火炎
めらり。
それは突如として陸遜の目の前に現れた。
呉では頻発している強盗や人攫いをどうにかすべく、賊の討伐として幾つかの部隊を出陣させていた。賊による事件の報告から既に二ヶ月以上経ってはいるものの、依然として賊の根城は分かっていない。
この事態に呉の軍師である周瑜、魯粛、呂蒙、陸遜の四人は度々話し合っていた。
時間が経てば経つほど、賊による被害は増え、下手をすれば逃げられてしまう。
中々見つからない根城に対して焦りを感じているのか、ある日、四人の中で一番若い陸遜が手を挙げた。
「あの」
「ん?どうした、何か思いついたのか陸遜」
「私が、向かいます」
「ほう、陸遜が…って何?大丈夫なのか?」
「心配は無用です、呂蒙殿。私が確実に燃やしてきます!」
「確かに机上の空論を、このまま並べるのは得策ではないが」
「陸遜、見つけるのは良いが燃やすなよ」
「えっ」
「駄目に決まっているだろう…盗品がどれほどあると思っているんだ」
「盗品を全て、持ち帰ると言うのであれば許可しよう。山火事などにもならぬように細心の注意を払うのだ」
「し、周瑜殿!宜しいのですか!?」
「呂蒙は反対のようだな、魯粛はどうだ?」
「は…まあ、盗品や周囲に被害が無ければ良いかと」
「決まりだな。陸遜、やれるか?」
「勿論です!」
得意の火計をしてもいい、と許可をもらった上で意気揚々と出発した。
灯台下暗し。まさにそんな言葉が当てはまるような場所にそれはあった。歩いて十里も無い程の山岳地帯、その少し険しい山の岩肌を下からつたい歩かなければ見つからないようなところに山賊の根城があったのだ。この辺りは既に捜索済み、だが険しさのあまり慢心と油断があったのだろう。
「この状況なら、燃やせるでしょうか」
根城は亀裂の入った山岳の中にある。一帯を偵察してきた兵の情報をまとめて導き出した結論は、「盗品や攫われた人はここに無い」。
盗品を置いておくにはあまりにも狭すぎるし、こんな所で手早く取引ができるわけも無いだろう。ならば別の場所、ここから然程遠くなく、かつ人目につかない所に盗品や攫われた人がいる筈だ。
悶々と考えていると赤い何かが目の前を過る。
「………火?」
ごう、と音を立てながら目の前の根城が燃えている。即座に兵達の方へ目を向けるが誰一人として火元となる松明を持ってはいない。
ならば何故燃えている?賊が事故でも起こしたのか?
とりあえず考えるのはやめて、炎によって追い出された賊の捕縛と、近隣の樹木などへの延焼防止を優先に兵を動かすことにした。
「っ、くそ…」
「観念して情報を吐く事です。痛い目を見たいのならば話は別ですが」
双剣の刃が陽の光を受けてぎらりと輝く。それを見て怯えた賊の下っ端達は次々に口を割った。盗品の場所、人質及び攫った人の居場所、頭目の不在、などなど。頭目の行き先もしっかりと聞いた。
「……そうですか…では、あなたとあなたは盗品の場所への案内を。あなたとあなたは人質が居る場所への案内をお願いします」
下っ端を二人ずつ、合計四人、指名する。残りは言っちゃ悪いが用済み。今回は頭目の捕縛と盗品及び人質を取り返すことが目的だ、後の処分はその場の人間に任されている。
だが、これ程の数を殺すわけには。
ほんの少し考え込む。人の命をどう、と考え込んでいて、縄が緩んでいたのか小さな刃物を持った男がこちらを狙っていたことに気付かなかった。
「殺せばいいじゃない」
突然背後から聞こえた声に驚いて振り向けば、刃物を振りかざした男が目に映った。
─ しまった…!
咄嗟に両腕で防御の構えを取る。だが衝撃は来ない。知らぬ間にしっかりと瞑っていた目を開けると男は刃物を振り上げたままで静止していた。よく見ると腕に何かが巻きついていて動けないようだ。
「どうせ要らないんでしょう?なら迷う必要なんてないわ、要らないなら殺さなきゃ」
ぱちん、と指の音が響くと同時に目の前の男は青い炎に、縛られて身動きの取れないままの下っ端達は赤い炎に包まれた。悲鳴が、静かな山々にこだまする。
普段よりも早く、灰になる人の姿を見つめていると背中を軽く叩かれた。
「ねぇ、あなたここの人?ちょっと聞きたいんだけど」
振り返ると可愛らしくも、少し妖しい雰囲気を漂わせる少女がこちらを見ていた。
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