緑と欲と鬼と人と守人
そこはとても綺麗な場所だった。
これから死合おうという時に、気をそらしてはいけない筈なのに。
死合うのが馬鹿らしくなってくるほど、そこは綺麗で美しい場所だった。
少しボーっとしていると、ダイが声をかけてきた。
「…マサムネー、迷子になるぞ」
「え、あぁ、悪い」
「…っつーかお前らよく平気だな」
「別に何も無ぇだろ」
「どうかした訳?」
「どうしたもこうしたもあるか…ここ凄く気持ち悪い位、綺麗すぎるんだよ…うっ…」
「何か神聖なもんでも奉られてんじゃねぇのか?」
「でも僕の知る限りそんなの無いはずだけど」
よろよろと歩くナカジを支えながら、奥へ、奥へと進んでいく。
すると、先頭を歩いていたダイが立ち止まり、サッと身を屈めた。
何か見つけたのだろうか、と近寄ってみれば視線の先に。
「「家?」」
小さいながらも堂々と二軒ほど家が建っていた。
一軒は一戸建てのようで壁もドアも屋根も緑色に塗られていた。
もう一軒は緑色の家より一回り小さく、ピンクを主とした可愛らしい家だった。
緑の家からも可愛らしい家からも煙突から薄く煙が立ち上っており、今現在人がいる事を示していた。
ふと、マサムネはナカジを大木の根元に横たわらせて、ダイに話しかけた。
「ここは無人島じゃなかったのか?」
「その筈だったんだけど…人なんて居たんだ」
ダイにも予想外だったようで、ジッと二軒の家を見つめていた。
そんなダイを見てマサムネはまだ父も仲間も健在だった頃、ダイが起こした事件を何故か思い出していた。
その日は、よく晴れた少し暑い日だった。
いつものように何事も無く、過ごしていた。
ただ、今日はのんびりとした空気を叩き壊された。
一人の門番として立っていた仲間が叫びながら走って来た事で、思い思いに過ごしていた者達が何事か、と門番に聞いた。
すると門番は至極怯えた顔をしたまま、ゆっくりと口を開いてこういった。
「ダ、イが……血まみ、れで…!」
その話を聞いて真っ先に門へと向かったのは、一番仲の良かったマサムネであった。
門の前で目撃したのは、血に塗れて真っ赤になった服と肌と髪。
片手には大きな袋を持ち、もう片手には大量の武器が入った袋を持っていた。
マサムネはもしや、怪我をしたのではと案じて声をかけた。
「ダイ、お前、怪我してるんじゃないだろうな!」
「大丈夫、これは俺の血じゃないよ」
「じゃあその血は、その武器は、一体どうしたんだ」
「前々から、欲しかったんだ、マサムネの為にあげようと思って」
「俺に…?その為に血まみれになったってのか?!」
「大丈夫だって、これは全部返り血だから、俺のじゃないよ」
「…ダイ、その武器をどこから持ってきたんだ?」
「あそこのお城だよ、見えるでしょ?今真っ赤に燃えてるお城」
マサムネはようやく、ダイ以外に目を向ける事が出来た。
見ればダイの遠く後ろで、この地の城主の城が、濛々と黒煙をまき上げながら燃えている。
一瞬、唖然としたがすぐに正気に返ってダイを問いただそうと、ダイの目を見ると。
その目はどこまでも真っ暗で、真っ黒で、何かの狂気に満ちているように見えた。
マサムネはこの目に若干畏怖の念を抱いた。
― このまま見つめていれば、己まで闇へ引き込まれる。
そう思えて仕方が無かった。
そうしてマサムネは、その目を見ないように目をそらしながら、ダイに風呂へ入る事を勧めた。
ダイはその言葉に「ありがとう」と礼を言って、風呂場へと向かった。
ダイがこの場からいなくなった瞬間、マサムネは足の力が抜けて思わずへたり込んでしまった。
― ダイは一体どうしてしまったのだろう。
長年の付き合いであるマサムネは、見た事の無い表情に戸惑うばかりであった。
この頃からダイは強盗を月に二度ほど、やるようになった。
マサムネは、月日が経つにつれ、少しずつ把握をしていた。
― ダイは昔から我欲が強かった。
自分がほしいと思ったものは何をしてでも手に入れたい、自分がやりたいと思ったことは何をしてでもやりたいという心を持っていた。
頑固であるから絶対に自ら引いたりはしない。
そんなダイをマサムネはいつしか敬遠し始めていた。
欲のままに動いた日から2年ほど経った頃、ダイは一度故郷へ帰りたいと、マサムネに言った。
母方の祖母が病床に臥せっていると知らされた為、見舞いの為に里帰りを申し出たのだった。
マサムネはすぐに許可を出した。
何故なら、何かから開放されたような気がしたからだ。
あの日から脳裏に焼きついている、暗い黒い狂気の瞳。
あの瞳を見て以来、マサムネは何かに縛られているような感覚にあった。
それが今、ダイの「里帰りをする」という言葉で開放されたような気がしたのだ。
そしてダイが里帰りの為、屋敷を出て行って3日は経った日の事。
あの、気紛れな鬼によってマサムネの眼下は血の海となる事件が起きたのだった。
そんな事を思い出して、あぁ、あの頃の俺は若かった、などと考えているのもつかの間、マサムネはダイに再び声をかけた。
「ダイ、ダイ、今何を考えてる」
「何も、考えてないよマサムネ」
「こっちを見てみろ」
口元は笑ったまま、ダイはくるり、と此方を向いた。
マサムネは、此方を向いたダイにいつかの畏怖の念を思い出した。
― あの目だ!あの、狂気の目をしている…!
