02.器用貧乏が環になって


 どうして、こうなってしまったのか。行くところも無くて、暇を持て余していたら、気付けばこのザマだ。

 船に刀を置いてきたことを、心底良かったと思った。両手をパンパンと叩いて、長々とした溜息を吐く。クソッタレな天人相手に、これでも手加減をした。

「おまッッッ……馬鹿か!?やり切った顔してんじゃねぇぞ!!おまわりさんに捕まりてぇのかァァァ!?」

「ぐえっ!?」

 冷ややかな目で、川面を見下ろした刹那。ドタドタと足音荒く、後方から走り寄ってきた人物によって、地面から身体が攫われた。

 おっと、これは想定外。あっという間に高くなった視線に驚く以前に、腹部にかかった重圧によって、うっかり内臓が口から飛び出すかと思った。片腕で担がれた身体といい、ちょっと扱いが雑すぎやしないか。

 担ぎ上げられた拍子に、足から下駄がすっぽ抜けて宙を舞う。あっ!と、思ったのも束の間。朱色のチャイナ服を着た少女が飛んだ下駄を捕まえた。

 買ってほしい、と。別にねだったわけじゃないが、結構欲しかったのは事実だ。前触れも無く、会いにやってきたアイツは、当たり前のように私の欲しいと思っていた物を差し出した。発売前から目をつけていただけあって、一軍入りを果たした下駄をこんなところで行方不明にしては堪らない。

 『全員散れ!』と空気を裂いた言葉通りに、蜘蛛の子を散らすように集まっていた野次馬は、散り散りになっていく。ポカンとした少年に、パタパタと手だけ振って、別れを告げる。すぐに背を向けて走り出したから、たぶん大丈夫だろう。

「おかしいなぁ。知り合いが居るように見えるんだけど」

「そりゃあこっちのセリフだっつーの!」

 風に吹かれて舞い上がる前髪を片手で押さえながら、流れる景色に目を細める。こんな状況でさえ無ければ、江戸の町並みを楽しんでいた。

 万事屋銀ちゃん。戦友であり、幼馴染みのうちの一人である坂田銀時。彼がそんな店を営み始めたという話は、ずっと前から耳にしていた。

 長らく遊行していた船が、久しぶりに江戸へ到着することが決まってから。真っ先に行こうと思ったのが、そこだった。けれども諸々の理由を考えて、やっぱり行かない方が良いかなぁと迷っていたら、相手の方からやってきた。

 偶然すぎる再会は、今度晋助に話してやろう。どう考えたって、死ぬほど嫌がると思うけれど。



「だぁーッ!クソ!疲れた!」

「オッサンみたいなこと言わないでよ」

「お前は!全ッ然!走ってねぇもんな!」

「明日には。かぶき町中に、銀髪の天パ侍が人さらいしてたって噂が流れてるかもね」

「心優しい坂田銀時サンに助けてもらったんですぅ。って、絶対言って回れよ」

「言うわけないでしょう?」

 転がり込んだ万事屋の玄関先で、ようやく地に足がついた。担ぎ上げられていたせいもあって、変に力の入っていた身体は、あちこちが痛い。せめて途中で、背負い直すくらいのことをしてほしかった。

 そんなことより、だ。玄関先の馬鹿デカイ犬に視線が釘付けになる。犬にしては、いささかサイズが大きすぎやしないか。

 玄関扉を壊しかねない勢いで飛び込んできた三人プラスおまけ一人に、身体を起こすかと思いきや。白い大毛玉は、ひとしきり匂いを嗅いだ後、ぐうぐうと再び寝息を立て始めた。どうやら来客であるはずの私は、敵認定されなかったらしい。

 ゼェハァと呼吸を荒くしている、情けない男二人。かたや、パンパンに膨れた買い物袋を両手に持って走っても、ケロッとした顔をしているチャイナ服の少女。そして、玄関先に突っ立った私。

