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前編


 心臓が今にも口から飛び出すんじゃないか





 病室の前で、ノックしようと手を構えて早、十数分

 事件集結後、約2ヶ月の時が過ぎた






 何度、今井先輩に掛け合っても許可は下りなかった





 名前の怪我は、今までと比べ物にならないほど重症だった

 そして、先日、漸く名前は、ICU、重症個室、特別治療室を経て、一般病室に部屋移動し、面会の許可が下りた





 会いたくて、会いたくてそのは話を聞き、真っ先に病院へ駆けつけたのはいいが、この有り様


 情けないことこの上ない






 ヘタリと廊下に座り込みそうになったところで



 「邪魔よ、影・・・」





 さっきまで、口から心臓が出そうになっていたが、この瞬間、本気で俺の心臓は口から見えたに違いない


 カッと目を見開き、後ろを振り返る






 「あー、翼先輩やー

  翼先輩も名前の御見舞いに来たん?」





 ズラリと並んだ女子達におののいた





 「み、蜜柑、それに蛍姉さんも

  え?あ、えっと皆もお見舞い・・?」




 「ここは、病院よ

  他に何があるっていうの?」



 「可笑しな先輩ー

  部屋の前でずーっと固まってるんやもん

  何してんの?うちら、はよ名前の顔見たいー」




 ずーっとって、いつから見られていたんだろう

 かっと頬に血が上るのを感じ、咄嗟に視線を下に向ける





 「ふー、さっさと開けるわよ、影」


 そう呟いて、蛍姉さんがドアの取っ手を掴んで横に滑らせれば、意図も簡単にドアは開いた






 「名前〜、元気になったんかー?

  あんた2カ月も面会謝絶って、もう会われへんくなるかと思て心配しとってんでー」



 やや、涙声混じりに真っ先に蜜柑が名前のベッドサイドへ駆け寄っていった






 真っ白なベッドに横たわって眠っていた名前は、眠そうに目元を擦り此方へと視線を向けた


 そして、ゆっくりと笑顔を浮かべた





 それだけで心臓が大きく跳ねる

 まるで、夢でも見ているようなフワフワと浮わついた気分





 恋した相手が、ある日突然、自分の記憶から消え去って、特に生活には何の支障もないまま、数年の時が過ぎて・・


 そして、突如、記憶に蘇ったらそれまでの時間を埋めるように、今まで以上に愛しさが溢れ出した


 と思ったら、今度は名前が生死をさ迷う重症!入院!面会謝絶!






 お前はどこまで、俺の心を掻き乱すんだ!

 グッと睨み付けるように、名前に視線を向けるまで気付かなかった





 細く白い首に巻かれた、肌よりさらに白い包帯

 痛々しくて、先程とは違う胸の痛みを感じた






 「・・・名前、声が出ぇへんくなったって

  本間なん?」




 涙声の蜜柑





 答えない代わりに、小さく縦に振られた名前の首




 「・・・大丈夫やっ!今は出ぇへんくても、きっと蛍のお兄さんが治してくれるよ!」





 それまで、部屋に入って、名前の姿を確認してから一言も発していなかった他の女子達も口々に


 「そうよ、きっと大丈夫!ね?」




 とまるで、名前だけでなく自分にも言い聞かせるように励ましの言葉をかける





 それに名前は、明るい笑みを見せた

 しかし、そこには諦めにも似た弱々しさ、それも含んでいた






***
**
*







 「影、話があるの」




 そう蛍姉さんに声をかけられたのは数日前





 「名前に何かあったのか!?」


 「良いニュースと悪いニュース」




 そう前置いて蛍姉さんは話始めた





 「近々、名前は特別治療室から出て一般病室に移動する


  そうなれば、名前の面会も自由になるって」




 「特別治療室・・・

  じゃあ、名前の治療は終わったのか・・?」



 「・・・アリスによるリバウンド、成長の遅れは、今はまだはっきりとは言えないけれど、徐々に瓦解されると思う


  数年後には、私達と変わらないようになるだろうって兄さんが」






 「・・〜そっか!そうかそうかそうかー!」

 グッと拳に力を込める





 「・・・喜ぶのはまだ早いわよ」





 バカンっ


 バカン砲の一撃を喰らって、頭をさする





 「悪いニュース、リバウンドは治せても・・・

  校長の付けた傷の方が・・」





 「でも、一般病室に移るって・・

  そうか、傷跡が残っちまうってことか!女の子だもんな!傷跡ってのは、将来に関わる!

  でも、それは心配ない!俺、そういうのって気にしないし!傷の一つや二つ!


  嫁の貰い手も決まってりゃー、そこはノープロブレムだろ!?」






 おどけて見せるが、蛍姉さんは一切、笑わない

 怒らない






 「・・・当たり所が悪かったのよ

  ・・・・名前の声が・・もう・・・」


 初めて聞く、涙声







 その声に返す言葉が見つからない

 頭の中が何かに塗り潰されたように、真っ暗になる







 2カ月かかっての治療

 アリス学園きっての、治療のスペシャリスト達が揃って治せなかった





 そして、それを今井先輩が身内の蛍姉さんに話したんだ






 全力を尽くしての結果


 これはもう、覆すことができない結果なのだ







***
**
*







 「今日は、クラスで棗のアホがなー・・」

 「ふふっ、蜜柑ちゃんたら」




 「・・ほんで、ルカピョンまでな

  もう!本間に腹のたつ!棗のアホーー!」




 「あ、蜜柑ちゃん、もうこんな時間!」




 「本間や!ほんならうちら、そろそろ帰るわ!

  また来るから!

  あんた、ちょっと痩せたみたいやし、しっかりご飯食べて元気になって、はよ学園来てや!」






 毎日の出来事を事細かに話して、蜜柑達は、手を振り、病室を後にする


 蜜柑達は、名前の声がもう二度と戻らないであろう事を、蛍姉さんからは聞かされていない





 きっと、優しい蜜柑達は、名前以上に心を痛め、涙する

 蛍姉さんの蜜柑への愛情なのだろう






 病室には、名前と俺の二人きり

 水を打ったように部屋が静まり返る




 「あ、あのさ、名前」

 不意に振り返った名前の顔は、2ヶ月前よりほんの少しだけ大人びたように見える





 「・・・特別治療終わったって、おめでとう・・」

 コクりと頷く





 「いや、そのなんだ?・・2ヶ月前よりちょっとだけ顔が大人びた気がするっていうか、なんていうか」



 名前は、小さく首をかしげ、なお、おどおどと態度が定まらない俺に苦笑いを溢す






 「あ、あのさ、」





 名前は、ベッドから下りて、サイドテーブルの上にあるノートとペンに手を伸ばした


 "お見舞い来てくれてありがとう!"




 さらりと書かれた文字

 話すときは、いつも敬語、というよりも丁寧な言葉だったのに、ノートは、急いで書いたためか、ありがとうだけ・・・





 たったそれだけのことなのに、脳内の名前はありがとうございました、翼先輩と真顔で言う




 ゆっくりと肩を抱き寄せ、啜り泣く




 涙を見せない名前の前で泣くのはみっともないように感じたが、それでも涙は止まる事なく溢れた






 俺の背に回された腕もぎゅっと力がこもり、音のない鳴き声が胸元から聞こえてきた





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[mokuji]




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