だが、マサムネはすぐに我に返り、どうすればいいだろうかと考え始めた。
が、何もいい案は浮かんでこなかった。
それもその筈。
あの目をしたダイ見た時から敬遠していたのである。
どうすればいいかなど、分かる筈も無かった。
そうこうしている内に、ダイは火縄銃を構えていた。
ギョッとして銃口の先を見ると、緑色の家に向かっていた。
そして、窓に人影が映ったのである。
はっきりと見えないが、確かにそれは人影だった。
「ダイ、何をする気だ、やめろ」
「どうしてもどうしても、この島が欲しい、この森が欲しい」
「ダイ、止めろ、撃つな!」
「この島は俺のもの、この森は俺のもの、よそ者は要らない」
マサムネは咄嗟に短剣を投げつけて、弾道を家の後ろにある大木へと逸らす事に成功した。
しかし、ダイはせっせと弾を込めて、また発砲の準備をしていたのだった。
さぁ、撃つぞ、と意気揚々と狙いを定めるも、わさわさと音がする。
見れば愛用の火縄銃から草木の芽が出てきていた。
一体何事だ、とマサムネは呆然としていたが、ふと、ダイの隣に人影がある事を知った。
「貴方はまた来たのですか…今度はお仲間を連れて」
「…なんだ、君か…そんな事より俺の銃が大変なことになってるんだけど」
「当然の報いとでも言いましょうか」
「当然の報い?何を言っているんだ、ここはもう俺の島、俺の島なのによそ者がいる。それを排除しようとしたまでだ」
「この島は貴方のものではありません」
「じゃあ誰の島?君の島?」
「この島はそこに見える深緑の家にお住まいになられている玉露様のもの。ただの人間がこの島の所有権を主張するなどおこがましい」
「…玉、露…か…通りで、綺麗過ぎっ…る、訳だ…」
「ナカジ、お前知ってるのか」
「姿、は知らん…がな」
「…そこのものは鬼、ですね」
「俺としちゃ…早く帰りたい、んだ…が」
「玉露って何?人?物?動物?」
「…玉露様は、水と植物を司る神であらせられる」
「…神ってMZDだけじゃないのかよ…」
「聞いた話、じゃ…6人…いるらしい、ぞ」
「マジかよ?!」
「よくご存知で」
「何百も…生きてりゃ、な…うぅ…」
「…汝らに問う、ここに何用か」
「この島ごと狩りに」
「そこのダイに死合おうって言われて連れてこられた」
「…巻、き添…え、だ……死ぬ…死にそうだ…」
各々、自由に質問に答えた。
その答えを聞いて、番人は少し考え込む素振りを見せた。
そしてパチン、と指を鳴らす。
「…ん?」
「ナカジ、何か顔色良くなったな」
「結界的な何かが消えた」
と、不思議がっていると番人が口を開いた。
「私はこの森の番人、ひいてはこの島の守人のキトと言う者」
「キト、な。俺様はマサムネだ」
「妖を近づけぬ為の結界の解除、恭悦至極に存ずる。俺はナカジと言う」
「結界を解除したのは先の答えを聞いて、玉露様に害をなす者ではないと思ったま」
「神だかなんだか知らないけどこの島はもう俺のだ!」
番人・キトは少しだけ油断をしていた。
鬼は人間など塵芥のように扱える程の力を擁している。
だから少しはダイと言う人間も大人しくなるだろうと、思っていた。
しかし、ダイはどこから取り出したのか、大きな鉄球を深緑の家へと投げつけた。
― しまった!
