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一人立ち

「辛くても、しっかりと食べておけ」



「う、うぇっ」



「おいこら、不味いとか文句は言うなよ」


「ち、違っ!」





長い時間、形のあるものを口にしていなかった





粥とは名ばかりの、米の磨ぎ汁のようなものだけを啜ってきた


久しぶりに、顎を動かし、歯でものを噛みきる感触




しかし、弱った顎は少し動かせば疲れで悲鳴をあげ、嚥下では、喉に詰まりそうになり噎せる始末


ようやっと、胃の中に落としこめば胃は驚き、せせっかく口にしたものを再び押し上げようとする






背中を擦る暖かい手にホッとする

「まだ無理かなー

少しずつ、慣らして行こうな」






ポンと大きな手が頭に乗る





「・・・ねぇ・・」

「なんで、助けたの?ってか」





ずっと、廊で暮らす

助けが来るなんて、もう一度、空を、太陽を拝めるとは思っていなかった




私を助けた意味が何かあるのだろうか




次に来る言葉を待つ






「・・まだ、名乗ってなかったな

俺は、ロキ

お前さんの名前は?」






「・・名前」


一瞬、名乗ることに躊躇いを覚えた





当然のように、名前を尋ねられたことも久しかったから


「そーか、名前、名前か

ん、良い名だな、名前」


何度か、繰り返し、噛み締めるように名を重ねて呼んだ




妙に照れ臭く思えた

まともに名を呼ばれたのも久しい




自分の名前を忘れそうになるほど

だから、少し胸が疼いたのは、嬉しかったのかもしれない






ロキと名乗った男は嬉しそうに顔を綻ばせる





「・・ねぇ、何で」


「俺とおいで

一緒に旅しよう

たくさんの、景色と世界を見て回るんだ」





それ以上は、聞いても答えないだろうと諦めた

突拍子もないように思えるこの突然の誘い




でも、私に断る術はない

だって、感動のあまりに溢れる涙を、止められそうにないから






***
**
*







「だいぶん、傷も癒えたな」


スッと伸びた手が頬を擦る





「肉もついた」

ロキはニカッと笑った





「・・なにそれ、嫌味?」


「ははっ

違うって、キレイになって、健康的で、頬にも色がついた」




廊を出て、数ヶ月

食事をまともに摂れるようになり、リハビリの甲斐あって一人で立って歩けるようになった






ほんの少し近付いた空が、太陽が美しく見えた


そんな、当たり前のことが出来るようになったことがこんなに嬉しく思える





こんな気持ちを、一体誰に分かってもらえるだろうか





まだまだ、覚束ない足取り

それでも、少しだけ前に進めた

私は、自分の足で歩けるんだ




「顔には、出ずとも嬉しそうだな

あと、少し・・」

「え?」

「いや、何でもない

気にするな」






暖かい目で見つめるロキの瞳に名前は、気付く余地もない





ロキの思惑は、もうまもなく叶おうとしている






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