壊楽
目の前に聳えるは大きな城。緑色の布地に「劉」の字。俺が今立っている、ここは蜀。仁君や大徳と名高い劉備の治める地である。
「…ばっかみてー」
魏とは大違い。
君主の性質上、民は劉備を慕っているし犯罪もそれほど起きない。それに、とても貧しいようだ。人材不足に貧乏、ってのはどうやら本当らしい。
だが、嬉しそうに、楽しそうに、ゆるゆると緩慢な動きをする民、兵、武将。この場に居て目に入る全てがゆっくりと幸せそうな、今を楽しんでいるような不思議な雰囲気を醸し出している。
それが気に入らなかった。ただそれだけ。
「(そーだ、すっげ呑気な国だけど、武将はつえーのかな)」
聞いた限りでは、曹操の欲したある意味最強の男、関羽やそれに次ぐ武力を持つ張飛、単騎で百万の敵中を駆け抜けた趙雲、あと一歩のところまで曹操を追いつめた錦馬超、それに。
「(確かどっちかをゲットしたら、天下取れるっつー龍と雛がセットでいんだろー?それ考えたら無敵じゃねーか劉備って)」
何でまだ天下取れねーんだ、とか、臥竜鳳雛だっけ、とか、曖昧に言葉を漏らしながらだらだらと歩く。城内にはあっさり侵入出来た。(何人か俺を見つけちゃった哀れな兵卒が居たけど、ま、のーぷろぶれん。)てーか、んなあっさり入れちゃっていーの、この国。
「何か…ちょー静か」
声も何も聞こえないから鍛錬をしているわけでも無い、かといってどの部屋からも物音一つせず書簡を捌いているわけでも無い。ならどこだ、そう考えて浮かんだのは。
「あー、あれ、会議とかそんな感じかー」
成る程成る程、と鼻歌混じりに歩を進める。時折、不運にも俺に見つかったり、逆に俺を見つけちゃったりした残骸を通り道に残しながら。
「ばたーん、おっじゃまー」
わざと大きな音を立ててしまっていた扉を蹴り開ける。案の定、劉備を始めとした見た事のない顔がずらり。多分先頭に居る目立った奴らが将なのだろう、何事かと一斉に此方を見つめてきている。あー、うん、楽しい。
「な、何者だ!」
「あんだあ?おめぇ、どうやって入ってきた?」
「俺ちゃんりゅーびさま以外にきょーみはねーのよ。ちっと黙っててくんね?」
俺が言えたもんじゃないが、髭面の熊みたいなやつをスルーして劉備の方へと歩いていく。まあ、当然止められるわけですけどね。
(やだー、そんなことされっと俺ちゃん燃えちゃう)
「あによ、俺の邪魔するってことはお前つえーの?」
「…隠しもしない、その殺気。貴方を劉備殿に近付けさせるわけにはいきません」
「あ、お前もしかして諸葛亮とかいうやつ?お前人間?」
「は?……人間ですが」
「あ、そっか。じゃあ死ぬんだよな」
「何を、」
すっぱり。何だ人間か、龍じゃねーのか。少し残念に思いつつ持ち前の銀食器のナイフで腕を縦に裂いて勢いよく蹴り飛ばす。何が起きたのか分からない、と言いたげな顔はすぐに青くなって苦悶に満ちた顔になった。
「あっはは!止めたきゃ、殺しに来いよ」
ちらり、後ろを少しだけ振り返って殺気を込めて諸将を睨む。少しの沈黙を破ったのは若い声。「じょ、丞相!しっかりして下さい、丞相!」と必死に叫びながら足元に倒れた龍に駆け寄る。なんだ、ただのイケメンじゃねーか。
「っ、姜維!離れろ!」
龍と似た声が響いた。姜維とかいう青年に向けて振り下ろしたナイフは空振り。あの一瞬の内に持ってったとかあいつすげーな。感心の目を向ければ睨み返された。どうやらあれが件の趙雲らしい。あれ?こいつもただのイケメンじゃね?
