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怯懦と吾

 


「行かないで、連れて行かないで、奪わないで」


返して、帰して。僕には、それしかないのに。それがないと僕は。


『返して欲しけりゃ戦え、お前の一番の恐怖を消して来い』


世界さん、世界さん。僕は、僕なんかじゃ、勝てないよ。どうして、そんな事を言うの。僕は、僕は。





「あ?」

「…、だから、僕と、戦ってよ」


涙が出そうだ。目の前には怖くて怖くて仕方ない、いつだって自分を虐める同じ顔をした白い人。「戦って」、そう言っただけなのにサングラスで見えない筈の自分を睨む目に怯む。今すぐ走って逃げたい衝動を我慢して、自分も相手からは見えない目で睨み返した。だが相手が何を思っているのか、それは手に取るように分かる。
「何を馬鹿な事を」。
そう考えているはずだ。こんな、僕みたいな臆病で弱虫な、僕なんかに出来る訳ないと。それでも、僕はやらなくちゃいけない。皆の為にも。


「もっかい言ってみろ玉露。あんだって?」

「っ……ぼ、くと!戦えよ!」


いら。
相手にされていない。冗談だと言わんばかりに鼻で笑う黙憐に鋏を向けた。
時間が無い、時間が無い、時間が無い!世界さんは、あの人は何をするか分からない。暇つぶしでパーティーの参加者を精神的に潰しては戻してを繰り返すような人だ。今こうしている間に皆がどうされているか分からない。この鋏だって、淋じゃなくて世界さんの影である収なのに!
かたかたと震える鋏を見て、黙憐はお腹を抱えて笑い出す。近くで作業をしていたケンジと影の抑魂は自分たちの様子をぽかんと呆気にとられた顔で見ていた。


「っふ、ふ、あっはっはっはっ!」

「何が、何がそんなにおかしいの…!」

「お前が、俺様と戦う!?馬鹿じゃねーのか!あっはっはっ!」


ぎりり。鋏を持つ手に力が入る。どうして本気にしてくれないのだろう。普段の自分が弱いからか、反抗しないからか、臆病だからか。何にせよ黙憐は言葉だけじゃ相手にしてくれない事は明白だ。それなら。


「……手を出すよ」

「…!魂!」

≪あーいよ。玉露どしたの?何か怖いんだけど…あとしゅーさん何してんのホント≫

「あ?……収だ?」


鋏を開いて飛びかかれば流石の黙憐も影を使わずにはいられなかったらしく、抑魂を錫杖に変えて鋏を受け止めた。火花が散りそうなほど、ぎりぎりと耳障りな音が部屋に響く。
零距離なら同じ影だけにこの武器の違和感にも気付くようだ。世界さん曰く、言う事はちゃんと聞くし能力も淋と同じようにしてくれている、らしい。けれど淋じゃない、それだけでこの鋏に対する違和感は凄まじい。
今まで黙ったままだった収が喋り出す。


≪主の命でな。抑魂、文句は受け付けない≫

≪えっ問答無用?女の子相手に容赦なくない?≫

「収、テメーが何でんなことしてんだ?世界の差し金かよ」

≪そうだな。淋は今、主の元にある。武器が無いのではとんだハンデだろう?だから代わりにな≫


何だそりゃ。
黙憐の眉間に皺が寄っていく。何がそんなに不愉快なのか、分からずにいると大きな衝撃に吹き飛ばされた。分厚い壁にひびが入るほど強く打ち付けられた体からは、みしみしと嫌な音がする。ほんの少しの痛みを感じながらも立ち上がると、神であるこの体は怪我を瞬時に治してしまった。


「愛用の武器じゃねぇ時点でナメきってんだろ、ふざけんな」

「そんな、だって淋は」

「まぁたお得意の言い訳か?世界に優しくされてるからって甘えんなよ」

「もくれ」

「黙れ、雑魚の言葉なんざ聞きたかねぇよ」


ねえ黙憐、聞いてよ。僕の話を、言葉を、思いを聞いて。お願い。


「…っ、僕はっ!僕で居たいだけなのに!」


堪え切れなかった涙が頬を伝う。胸が熱くて苦しい。ぎりぎりと何かが胸を締め付けて離さない。どろりとした深緑色の液体が鋏から零れ落ちて床を溶かしていく。


「…何だありゃ」

≪うっわ、しゅーさんホントえげつな…憐ー、あんなん受け止めたら自分溶けるよ≫

「は?!マジかよ!?」

≪マジだよ。淋の毒って玉露と本人以外の全部を溶かしちゃうからね≫

「淋が毒使うのは知ってたけど、……あいつあんな強かったか?」


何か話し声が聞こえる気がする。するだけで耳に言葉は入ってこない。分からない、どれが敵でどれが味方でどれが守るべきものか。分からない。
一歩足を踏み出せば立っていた場所は溶けて消えた。一歩、また一歩。踏み出す度にさっきまであった足場は溶けてなくなって穴が開いてゆく。滲んだ視界には白がぽつりと立っている。白い塊目がけて鋏を振り上げた。


