校長の勧誘
「・・名前ちゃんは、相当の数のアリスを作った
そのアリスのどれ一つとして相性が合わなかった
・・先生・・先生を生き返らせようとしてるの?」
「先生って、行平先生のことか
蜜柑の親父さん・・」
後ろから聞こえてきた寂しそうな先輩の声にゆっくりと頷き返す
「・・無効化のアリスに相性の良いアリスはない」
唇をゆがめ、仮面を剥ぎ取り笑うペルソナ
「・・私が、あんな男を欲していると
バカバカしい」
天を仰ぎみて笑うペルソナの姿が痛々しくて、胸の奥がきゅーっと締め付けられる
「ははは、
・・・ああ、そうさ!その通りだ!
あいつを生き返らせて、私を苦しめたこと、地下に閉じ込め続けたことを泣いて詫びさせるつもりだったのさ
・・だが、もういい
あいつはもう生き返らない」
ペルソナはその言葉を言い切る間もなく、母さんと棗君のほうに向かって手をかざした
放たれたアリスは絶望的なほどに巨大でまがまがしいものだった
二人を黒い霧が覆う直前に見えたのは、母さんが棗君を庇うように抱きしめたところ
***
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*
ずるりと前のめりに倒れこむペルソナの姿
一瞬、何が起こったのか分からなかった
かすかに見覚えのある後ろ姿は、さっきまでこの部屋にいた誰でもない
・・翼先輩に影を踏まれている人たちでも・・
「・・父さん」
その後ろ姿にかけた言葉は、思っていたよりもすんなりと口をついて出た
父さんの手にはペルソナの血が滴るナイフが握られている
「・・・貴様、何を」
「・・・伽耶」
右手で左腹部を押さえ、膝をつくペルソナ
持っていたナイフをその場に落とした父さんが、真っ黒なペルソナのアリスの中へ、母さんのもとへと歩を進める
***
**
*
こんなにこの人が焦っているのを初めて見た
それほどに名前ちゃんの父親が学園の存在の要になっているということか
久遠寺校長はいつも、不適な笑みを浮かべて人を見下している
だが今は、形相を変えて突如、私たちの正面のドアから転がり込むように飛び込んできた
倒れたペルソナの襟首を掴んで引き起こし、名前ちゃんの父親の居場所を叫ぶようにしながらペルソナを問い詰めている
薄く意識を取り戻したペルソナは、消えるような小さな声で自分のアリスが渦巻煙の中を指差した
それを確認すると久遠寺校長は、ペルソナを突飛ばして煙の前まで駆け寄り顔をしかめた
ふと、私たちの存在に気付き怪訝な表情を浮かべるが、名前ちゃんの顔を見たとたん目を見開き、ここぞとばかりの笑顔を浮かべる
この一連の動き全てが私の心を掻き乱し、こんなやつに先生はと、胸が傷んで仕方がない
***
**
*
「やぁ、名前
やっばり、お前は私のところに帰ってくると信じていたよ
こんなにも、お前を大切に、そして能力を活かして使ってくれるやつなどいないだろう?」
「・・・使う?」
翼先輩が眉間に皺をよせ、怪訝な表情を浮かべる
それでも、校長先生は満面の笑みを私にだけ見せて、他の人たちには目を向けようともしない
「私は、心が広いから
お前が私の元から一時、離れたこと
水に流してやろう
戻っておいで
そうすれば、今まで以上の待遇も考えてやろう」
ちっとも、心奪われない勧誘
なのに、その冷たい目が私を人間とも思っていないその視線が、私から目を逸らそうとする削いで、瞬きをするのも儘ならない
「つかう?何で名前がお前のところに帰るんだ
ふざけんな!
・・・調子に乗ってんじねぇよ
俺らと一緒にてめぇを潰しに来たんだよ」
翼先輩の声を聞き、胸が熱くなる
大丈夫
独りじゃない
「・・・覚悟、してください」
「・・・お前たちは、本当に私を見くびっているみたいだ
名前、ここで私のもとに戻らなければお前の元に伽耶が、母親が戻ることはないぞ」
ぎゅっと、後ろ手に翼先輩の手を握る
後ろにいても、翼先輩の気配が伝わってくる
先輩の緊張が伝わってくる
「・・・あれは、母さんじゃない
ただの人形
私はいらいわ」
校長先生のぐっと下唇を噛むような動作
胸を撫で下ろすような安堵がわく
「そうか、そこまでいうなら・・・」
その時、力一杯、足を蹴りあげるような動作を校長先生が
床で血にまみれ、ぐったりと寝そべっていたペルソナがうめき声をあげる
すいっと、その横を抜け、ペルソナの黒いアリスの前へと歩き進んで、スーツの内ポケットから扇子を取り出す
ふわりと優雅に扇いだ途端、渦巻いていた黒いアリスは掻き消され、黒い染みを全身に浮き上がらせた父さんと母さんが現れる
棗君は・・・?
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[mokuji]
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