裏の仕事
朝目が覚めると、ここ数年間、毎朝見てきた景色とは違っていた
そう、明るすぎるくらいに蛍光灯の明かりがサンサンとさして、そのくせ、その明かりには温かさは感じられない
広くて清潔感のある、そして無機質で息の詰まるあの部屋に今、自分はいないのだ
あんなに、いるだけで苦痛だった部屋からこうして、出てみると不安と罪悪感が溢れてくる
再会して間もないが・・先輩たちには悪いけれど、今更、ここに戻って来る理由も必要もない
いや、なにより居場所がないのだ
自分の手を眺める
小さくて成長のない手
手の甲へと返せば、子供特有の丸味の残った小さな手
皆とは違う時間を歩んできた
先輩たちが何と言おうと私は、ここには帰って来れない
今回のことで再認識させられた
もともと、戻ってくるつもりがなかったから皆に記憶操作のアリスを使って自分の記憶を書き換えた
いや、抹消した
学園にいる400からの人にまとめてアリスを使った
その代償は、成長
何らかのリバウンドは予想していたが、代償は皮肉なものだと思った
記憶から消された人間に、もう1度同じ輪の中に加わることを許さない
自分のアリスにそう言われているようで寂しさも一入
自分で決めて出て行ったのだから、寂しいなんて言えた義理じゃないんだけどね
「・・・名前、今まで何をしてたのか詳しく話せ」
いつになく、静かな口調で語気を荒げるようなことは無い物の有無を言わせぬ迫力をもって殿先輩が話しかけてきた
「・・・前までと同じ
学園の任務をこなしてた
量なんかは比べものにもならない程だけれどね」
今更、同情なんてされたくなかった
だから、なるだけ明るく振舞って話す
「たくさんのものを作ったわ
私も、創造力がついてきたんだと思う
今まで、創ることのできないようなものもたくさん創れた」
そこまで話して、口を滑らしたことに気付いた
成長、その手の話は今は、憐れみを買うだけだろう
案の定、乃木君が同情するような目つきで私を伺っているのが目の端でとらえられた
あぁ、やっぱり居心地が悪い
「用事はそれだけですか?
ふふっ
私捕まえて、そんなこと聞くために学校までさぼって、」
部屋を出ようとしたとき、後ろからキュッと手を引かれる
振り向けば、真剣な眼をした棗君がいた
「・・学園の任務で何を知った?」
あまりに突然のことで、力ずくで手を振りほどき逃げ出そうとしたところで
もう1度その手が迫ってきた
「静電気のアリス!!」
咄嗟に使ったアリス
手と手が触れそうになった瞬間に手に痛みが走る
構わず部屋を飛び出した
部屋を出て3歩も走らないうちにもう1度手に痛みが走る
今度は別の手がしっかりと私の手を掴んで離さない
「静電気は、こうして握っちゃえばもう起こせないんだろ?」
いたずらっぽく笑う翼先輩
その眩しい笑顔が自分の汚れと相反していて、息が苦しくなる
***
**
*
「監視のボールのアリス"」
たった二つのボールに全てを託すなんて滑稽な話だと思った
それでも、それが全ての出来事の解決に繋がると信じて、任務で作った道具の一つとして潜り込ませ、もう一方のボールをポケットに忍び込ませる
明日から2〜3日間は休みを取るつもりでいる
一概に仮病とは言い切れない
体調は決して良いとは言えない
だって、今までにないほどにアリスを使い続けているんだから
そこで、私のために用意された部屋へと帰る
飾り気も何もあったもんじゃない部屋
広さはそこそこ、部屋全体は白っぽくて、そこには机とベッドがあるばかり
モデルルームのような清潔さがあるが、人の生活感を感じさせない部屋
初めのころは、何度も気分が悪くなって食べたものをそのまま吐き出してしまうことも少なくなかった
それでも、人とは強い生き物で一向に好きになることのできない自分の部屋でも、ある程度慣れというものはついてくる
ベッドに倒れこむようにして横になる
やはり、疲れがたまっていたのだろう
まるで、錘がついているかのように瞼が垂れ下がって来る
気が付くと夜は明けていた
あまり、眠った気はしなかったが夕べよりも体が軽いところから、疲れは拭えているのだろう
昨日のアリスのことを思い、不思議な気分になる
ずっとずっと知りたかったこと、でもいざとなると知るのが少し怖いように感じた
乾いた口の中のわずかばかりのつばを飲み込む
ふぅっと深い深呼吸を一つして逸る気持ちを落ち着かせる
アリス発動
他の道具と一緒にあるボールの周囲の状況が私の持つボールに映し出される
映し出された映像に背なかを舐めまわされたかのようにゾッと鳥肌が立つ
それと同時に、胃の中身が溢れ出し、トイレへと駆けこんだ
知らなければよかった事実、知らなければならなかった事実
自己嫌悪の波が押し寄せてくる
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[mokuji]
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