第2話:学校で学ぶのは勉強だけじゃない





「ほら、悟君。プレゼントよ。前にサンドバック欲しいって言ってたじゃない」
「誰もそんなこと言ってねェよ」
「願いが叶って良かったわね〜。明日からアレに向かってスタンドの修行に励みなさい」
「お願いだから人の話聞いて。あと何回も言うけど、スタンドじゃなくて術式だから」


頼んでもないプレゼントを用意をしてきた馬鹿に思わずため息が出た。そんな俺を見兼ねて馬鹿は「ため息をつくと幸せが逃げるわよ。ほら、吸った吸った」と呑気に言ってくる。このため息はオマエのせいだよ。少しは分かれバァカ。


「(ホントなんであの時、蔵に入ったんだろ…)」


中庭の木に吊られたサンドバック……ならぬ、原形が分からないぐらい顔面をタコ殴りにされ全裸で宙吊りされた俺の遠い親戚を眺めながら、この馬鹿との出会いを思い出す。






******






あれは、暇を持て余してた俺が蔵に忍び込んで遊んでいた時のこと。

俺の家、五条家は呪術界の中でも御三家と呼ばれるほど有名。そんな五条家の蔵には代々受け継がれてきた秘宝がいっぱいあり、下手したらこの国の国家予算より高くエグい代物もあるとか無いとか。

で、中には封印された呪物もあったのだが、あろうことか俺はつい、うっかり、思わぬところで、とある特級呪物の封印を解いてしまった。やべえと思った時には、時すでに遅し。蔵の観音扉から入るわずかな外の光よりも強い、だけど温かくて優しい光が俺を包み込むと、


「あら、ここはどこかしら?」


―――目の前に、女が現れた。


「(なんだ、コイツは…)」


封印されていた特級呪霊かと思ったが、見た目は20代ぐらい。顔は整っている方。着物を着ている。言葉は流暢に日本語を話している。なら、人間か?と思いを馳せるも特級呪物から人間が現れるなんて聞いたことがなかった。

目の前にある情報を全て読み取り、ひたすら思考を巡りに巡らせるが一向にまとまらない。


「(だけど、コイツは特級呪物から現れた)」


突然現れた女のせいで思考回路が止まりかけた俺だったが、女がこちらの存在に気付くよりも先に術式を練り、


―――頭を狙った。


「あだッ!?」

「……は?」


目の前で、起こった現状が理解できなかった。俺は確実に目の前のコイツを殺すために術式を使った。だというのに、


「(弾かれた、?)」


俺の術式がコイツの見えない壁のような何かによって弾かれたように見えた。だが、衝撃は受けたらしく女は「イタタタ…」と頭を摩っていた。だとしても、あり得ないのだ。俺の六眼は―――“何も”反応しなかったのだから。

だから、余計に理解ができなかった。


「(コイツは、一体……)」


俺ホントにやべェもん蘇らせちゃったかも、と冷や汗をかいた。すると、観音扉から差し込む外からの光が強くなり、俺たちのいる空間が明るくなった。恐らく雲の流れが変わったのだろう。そこで、女がようやくこちらの存在に気付いたようだった。


「え、子供…?」


女は驚いた様子でこちらを見ていた。こっちは最初からいたのだが、女からすると突然子供がこの場に現れたように思えるのも無理はない。

さて、これから特級呪霊かも分からない呪力も術式も持ってないコイツをどうやって祓おうかと考えたものの、考えても埒が明かないので単刀直入に今聞きたいことを口に出した。


「オマエ誰」


その瞬間、俺の後頭部に凄まじい痛みが走り、視界が変わった。


「(―――あれ?俺、今、無下限術式解いてなかったよな?)」


何が起こったのか分からず思考が追いついてこない中、俺の頭にたんこぶが出来たのと体が地面に埋まっていることだけは分かった。すると、女は俺の目線に合わせるようにしゃがみ込むと、


「随分と生意気に育てられたものね。寺子屋で習わなかったのかしら?人に物をぶつけちゃいけませんって」


天使のような優しい笑みを浮かべながら、俺の頭を鷲掴んできた。


―――その日、俺は学んだ。


「さて、上下関係というものを教えてあげましょうか」


―――優しそうな奴ほど怒らせるとやばい恐怖を。







******






あの時の俺を例えるなら、蛇に睨まれた蛙。鷹の前の雀。猫の前の鼠。正しくそんな言葉が似合う様だった。相手が特級呪霊だろうが何だろうが恐れなかった俺が、ただの女に恐怖したのだ。


「(あの時の恐怖は、今でも忘れない…)」


そんな馬鹿との出会い、というか恐怖を思い出していると「ちょっと何やってんのォォオ!?!?」と甲高い声がした。あ、女中頭のババアだ。


「あら、女将さん。そんなに焦ってどうなされたんですか?」
「中庭にあんなもの吊り下げられてたら焦りもするわ!!というか、アンタこれで何回目だと思ってるの!?」
「私、過去は引き摺らないタイプなので覚えてません」
「少しは引き摺れやッ!!!!」


あーあ、まーた始まったよ。因みにこのやり取りはこれで12回目。つまり12回もこの騒動をこの馬鹿が引き起こしたってこと。今回のサンドバックの被害者は俺の遠い親戚。ってことは十中八九やっかみでも受けたのだろう。まあ、ぽっと出の女が五条家の加護を受けてるんだ。そりゃ妬まれても仕方がない。

つーか、毎回思うけどコイツ本当容赦ないな。仮にも血縁は遠くても居候してる家の者だよ?よく顔面フルボッコにできるよな。よく全裸にできるよな。ただ何でいっつも俺の部屋から見える中庭の木に吊り下げるの?これなんて呪い?


「そもそも悟様の教育によろしくないでしょうが!!」
「大丈夫ですよ。あのくらいの年頃は川辺に捨ててあるエロ本とか拾って性の勉強とかしてますって」
「今の話に大丈夫の要素どこにあった!?!?」



拝啓、何ヶ月か前の俺

これだけは言わせてくれ。



「(蔵に入っても絶対ェ何も触るなよ)」




******








☆恐怖を学んだ幼少期のGLG
蔵でやんちゃしたことをとても後悔している。
初めて人間サンドバックを見た時は流石にビビったけど、今じゃ見慣れてしまった。
後に人間サンドバックを自らが手掛けるようになるなど誰も知らない。


☆未来の最強に鉄拳制裁をしたスナック嬢
由緒正しい名家の中庭に人間サンドバックを生み出した張本人。
下品理不尽極まりない街で育ったので、相手を顔面フルボッコや全裸にすることに抵抗はない。
後に人間サンドバックがGLGに受け継がれるようになるなど知る由もない。








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