ていうか蜀の武将って割と背たけーのな、関羽デカすぎんよ。曹操もそりゃ欲しがるわ、あの身長は。(って、言ったら否定された事あったっけなー。)
「りゅーびさま、いーのかよそこで見てて。あんたの大事な大事な家臣が消えてっちゃうぜー?」
にやにや。この笑みは挑発なんかではなく、素だ。楽しい。とてつもなく楽しい。このゆるだる仲良しこよしの蜀をぶち壊せるという事が。興奮しすぎてちょっと喉乾いてきた。
何か飲み物ねーかな。きょろりと劉備から視線を外した瞬間、上から殺気。反射的にフォークとナイフで受け止めた。見れば目の前に怒りに満ちた劉備の顔。双剣が厄介だとか、動きが速いだとか、でも詰めが甘いとか、そんな話を聞いてたけどどうでも良くなるほどに、あの仁君とは程遠い歪んだ顔をしていた。
「あっはは、どしたのりゅーびさま」
「よくも、っ…よくも、諸葛亮を…!」
「この程度で怒んなよ、り ゅ う び さ ま ?」
フォーク一つで双剣を何とか弾いて、それと同時にナイフを何本か適当に投げる。飛んだナイフの幾つかは不運な者に突き刺さったようで、悲鳴が聞こえた。更に、劉備の顔が怒りで歪む。
「っ、う…!」
「っ馬岱!馬岱!」
「いっ、てぇ!くそっ、こんなもん!」
「翼徳!無事か?!」
「この程度、どうってことねぇよ兄者!あいつ何しやがる!」
刺さったのは武将二人か。ちょっと残念。ちえ、と笑いながら舌打ちすると目の前に槍先があった。寸でのところで避けたものの頬を掠めたらしく、ぴりりと痛みが走る。誰だ一体。正面に目を向ければ煌びやかな兜。噂の、錦馬超か。
「貴様っ、よくも馬岱を!食らえ、正義の槍!」
「せえぎぃ?ばっかじゃねーのお前」
反吐が出る。正義なんて言うやつ居たのか、と他人事のように思いつつ眉間に皺が寄っているのが分かった。正義なんてもんがあったら貧乏も争いも差別もねーよ。そんで。
(俺みてーな、異物も)
どこにも存在しないんだ、きっと。
「戯言を!貴様は俺の名に懸けて討つ!」
「俺より曹操討つのをゆーせんしたほーが良くね?」
「黙れ!」
「いや、てめーが黙れ」
ぐしゃり、と槍を足蹴にしてバランスを崩したところを蹴り上げる。不運な馬超は顎に膝蹴りを食らいましたとさ。ばたりと倒れてしまった馬超を見てしみじみ一言。あーあ、脳震盪起こしてるわこれ。
「…わ、か…?っ若、…わかっ!」
「あー…ん、ま、あれだ、生きてて良かったじゃねーの」
向かってこないならやる必要は無い。だって興味が無い。敵意むき出しで俺に向かってくるその姿を潰すのが楽しいのであって、一度潰れたやつをミンチにするほど馬鹿じゃない。起きたらまた、向かってきてくれっかな。
ぎゃんぎゃんと馬超(若って言ってるからよく分かんねーけど)の事を呼ぶ犬(に見える)。多分若というのは馬超の事を言っていて、それでさっき馬超が言ってた馬岱というのがそれなんだろう。どうやら背中に何本か刺さったらしくじわりと赤い染みが応急処置として使われた白い布を汚していた。
「さーて、どーしよっかな」
関羽と張飛はじりじりと距離を取りつつこっちの様子を窺ってて、劉備はあのイケメンと諸葛亮の止血してるし趙雲は…あいつも止血か。んじゃあ残ってるのは弓のじーさんと仮面くんとひ弱そうなのと悪人面とそこの犬と…おっ、何かかわいこちゃんめっけ。
「俺ちゃんとあーそぼ」
ひょ、と近寄った。何の警戒心も無く。だぁって、ふっつーの女の子にしか見えなかったしさ。うん。
「あ、あの、でも、私強くありませんよ?」
「え?可愛い顔してんのにつえーの?」
「そんな!私に出来るのはこの程度で!」
ばきゃん。
大きな音を立てて床が割れた。あと一歩でも横に避けなかったら体が半分潰されるところだった。たらりとここにきて初めての冷や汗を感じる。え?何この子怪力とかそんなんなの?チートじゃね?ただの六さんじゃねそれ。ぐるぐると見た目に騙され大混乱。
「銀屏!危ないぞ!」
知らぬ間に女の子を囲む男三人。噂の関家三兄弟、ってやつ?確か、長男が地味で次男がテンション低くて三男がタラシだっけ?(噂で聞いた話を俺なりにまとめた結果だけど、これ間違ってなかったと思う。)
あっ、てことは長女ですかそうですか父親から怪力受け継いじゃったんですか怖いね?相手出来るのホント呂布とかその辺り位だろどう考えても…。ひび割れてめこりと凹んだ床を見つつ溜息を吐く。向かってくる相手を一人一人潰すのは好きだけど複数は面倒でしかない。
めんどくさい。
「あー、とりあえずあれな、そのままちょっと死んどけ」
へらりと笑顔を向けながらそのままナイフを投げる。女の子はまだしも前で武器構えてる三兄弟はとりあえず殺れるだろ、と思ってたらそんな予想投げ飛ばしてくれた奴がいた。
「させぬ!…っぐ、ぅ」
「ち、父上!?」
「あれま、流石おとーさま。子供庇うなんてかっこいー」
内心舌打ちをしながら適当に野次を飛ばす。めっちゃ睨まれたけど。関羽の眼力怖い。その場に跪く形で倒れつつ、ナイフを抜く関羽。最大の脅威であり、最強とも呼べる強さを持った男はあっけなく使えなくなった。残るは君主を守る烏合の衆。
「うーっし、んじゃやるかー」
関家を相手にしてたら犬が馬の心配をして這いつくばったまま動いていた。よくよく見たら片手で匍匐前進。あらまー、片腕と背中を怪我してるのにそんな傷お構いなしで心配して近くへ行こうとする…なんて健気な犬でしょー。笑いそうになるのを堪えながら優しさを込めて背中の傷口を踏みにじる。踏めば踏むほど声が出る。んん、面白い。
「ほらほら、もっときゃんきゃん鳴いてよわんこ」
「っ、ぎあ、あ、あ!」
ついでに腕も踏んどこう。ぐりぐり。
多分今の俺の顔は凄く悪人面だと思う。さっき悪人面って言ったにーさんごめんね、俺の方が酷いかもしんねーわ。酷いと思うけどにーさんの悪人面は否定しようがないからそのまま悪人面のにーさんって呼ぶね。
ぐりり。踏む度に哀れな叫びが広がる。かわいそうに、わんこを助けてくれる勇者はいないのね。いっそ殺して楽にしてやろう、と思ったら何か飛んできて鼻先を掠めた。何これ、短剣?