気付いた時にはもう鉄球は深緑の家に覆いかぶさろうとしていた。
マサムネとキトは思わず、目を瞑ってしまった。
いずれ聞こえてくるであろう、何かが押しつぶされる音が…。
「…………?」
しかしいつまでたっても聞こえてこない。
マサムネとキトは恐る恐る目を開ける。
そこには、丸いトゲトゲした鉄球だと思われるものが樹になっていた。
そして樹の陰から二人分の声が聞こえた。
「い、一体…どうしたの…?」
一つはビクビクと怯えながら様子を尋ね
≪全く、一体何事ですか?≫
もう一つはピシリと言い放たれた。
キトはすぐさまその声の近くへと行き、片膝をついて挨拶をした。
そして、真っ先に謝罪を述べた。
「申し訳ありません、私が油断をしてしまったばかりに」
「キト、立って、立って、僕は、大丈夫だよ」
「玉露様…」
≪と言いますか、玉露様の家と知って投げてきたのだとしたら私、少し怒りが抑えられませんね≫
「…知らずに投げても怒りは抑えられんのだろうに」
≪何か言いましたかそこの鬼≫
「いや別に」
「…ダイ?」
「凄い凄い!影が喋ってる!その影欲しいな!」
「…マサムネ、首筋でも叩いて眠らせたらどうだ」
「今のダイには、俺でも迂闊に近寄ると撃ち抜かれるから無理だ」
「お前肝心な時に使えないよな」
「あぁ?!」
≪私が欲しい、と?≫
「欲しい!僕には無いもの!俺には無い!だから欲しい!」
「り、淋…手荒な事は、しちゃだめ…だよ」
≪しかし玉露様、あの者は玉露様を神と知って尚、攻撃を仕掛け、あまつさえ私がほしいなどと言っているのですよ≫
「それでも…手荒な、事はだめ」
≪…御意≫
深く頭を下げると、緑の影はキトに向き直って
≪玉露様に傷一つ無きよう≫
とだけ言ってダイに向かっていった。
玉露の足元から伸びる影はどこまで伸びるのかと思っていたダイは、どんどん自分に近づくにつれ、伸びていく影をみて喜んだ。
この線を切ればこの影は俺のもの!
そう思うが否や、どこからか出した斧で伸びる影をブツン、と切ってしまった。
「これで影は俺のもの!この影をどう使おう!」
大声で喜んでるダイを、玉露は顔色一つ変えず、そして影である淋もふよふよと宙を漂いながら見るだけであった。
「…真実を伝えるべきか?」
「は?」
ぽつりと、ナカジが呟いた。
あまりに喜んでいるダイが少し哀れに思えての一言だった。
その言葉に、マサムネが反応する。
と、ナカジはマサムネとひそひそと話をするのだった。
「神の影は元々MZDの影みたいに分離可能でな」
「と、言う事は…あの影は分離した状態なのか」
「あぁ、神と影の繋がりが切れても無意味で、影を自分のものにするには、その影の主を消さなきゃまず無理だ」
「…ダイが神になったらどんなのになると思う?」
「…さぁな…ただMZDやほかの神はいい顔しないだろ」
「思ったんだが」
「何だ」
「何でこんなことになってんだ?」
「俺が聞きてぇよ」
ナカジとマサムネがヒソヒソと話をしている間に、影の淋が動いていた。
ダイが考え事をしている隙を見て、背後に回ったのはいいものの、幾度首筋を叩いて気絶させようとしても気絶するどころか、ダメージすら与えられない。
首を叩かれている事に気付いたダイは、今度は弓矢を取り出して影に向かってヒュン、ヒュン、と射掛けた。
しかし淋は全てをかわし、少し得意げになった。
が、すぐ背後からパチパチ、と音がし始めた。
キトが叫ぶ。
「っ、火がっ!森に火がついてしまった!」
さすがの淋も少し慌ててしまい、玉露の元へ戻ってしまった。
それを見たダイはどうすれば影が俺のになるのだろう、と考え続け、ついには「影の主を消して俺が主になればいい」という結論に到った。
有限実行!とばかりに今度は緑露へめがけて矢をヒュヒュン、と射掛けた。
だが相手は仮にも神。
矢は全て、すぅっと玉露の横を掠めていった。
ダイが玉露に攻撃している間にも、森は燃えていく。
キトと淋が必死で水を運んではかけ、運んではかけているものの、火の勢いは増すだけだった。
この惨事の中、玉露はこの状況を憂いていた。
否、こうなったのは自分の所為だと責めていた。
ついには玉露は頭を抱えて、フラリ、と倒れかけた。
