ることを選んだ。そうじゃないと、本当にアイツが一人ぼっちになってしまう気がした。

 昔のような関係に戻りたいと思っているけれど、もう戻れないことは自分が一番よく分かっている。晋助を見捨てることだけは、私には絶対にできない。かつての友人と道を違えても、茨の道をひとり進むアイツの隣を離れるわけにはいかない。

「……というわけで。何処ぞの世界をブチ壊したい人の知り合いであることは、紛うことなき事実なんだけど。こちらとしては一旦それは置いといて、万事屋さんたちと仲良くしたいんですが。いかがでしょう?」

 会うつもりじゃなかったんだけどな。視線を膝上に落としたまま、いちご牛乳の入ったコップを手の中で軽く揺らす。元気に生きている。そんな知らせを聞ければ、それ以上に望むものは無かったはずなのに。

 自分だけ安全な場所に居て、かつての友人が大怪我を負ったと聞きながらも、何の連絡も寄越そうとしなかった。問い詰められて、いよいよ逃れられなくなった今日の今日まで、知らぬ存ぜぬを貫いておいて、さすがに冗談がキツ過ぎるか。

「要するに。紫苑さん自身は攘夷派的立場にあるけど、高杉さんみたいな過激な活動はしていないってことなんでしょう?」

「……仕事柄。限りなく黒に近いグレーであるのは、否定できないけどね。しかも加担してるかしてないかって言われると、どうなんだか。少なからず、情報って名のガソリンは注いでるわけだから、判断としては微妙なところよね」

「過激な活動やってる人間が一番。お前が過激な活動に首突っ込むことを、死ぬほど嫌がってんのは事実だろ」

「紫苑は最初っから良い奴ネ。悪い奴だったら、他人を助けに入らないアルよ」

「そういうこった。俺もヅラも高杉相手に大喧嘩しただけであって、アイツと仲の良いお前とも喧嘩したわけじゃねぇよ」

「うわっ!?髪乱れる!!」

 腰を浮かせて伸ばされた銀時の手のひらが、少し乱暴に頭を撫でる。ぐちゃぐちゃになった髪を見て、幼馴染みは満足そうに笑った。



 はむりと控えめな口でドーナツにかじりついた左隣で、豆大福が丸ごとひとつ口の中へと消えていく。

衝撃的な光景にも程がある。うっかりこっちが喉に詰まらせそうになった。

「紫苑。仕事で江戸に来たアルか?」

「……馬鹿が私のプリン勝手に食べたから、絶賛喧嘩中。ちなみに鬼兵隊の冷蔵庫にあったヤクルトは、全部奪ってから江戸に来た」

「あの……高杉さんのイメージがことごとく崩れていくんですけど。冗談ですよね?」

「まーたお前ら、そんなくだらねぇことで喧嘩してんのかよ。あんだけ自分の物には名前書いとけって言っただろ。喧嘩になるんだから!」

「アッ、普通なんですね?これが普通だったんですね!」

「晋助は。勝手に私の物を食べる」

「銀ちゃんもそうネ」

「神楽ァ!お前は俺のモン食ってんの!お前が俺の食いモン食ってんの!」

 折角、取っておいたのに。朝っぱらから碌でもないことで言い争っている私たちに、鬼兵隊メンツから向けられる視線は生暖かった。

 口元を引き攣らせるメガネくんは、いったい全体アイツにどんな恐怖を植え付けられたのか。くだらない喧嘩ばかりをしている私たちは、そろそろモアイ母ちゃんに頭を冷やせと船から摘み出される日も近いかもしれない。

「世界滅ぼそうとしている相手とは思えないくらい、喧嘩の理由がどうでもいいんですけど」

「この前は。夜食のたこ焼きにマヨネーズかけるかどうかで揉めに揉めて。船の甲板ブチ壊したら、真夜中に揃って怒られた。解せない」

「お前らのしょうもない喧嘩で、先に世界滅びそうアル」

「クールで真面目そうな顔してっけど、コイツも大概アホの子だからな。お前らよーく覚えとけ」

 ドーナツの最後の一欠片を口の中に運んで、ペロッと指先についたチョコを舐める。なんてことを言うのだ。元から頭の弱い子だと思われるのは、とても心外である。

「……アホの子にしちゃった、の間違いじゃない?」

 気付いたら、こうなっていた。どうもこうも。目の前に座っている男を始めとした、総じて何かしらの頭のネジのすっぽ抜けた幼馴染みたちが原因であるとしか考えられない。
prev | top | next