第1話:玉子焼きは家によって味が違う





「俺、だし巻き派」
「へえ、意外だな。てっきり甘めの玉子焼きが好きだと思ってたよ」



―――ふと、どうして悟と好みの玉子焼きの話をすることになったのか思い出す。



「(……ああ、思い出した)」


事の発端は、二日前ほどの任務帰りに寄った定食屋でのことだ。その時の任務は私一人での四国のとある田舎町に現れた二級の呪霊退治。まあ、ソッコーで終わらせたけど。

で、補助監督が迎えに来るまで時間を持て余した私は小腹が空いたので現場近くにあった定食屋に寄ったのだが、こんな田舎町に滅多に来ない若い客だと喜んだ気前の良い女将さんがサービスとしてだし巻き玉子を付けてくれたのだ。

その時のだし巻き玉子が美味しかったなことを思い出し、何となく悟に好みの玉子焼きはあるかと聞いたのだ。すると、甘い物好きの悟が甘い玉子焼きではなく、だし巻きが好きと言ったから驚いた。

理由を聞いてみると、


「昔、俺の世話係の作っただし巻きがすっっっっげぇ美味かったから」



「(―――驚いた)」



何故なら、口を開けば目上の人だろうがどんな相手だろうが煽り見下し馬鹿し、人類最古のジャイアニストと言っても過言ではない“あの”悟が素直に「美味しい」と感想を言ったのだ。これはもしや明日の天気は豪雪、いや槍でも降るのではないだろうか。


「オイそれどーゆー意味だ」
「悟、人の心まで読めるようになったのかい?」
「全部口に出てたよバァカ」


私の言葉に俺が素直に褒めるのに文句でもあるんですか?と言いたげに悟は顔を盛大に歪める。ああ、せっかく整っているのに台無しだな。というか、


「悟が昔のことを話すなんて珍しいな」
「ああ?あー、そう、か?」


悟は私の指摘に頭を捻ったようだが、これは非常に珍しいことだった。この高専に入学して半年以上経つが、悟の口から昔の話が出たのは片手で数えるぐらい。

悟は呪術界において長い歴史と権力を持つ御三家の一つ、五条家の嫡男だ。さらに数百年ぶりに無下限呪術と六眼を持ち合わせて生まれた神童。

そんな名家で幼い頃から蝶よ花よと育てられたらしいが、何の因果か今では不遜という言葉が似合う男に成長してしまった。まあ、聞けば、周りの大人がガキ一人にペコペコと頭を下げる奴や下心丸出しで近付いてくる奴、媚を売ってくる奴ばかりだったらしいから致し方ないと思うが。

だからなのか、悟はあまり昔の話をしなかった。


「でも、悟がそこまで褒めるなんてその人は随分と気に入られてたみたいだね」


御三家とはいえ、ろくでもない大人達に囲まれて育った悟に良き理解者がいたようで良かったと思った。だが、そんな私とは裏腹に悟は、サングラスの奥に潜む、透き通るような白い睫毛を少し伏せた。


「アイツは腐ったクズ共とは違ったんだ」
「…」
「アイツは、」


腐れ切ったクズ共に塗れて捻くれた俺を拳骨一発お見舞いして叱ってくれた。独りぼっちで寂しかった俺を内臓が飛び出そうなくらい目一杯抱きしめてくれた。世の理を何も知らない俺を笑うどころかこれからの将来を心配して一生懸命教えてくれた。



「そんな、馬鹿なお人好しだったよ」



その言葉を聞いた瞬間、私は悟った。


「(ああ、その人はもうこの世にいないのだな)」


その人物が、悟にとってどれだけかけがえのない人だったのかが分かった。だから、私はその人物が今はどうしているのか聞かないことにした。


「その人は、さぞ徳の高い人だったんだろうね」
「いや、ただのスナック嬢だけど」


「………え?」


今、悟の口からとんでもない言葉が聞こえたような。聞き間違えかな?うん、きっとそうだ。スナック菓子とでも言いたかったんだろう。なんでスナック菓子って言いたかったのか分からないけど。よし、気を取り直してもう一度聞いてみよう。


「悟、私の耳がおかしくなったみたいでもう一度聞いていいかい?なんて?」
「だから、スナック嬢」


聞き間違いじゃなかった。


「何で呪術界御三家の嫡男坊がスナック嬢に育てられているんだ!?」
「何でって」


悟の口から語られたものは、そんじょそこらの映画より内容が刺激的だった。

曰く、小さい頃、五条家の蔵に眠っていた特級呪物の封印を解いてしまったら、スナック嬢が現れた。
曰く、最初は特級呪霊かと思ったので祓おうとするも、拳骨一発で返り討ちにされた。
曰く、そいつは別世界からやってきたので、帰れるまで居候兼悟の世話係をすることになった。


「ってな感じで、短期間だけど俺の世話してもらったんだよね」


あん時の拳骨マジ痛かったわ〜。無下限呪術してたのに普通に食らったんだよね、などと飄々と語る悟の姿を見て、私はこう思った。


「(ツッコミが追いつかないッッッ!!!!!!!!)」


え、特級呪物から現れたスナック嬢って何?無下限呪術してたのに拳骨喰らったって何?別世界からやってきたって何?絶対それただのスナック嬢じゃないよ。絶対特級呪霊だよ。というか、何がどうしてそんな奴が五条家に居候になった。悟の世話係になった。あと、シリアスどこいった。


「傑、すっげェ百面相してるけど急にどうした」
「お前のせいだよ」


拝啓、今は亡き悟の世話係様

これだけは言わせてください。


「(お子さんの教育方針間違ってます)」






******








☆世話係が作っただし巻き玉子が好きなGLG
幼少期やんちゃしたせいで、とんでもないものを召喚した張本人。
スナック嬢を召喚した時、「お前誰」と言ってしまったのが運の尽き。
容赦ない拳骨が無下限呪術を貫いて頭に喰らった。
その後、なんやかんやあってスナック嬢から色んなことを学ぶ。



☆ツッコミが追いつかなかった前髪
親友の初めてのデレを見て驚き、親友にかけがえのない人がいたことにも驚いた。
そして、その人物がこの世にいないことに心痛めた。
が、後半はツッコミの怒濤ラッシュ。
一瞬でも心痛めた私の純情を返せ。



☆前髪をツッコミ役に昇進させた異世界のスナック嬢
幼いGLGに召喚されたと思ったら、何故か世話係をすることになっていた。
可愛い子には目がないので、それはもう幼いGLGを可愛がった。
そして、要らぬ知識も身につけた。
因みに呪術師をスタンド使いだと思っている。








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