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後編



 ほんの少しの気晴らしのつもりで、皆に声をかけた

 と言うより、翼先輩を介して声をかけてもらった






 皆が見舞いに来てくれたあの日、私のために先輩が泣いてくれたことが嬉しかった


 皆を騙して、嘘ついて、逃げてばかりの私のために・・・






 先行きの見えない考えが、頭の中を駆け巡っているとき、ふと背後から砂を擦る足音が聞こえて振り返る


 久しぶりに見た赤い瞳の棗くんと、オロオロと青い瞳を揺らす乃木くん




 「・・・」


 棗くんの手がゆっくりと私の首筋に伸びた

 下ろした髪を掻き分けるように手が肌に触れて、くすぐったくて思わず首をすくめる






 「・・バカ野郎」


 小さな声が聞こえ、手が私から遠ざかり、私に優しく触れたときからは、考えられないほど強く拳が握られた




 その仕草がぎゅうっと胸を締め付け、目頭に熱がこもる





 「苗字、退院おめでとう

  ずいぶん、長い入院だったけど久々に見て、元気そうで良かった」




 もう、状況は知ってるはずなのに、乃木くんの優しい声音と言葉が目尻に浮かんだ涙を鎮めてくれた





 ポケットから小さなメモとペンを取りだし、一言、"ありがとう"とだけ書いて見せた





 「名前ー!!待たせて、わりぃ!」


 翼先輩と、クラスの女の子達、佐倉さんや今井さんがゾロゾロと連れ立ってやって来た






 「おせぇ・・」

 「ま、そう言うなって

  バスの時間には間に合っただろ?」





 そう言って、翼先輩が棗くんの肩に回した腕を不愉快そうに睨み付けたあと、周囲に焦げ臭い臭いが充満するまで時間はかからなかった





 「うあっちいい!!

  燃やすなー!」

 「ふんっ」







 二人のやり取りが微笑ましい


 「行こう!名前!」


 ふと捕まれた手に佐倉さんの温もりを感じる






 やって来たバスのステップを佐倉さんに続いて駆け上がる



 「名前!ここ、ここ!窓際に座ってええよ!

  今日は、名前の退院祝いやから特別や!」





 満面の笑顔の佐倉さん、私も笑顔で返し、遠慮なく窓側の席に座る





 「ほたるー!蛍もうちの前の席に・・・

  ちょーっ!何で蛍が名前の隣やねん!

  そこは、うちが座ろうと思って」



 「早い者勝ちよ」




 膨れっ面の佐倉さんと今井さんにメモ帳を見せる


 "今日は付き合ってくれてありがとう"