「何やってんだ。そんなとこで」

「……うん?」

「ええッ!?もしかして紫苑さん、まさかまさかこのまま帰れると思ってる!?きっかり、みっちり!!これまでのこと、洗いざらい吐いてもらうからな!!」

「あららら?」

 あれだけの騒動を起こしたのであれば、ほとぼりが冷めるまで、どこかで時間を潰していくのが良いのは言わずもがな。町中で天人どころか警察にも尻を追いかけ回されるのは、非常に面倒臭い。

 鷲掴みされた頭に、嫌と口にする選択権は無かった。半強制的に家の中へと引きずり込まれながら、他人事のように思う。生存報告くらい、ちゃんとしよう。



 ソファに向かい合わせに腰を下ろせば、両側を少年少女に固められた。やんわりと塞がれた退路に、ハアと溜息を吐く。これじゃあ、ますます尋問じゃないか。

 目の前には、いちご牛乳の入ったガラスコップと、チョコドーナツ。水が出てくれば良い方だと思っていたから、想像以上の高待遇だ。

「生きてンなら。手紙くらい寄越せよ」

 時計の針の音だけが静かに響く室内に、銀時の声が溶ける。怒り半分、呆れ半分。不満げな声になるのも仕方ない。

 消息を絶っていた幼馴染みと、数年ぶりに何の巡り合わせか町中で会った。幽霊でも見るような顔では無く、死んでいなくて良かったと安堵した表情を覗かせた彼には、申し訳ないことをしてしまった。

「うーん……そう思ったんだけどね?晋助に着いて行った手前。色々と考えて、迷惑だよなぁと思ったりしまして」

 両側に座った少年少女、もとい志村新八と神楽という名前だったか。ぴくりと双方、あからさまに肩を跳ねさせた。

 紅桜の一件で。ド派手にぶつかったのは、火種をばらまいた張本人から聞いている。けれども、私が話を聞いたのは、すべて片付いた後だった。

 なんでもない風を装いながら、わざわざ報告しにきた彼は、実は結構しょげていたんだと思う。銀時だけじゃなくてヅラにも『全力でたたっ斬る』宣言されるなんて、相当二人を怒らせたんだろう。

 ほんの少しばかり傷心中の彼に『晋助が馬鹿なことやるから、友達減るんだよ』と、容赦なく傷を抉った私も私だ。何かしらの考えがあるのを知っている身だから、別の見方こそできるが、傍から見れば単なる世界をブチ壊したい狂人でしかない。いや、本当にそうなんだけど。

「オイオイ。ちょっと待て、紫苑」

「なに?」

「着いて行ったって。高杉。お前が生きてること、知ってたの?」

「え?だって『墓は必要ねェ』って、言ってたでしょう?攘夷戦争の終戦間際。後方の作戦指揮本部、爆散させたの晋助だし」

 ガラスコップを傾けて、いちご牛乳に口をつける。渇いた喉を潤そうにも、甘ったるい液体ではすぐに喉が渇く。

 アホみたいにデカい刀傷を背中へと付けられた私に、遂に晋助がブチ切れた。自分は左目を潰されているクセに、だ。

 二度とカラスに狙われてなるものかと指揮本部をブッ飛ばして、私を生きていないことにする凶行に走った晋助の行動は、ほとんど八つ当たりじみていた。

 私が怪我を負わされただけで簡単に暴走する、危うい男を放っておけるはずが無い。だから、アイツの目の届く距離に身を置きながら、見守ることにした。

「なんだよ……アイツがああなったのは、お前が死んだからじゃねぇのかよ」

「自分で言うのもなんだけど。私が死んでたら、もっと晋助は大暴走してたと思う。江戸は火の海にもなってないし、江戸城とターミナルまだ両方建ってるからね」

「お前が死んでなくて良かった。たった今、そう心の底から思った」

「死んでるなんて。微塵も思ってなかったクセに」

「うるせぇ。これ以上、知り合いが死んでたまるか」
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