暴道
「へぇ、中々の景色じゃねぇか」
突然目の前に現れた少年は笑いながら飛んで転がった首を蹴る。何の躊躇も抵抗も無く蹴っ飛ばした。蹴られた首は弧を描いて飛び、兵卒の腕の中に収まる。飛んだ首を運悪く受け止めてしまった兵は大慌てで首を投げ捨てていた。
その少年に対する第一印象はとにかく奇妙で珍妙。見た事のない髪色に見た事のない服に見た事のない度胸。何だこいつは。
「なあおい、そこの」
丁度近くに立っていた一人の兵卒を指差した。指された兵卒はびくりと肩を大袈裟に揺らして大きな声で返事をする。微かに槍を持つ手が震えている気もする。
「っは、はい!」
「ここは何処だ、誰が頂点だ」
「こ、此処は長安の宮廷内です!この国を治めておられる、のは、その、」
「へえ、長安。場所を言うまでは良かったが次の質問に答えるのが遅過ぎたな。さよなら可哀想な青年」
「、」
一瞬にしてその兵卒はこの場にある死体と同じになった。瞬きをしただけでその兵卒の頭が無くなった。可哀想に、首を取られた兵卒の体はその場に倒れ、周りの者は事態を何となく理解すると悲鳴を上げて少年から距離を取る。少年の手にはいつの間にやら、血のついた棍のような武器らしきものとあるべき所からもがれた首があった。
冷静を装いつつ頭の中で整理してみたが、一つだけ分かったことがある。
こいつは危ない。
何が危ないなんてそりゃ今の事態を考えれば当然だ。目に見えぬ速さで首を取るのに、その理由は理不尽。つまり相手にするだけ無駄で此方が不利。どうやって逃げるかと考えていると少年の武器の先がしゃらんと軽やかな音を奏でながら此方を向いた。
「!」
「そこのおっさん、あんた偉そうだから聞いてやるよ」
「…この国を治めてるのは現皇帝の献帝だが、この長安を治めてるのは董大師だ」
「ふぅん、董卓か。ま、分かってたけどな。…おっさんの答えは分かりやすかったから許してやるわ」
「そりゃどうも」
許すという言葉と共に武器の先も目の前から下ろされた。一先ず第一の試練は乗り切れたか。察するに随分と気分屋で子供のようだ、まさに見た目通り。さて次はどう来てどう躱そう。
「おっさん、名前は」
「…賈ク」
「あぁなるほど、なら大分前に来たな…まあいいか」
ぶつぶつと少し俯き加減に呟く姿をただ見ていたら、不意に此方を睨まれ少し怯む。今度は何を言い出すやら。面倒事ではありませんよう、とらしくもなく天にも祈る気持ちで言葉を待っているとそんな祈り知るかと言わんばかりの言葉が飛んできた。
「賈ク、だったな」
「ああ」
「俺様の名前は黙憐。暫く董卓ってやつの世話になってやるから案内しろ」
勘弁してくれ、と思うのと同時に盛大な溜息を吐いた。
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