 「当たり前や」
 「当たり前でしょ」






 二人の笑顔が眩しい






***
**
*






 初めて、名前からデートに誘われたのかと思えばぬか喜び






 詳しく聞けば、皆で!皆でセントラルパークに行く・・と言うことだそうで


 いやいや、それでも嬉しいことに違いはない






 例え、狙っていたバスでの隣の席をいち早く蛍ねぇさんに獲られたとしても・・暖かい微笑みで蜜柑と蛍ねぇさんを見つめる名前が、愛しいと思えるから・・・





 そうしてると、ふと名前が俺の視線に気付きこちらへ振り向いた

 フルフルと振られた手





 ニッと口角を上げて、俺も軽く手を上げて答えてみせる




 「さっさと座れよ、ハゲ」





 不意に、後ろから膝裏を蹴られ体勢を崩した






***
**
*







 今日ここに行きたいと名前に誘われたときから、買うと決めてたものがある





 「棗?どこ行くの?」


 「あぁ、ちょっとだけな」






 聡いルカは、それだけで深くは追求してこない





 皆とは別行動で、目的の店の前までやって来る

 少し、薄暗い店内





 古めかしい扉を押し開ければ、ぎーっと蝶番のきしむ音が響く






 「いらっしゃい」



 乾いた爺さんの声に返事を返さず、商品を見渡す






 一角の棚に見つけたもの

 写真立て





 花やら石やらでゴテゴテ飾ったもの、木製のもの

 カラフルなもの・・・





 その中から、俺は薄いグレーの下の方にほんの少しだけ同じようなグレーの石が付いたシンプルなものを手に取った





***
**
*






 「名前ー!」


 駆けてくる足音


 ・・翼先輩・・・



 セントラルタウンに着いた途端、棗くんと翼先輩は別行動すると消えてしまった






 「女の買い物は長くて付き合ってらんねぇ」

 らしい





 嫌な顔一つせずに付き合ってくれている乃木くんの爪の垢を煎じて飲めば良いと思う






 「名前、ちょっとだけいいか?」





 ちょいちょいと手招きをされ、不思議に思いながらもあとに続く


 ベンチに並んで腰掛けると先輩は徐に、袋を手渡して来た





 「あのさ、メモに文字書くと時間かかってなかなか言いたいことがあっても、言えないんじゃないかなって・・」



 そっと袋から中身を取り出すとピンクの包み紙





 "開けていい?"

 先輩は少年のような笑顔を見せてくれた





 そっと包み紙を開くと、B5版の大きさのノート





 「頭に思い浮かべたことが、ノートに浮かび上がるんだ

  ・・・言霊のアリスは発動出来ないけど、でも、俺はお前と、もっとたくさん話がしたいから!」



 少し強めの語気で話す先輩の方を見やると、先輩の頬に朱が差している






 ノートを掴む手に力がこもり、まっさらなノートを開くと、ふわりと紙の臭いが香ってきた





 "何度、何度言っても言い足りないです

 それでも、言わせてください

 ありがとうございます"





 ふと浮かび上がった文字





 "私のアリスは、母さんと繋がる一つの手段だったから

 母さんをちゃんと、見送って、お別れが言えた今、私には無用の長物だったんです"






 ノートを見せると、



 「お前とお母さんの絆で、俺たちの出会いのきっかけだよ

  お前がアリスで、俺もアリスで、棗やルカぴょん、蜜柑に蛍ねぇさんやこの学園にいる皆、アリスだったからこそこうして一緒に笑って、泣いて、


  お前は、もう自分がアリスじゃないと思ってるかもしれないけど、でも、」





 "そうですね

 私はきっとアリスはこの先二度と使えない

 でも、一生アリスです

 母さんが私にくれたこの、皆との時間を一生大切に守りたい

 私、アリスが使えなくても良いとは思ってるけど、アリスじゃないなんて思ってませんよ?"





 私も翼先輩の真似をして、いたずらな笑みを浮かべる






 きっと、ここから先の道は、今まで以上の苦難の道

 でも、絶対に乗り越えられる




 だって、私の回りには、私を支えてくれるこんなにも素敵な仲間達がいる

 そして、今なら少しわかる






 母さんは父さんに対して罪悪感だけを持っていた訳じゃない

 小さい頃から、ずっと、死んでしまった後も、生き返って、変わってしまった後も、ずっとずっと大好きだったんだよね






***
**
*






 充分遊んで、家に帰るとドッと疲れが押し寄せてきた





 ベッドの端に腰掛けると、コンコンとドアを叩く音






 重い体を引きずって、扉を開くが、既にそこには誰もいない

 代わりに足下に真っ赤なリボンの包みがある





 その赤いリボンで、誰が置いていったのか、すぐに気付いてしまう自分に驚き、苦笑した







 再び、ベッドに腰掛け、包みを開くと写真立て

 中には、小さな説明書が




 "自分の思い浮かべた映像が写し出される写真立て"






 ふと笑みがこぼれる

 ぶっきらぼうな優しさに







 ぐっと伸びをする

 学園に復帰する前に、墓参りへ行こう

 私の見つけた未来の道を真っ先に報告したい人は今も変わらない





***
**
*






 私の机の上には、大好きな先輩や友達の写真がある

 そして、グレーの額縁、中には母さんと父さんに挟まれ、はにかんだ笑顔の私






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[mokuji]




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