「それ以上は、許さない」
ひ弱くん戦えたんだ、意外。
剣の先に変な形の剣?がついた武器を持っている青年。パッと見は…パシリ?でもこういうやつって何か隠してそうよね。……あれ、ひ弱で剣使っててひらひらした服にフードついてる……ん?こいつ軍師じゃなかったっけ?何か、殺気凄いけど。
「…ふーん、んじゃ止めるわ」
あっさりと引き下がって足を退けた。さっきも言った通り、向かってこない奴にはあまり興味は無い。何でイジメてたって、足元に転がってたから以外に理由はない。そんだけ。だから別にこだわる事でも無いしなと足を退けた。
「あ、じゃあ代わりにさー、ひ弱くん相手してよ」
「……ひ弱、くん?」
「わりーね、俺名前知らないからつい」
「俺達も、貴方の名前を知りません」
「んえ、そうだっけ。俺はー……ま、空って呼んでくれ。で、そちらさんは?」
「…徐庶」
徐庶!徐庶かー。これまた弄りやすそーな名前で。覚える気はさらっさらないけど!ひ弱くんの名前を聞いた所で相手してもらお。
「俺の相手もしてもらおうか」
「えー?まとめて相手すんのめんどいんだけど」
「そう言うな、とっておきをくれてやる」
ひ弱くんの後ろに居たらしく(ひ弱くん思ったよりデカかった)低音の声の主は大きな一枚布をピザみたいにくるくる回しながらこっちに投げてきた。避けるか裂くか迷った結果、後者に決定。試しにナイフやフォークを投げるといとも容易く跳ね返された。なんだこれ、本当に布?
刃物が通用しないんじゃ、裂きようがない。仕方なく避ける方へシフトチェンジしてさっくり避ける。
「何あの布、本当に布?」
「正真正銘、布だが」
「嘘ぉ」
「別に信じてもらえずとも、此方は困らないが」
「やーん、冷たい」
茶化すように言葉を返せばたれ目の悪人面はこちらを睨んだ。迫力はあるが布のせいで威力半減だ。飛んでくるひ弱くんの斬撃と、にーさんの布をひょいひょい避けながら軽く押し問答。
「お前はどこの者だ、魏か、それとも呉か?」
「あに言ってんの、人間の敵はいつだって人間だろー」
「範囲が広すぎるよ。貴方は何故この様な事を」
「気に食わなかったから」
ぴたり、俺の一言で二人の動きが止まった。何故だかひどく驚いた顔をしている。変な事言ったっけ俺、と首を傾げればひゅん、と空を切る音と共に俺の頭が吹っ飛んだ。正確には頭をブン殴られて吹っ飛んだ。ご丁寧に音が聞こえる直前、目の前の二人は身を屈めていてノーダメージ。べしゃりと柱に体が叩き付けられる。
いっつもやられた後に思うんだけど、不意打ちはずりーわ。
「ぅ、ってー…」
「へっ、今のが兄者の分だ!」
「あ?お前、あれか、三兄弟の一番下の…誰だっけ」
「俺様の名は張飛!てめぇの頭に刻み込んどけ!」
「あー、はいはい、馬鹿ってやつなー」
ふらりと立ち上がって少しくらくらする頭を支える。額に触れた手には思いっきり血が付いたからきっとスプラッターもいいとこな出血だろう。まあどーでもいいけど。普通これで生きてるやつが気持ち悪いだろうなーって自分でも思うわけだから相当じゃあなかろうか。
いやまあそれは今どうでもいいことだ。とっとと潰そう。
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