旅に出る
じゃぶじゃぶと、波打ち際を歩く
波にひかれた砂が足の裏を擽る
「これを、海に浮かべるの?」
「そうそう、船が底をこそげない辺りまで押すんだよ」
初めて海を見た
キラキラ光る水面に感動を覚える
ロキは、何本かの大木を叩き折って大きな器のような形の船というものを拵えた
その船を使って海を航るのだと
一度、船へと押し入れれば船は私一人でも軽く押すことができた
浜辺から、様子を見ていたロキに向かって声をかける
「ロキ、船浮いた」
「みたいだな」
力強く、地を蹴ったロキは一飛びで船に移った
ダンと大きな音をたてて船に着地すれば、海面が大きく揺れる
腰まで海水に浸かっていた私は、波の揺れに足をとられ海に沈みそうに
「わっ!」
「悪い悪い」
ザバーッと体を抱え上げられ、気付けば船に引き上げられた
「ねぇ、何処まで行くの」
タオルで水気を吹きながら、ロキに目をやる
「次の島にたどり着くまで
いつ、着くかは分からない
でも、それも旅の醍醐味ってね」
そういって、ロキは笑みを浮かべる
***
**
*
長く船に揺られていると、何日経ったか分からなくなる
それでも、独りじゃないこと
日が登り、日が沈む
目の前で起こる環境の変化が心を自由にする
「そろそろ、見えてきたぞ」
その声に顔を水平線へと向ければ、水平線上に浮かぶ島が見えた
緑の少ない島
下品にきらびやかで、海賊のあふれる街
そこかしこにある居酒屋から陽気な歌声、罵り合うような怒声
ギュッと眼の前のロキの服の裾を掴む
ロキは別段構う様子もなく、ずんずんと街の中心地に向けて歩を進める
辿り着いた、中心地には大きな石像があった
一人の男が、地面にひれ伏す何かに手に持った刀か槍かを突き立てている
不気味な石像だと思った
「・・ロキ、あれ何?」
ロキはにやりと笑って、石像に近づく
「悪魔を殺した英雄の石像さ」
「・・悪魔?」
架空の生物の名に驚きと戸惑いを示すが、ロキは爛々と目を輝かせ、石像を見上げている
「よぅ、兄ちゃん
そこで、そんな石像を眺めて何してやがんだ
よもや、この世に悪魔がいるなんてそんな、馬鹿げた昔話を信じてはるばるこの島までやってきた、なんてことは言わねぇよな」
ぎゃははははと下品に笑う声
ふとあたりを見渡せば、周囲を無数の海賊達が囲んでいる
全員が一様に髑髏の入れ墨を彫っている
左右の目の大きさの異なる髑髏
「・・・」
そっと、ロキのそばに駆け寄るがロキはまだ、石像から目を離そうとはしない
「おい、てめぇ、聞いてやがんのか!?」
それまでとは打って変わった、殺意を滲ませる声
つっと、ロキに視線を寄せるが、それでもロキは全く反応を示さない
本当に聞こえていないのでは、と思えた
「ロ、ロキ・・・」
「なめやがって、このクソガキャァぁ!!!」
3人の体格のいい男がサーベルを振り上げて、私たち二人めがけて突進してくる
そこで、初めてロキが振り返る
私の肩を引き、後ろ手に背中に隠す
その時見えたロキの横顔は不気味に笑っていた
敵に取り囲まれ、絶体絶命へと追い込まれた者の表情ではなく、これから起こることを惨状を知っているかのように、その惨状が目の前に広がることが生きがい
物の五分とも経たずに、辺りは血の海と化す
真っ赤な血しぶきを、返り血を浴びて立つのはロキただ一人
全身を血に染めているが、ロキは傷一つ負っていないだろう
それは、圧倒的な力の差
「悪魔なら、ここにいるよ
てめぇら、屑の血を啜って生きるこの俺が
悪魔がこの世にいないって?
悪魔の実を喰って、能力者と呼ばれるものがいるのに?
悪魔の恩恵を受けて、悪魔の存在を否定するとはつくづく愚かな生き物だよ、人間は」
私は、自分を狭くて暗い地下牢に閉じ込めた男たちを人の血の通っていない者たちだと何度も思った
わたしを殴り、口から流れる血を見つめ、笑う姿を悪魔のようだと心の中で何度も毒づいた
そして、今、生まれて初めて本物の悪魔を見た
人を殺すことに一切の躊躇を見せない
自分が切った人間に、すでに死んだ人間には全くの関心を見せない姿
私を拷問にかけた男たちは、人の悲鳴を歪んだ形ながらも受け止め、関心を持っていた
あれは、人の心を持たない、それでも人間だった
初めての悪魔との出会い
この時の私は、世間知らずで、そしてただの人間の娘に過ぎなかった
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[mokuji]
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