しかし、地に体がつく前に玉露の体が光を放ち始め、その光は瞬く間に炎を消し、ダイの身柄を捕らえて離さなかった。
ダイの体に巻きついた光の帯以外は消え失せた後、光の中心だった地に玉露が規則正しい寝息をたてて横たわっていた。
これにて、一先ず事態は事なきを得たのである。
― 数日後
ダイは玉露の元にいた。
玉露が我欲のコントロール役を引き受けたのである。
いまだ、キトとは多少犬猿の仲にあるものの、楽しく暮らしているようであった。
その頃、巻き込まれただけのマサムネとナカジはMZDの屋敷へ呼ばれていた。
「……人を呼びつけておいて人を待たせるとは…」
「毎回こんな感じなのか…?」
「知らん、俺は2回目だからな。以前は待たずとも目の前にいた」
「おー悪い悪い、ちょっと用事ぐぁっ!」
「あぁ、悪い手が滑った」
「おっと、俺様も手が滑った」
「お前ら…もしかして待たせた事怒っでぇぇぇええ!いってえ!」
「当たり前だろう、暫くこうさせろ」
「今日ちっとヒール高いの履いてきてんだよな…〜♪」
「いででででで!お前ら!いってぇ!つーか神を足蹴に…いだだだだ!ってマサムネ!かかとで踏むんじゃねええあだだだだだ!」
「足が疲れてきた」
「俺様も」
「いででで…お前ら遠慮ねぇな…」
「何だ、まだ踏まれたかったのか」
「んな訳ねぇだろ」
「で?一体何の用なんだ」
「おう、玉露から話聞いてな」
「で?」
「暇だったらまた遊びに来いってさ」
「…それだけか?」
「あと、白憐がお前ら狙ってるらしいから気をつけろって話だ」
「どういう事だバ神」
「何で俺様とナカジが狙われるんだよ」
「いや、だから、白憐が玉露のとこに行った時、ダイが自慢しまくったんだってさ」
「「自慢?」」
「おう。で、それを聞いて白憐がやる気満々になってんだ」
「ちょっと待て、白憐って言うのはもしかしなくとも『黙憐』じゃないのか?」
「よく知ってんな、ナカジ」
「当たり前だ、そいつのせいで何度か死に掛けたぞ」
「ナカジでも死に掛けるのか」
「事実、俺は『半不老不死』だからな。ナナシさえいれば完全に戻れるんだが」
「ナカジ、残念だったな、お前は一生半不老不死だぜ」
「何でだ?」
「俺様がナナシを倒すからだ」
「じゃあその前に元に戻らんとな」
「そうなったらお前相手にしなきゃいけなくなるだろ」
「いつでも相手してやる」
「言ったな?」
「「「?!」」」
「話は聞いてたぜ、よぉーし、ナカジとマサムネ、お前ら今から俺様の相手しろ」
「はくれ…いたのか!」
「うわ…相手するの一番面倒な奴が…」
「あいつどんだけ強いんだ、ナカジ」
「無駄に強い」
「無駄…」
「俺と白憐が取っ組み合うと辺り一体吹き飛ぶよな、白憐」
「楽しいっちゃ楽しいけどな、MZD」
「コイツら…」
「逃げようぜ、ナカジ」
「当たり前だ」
いきなり現れた黙憐を見て、ナカジは心底嫌そうな顔をした後、マサムネと一緒に脱兎の如くMZDの屋敷から出て行った。
黙憐は、それが面白くなかったらしく、手の関節をバキバキ鳴らしていた。
そしてMZDはそんな黙憐をどうどう、と嗜める事しか出来なかった。
緑と欲と鬼と人と守人
(てか、白憐、ナカジはともかく何で)
(何で人間とやりたいのかって聞きたいんだろ)
(おう、よく分かったな)
(興味本位、何せあのナカジの傍にいる人間だしな)
(そういやそうだな)
(つーか暇だから何かしようぜ)
(お、じゃあ俺と?とお前と抑魂と土墜呼ぼうぜ)
(あの飲んだくれ来るのかよ)
(っつーか居るし)
(いつのまに?!)
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最後辺り完璧サボってますすみません
第三者楽しいかもしれない
一先ずこれで終わります一応
書いてみたら何故か3Pも使ったので一章にしました
なっがいなっがい
ダイ終盤喋ってなくてごめん、力尽きた
気が向いたらダイとキトを書くと思う!
ここまで見て頂き有難う御座いました!
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