「っ、ざけんなよ…!」


聞こえた気がした小さな舌打ちなんて気にせずに鋏を振り下ろす。床は鋏で砕ける前に深緑色の液体、もとい毒によってどろどろに溶けた。飛び散った毒は避けた黙憐や完全に巻き込まれただけのケンジにも被害を及ぼす。かしゃり、と散った毒で壊れたのか黙憐のサングラスが床に転がった。


「い、も、黙憐様!」

「っち、うっせーぞケンジ、どっか行ってろ」

「ですが」

「精霊如きが神々の喧嘩に手ぇ出せると思うなよ」

「…ならば他の方の元へ、行って参ります」

「邪魔すんじゃねぇ、これは俺様とあいつの喧嘩だ」

「でも」

「しつけぇ」


また聞こえた舌打ちと共に大穴の空いた壁から黙憐はケンジを投げ捨てていた。
笑えるね、笑えるね、きみもそうやって人の事を気にかけることが出来たんだね。どうして僕の事は気にかけてくれないの?僕が弱虫で臆病で弱いから?
目一杯踏み込んで、黙憐に刃先を向けたまま飛びかかる。


「どうして?」

「っ!?」


ケンジの事を気にしていたせいかどうかは分からないが、少し反応の遅れた黙憐はそのまま体で鋏を受け止めた。避けられずとも錫杖で受け止めてしまえば良かったのに、そうはせずに刺さる事を選んだ。毒で滑りが良いせいかずぶずぶと鋏は黙憐の体に埋まり、反対側からは刃先が飛び出る。どうやら体の再生力と毒が拮抗しているらしく、治りはしないが溶けもしない。


「、く……」

「…そんなに、影が、大事?」

「っ、たり、めーだ…」

「そう」


鋏を引き抜いて黙憐の体を蹴り倒す。毒のせいでろくに動けない黙憐を尻目に、刺された時に転がった錫杖目がけて鋏を突き刺した。どろりと錫杖の柄が溶ける。白と深緑が混ざって何とも言えない色。


「こ、ん…!」

「あはは」

「てめ、え……こ、ろす、ぞ」

「出来るの?今の黙憐に出来るの?ねえ、やってみせてよ、僕を止めてみせて」


切実に。
乾いたと思っていた涙はまた流れ始める。違う、こんな事をしたかったんじゃない。僕はどうしてこんな。
鋏を持って黙憐に歩み寄る。まずは、どこにしよう。腕かな、足かな。いっそ楽にしてあげようか。足首から手首、から首筋へと目を泳がせる。どうやって息の根を止めてみせよう。世界さんは言った、消せと言った。だから消さなくちゃ。


「ねえ、黙憐」

「…、……」

「僕はね、黙憐の事、好きなんだよ」

「……っ、うそ、つけ…」

「本当だよ。僕は黙憐の事、嫌いになれないんだ」


虐められてても、嫌いになれなかった。確かに悔しかったりすることもあったけど、それ以上に黙憐は強くて自信に満ちてて守れるものを守れて。とても、羨ましいんだ。


「だからね、止めて欲しかったんだ。こんな僕を」


例え、僕を殺してでも。そうすれば、いつものように弱い僕で終われた。黙憐には勝てないんだって、黙憐に対する憧れと羨望だけで済んだ。だけど。


「こうして君を消せる機会が出来てしまったんだ」


もう、黙憐には止められない。僕は気付いてしまった、君より強いんだ、何時までも憧れているだけじゃダメなんだ。虐められてるだけじゃダメなんだ。僕にだって守りたいものがあるんだ。


「僕は僕である為に。黙憐…死んでくれるかな?」


目が虚ろで元々白い肌は青白く。ほぼ死にかけだが死にきれない、可哀想な黙憐のために、止めを刺すために鋏を開いて刃と刃で挟むように首へと宛がう。じわりじわりと毒が首筋を侵食していく。



「待った」



頭に大きな手の感触。いつの間に来たのか、後ろには険しい顔をした土墜がいた。後ろの方には息を切らせたケンジの姿。ああ、ケンジが土墜を呼んだんだ。


「土墜」

「それまでだ、玉露。もう充分だろ」

「でも」

「お前の守るもんならもう島にある、さっき世界が戻したって」

「土墜」

「もう大丈夫」


温かくて大きな手が頭を優しく撫でてくれる。力の抜けた体はその場にへたり込み、鋏は溶けて黙憐の影と同化してしまった。ああ、良かった。止まった。疲れからかふわふわと意識は暗がりへと向かってゆく。瞼が重い。謝らなくちゃ、と精一杯の「ごめんなさい」を呟きながら意識は飛んでいった。




「…土墜」

「あんだよ」

「何で止めた」

「玉露が辛そうだったから」

「……お前あの顔見たかよ」

「顔?」

「俺様や裏に勝るとも劣らねぇ、悪人面。流石兄弟ってとこか」

「そりゃ同じ顔だしな」

「そこの弱虫にも、んな顔出来たんだな」

「当たり前だろ、これでも俺らン中で最強だぞ」

「…今知ったんだけど」

「二番手俺な」

「は?何でよりによって使えねぇ奴ばっか強いんだよ」

「お前みたいなのが最強だったら人間滅ぶからなー」

「しねぇよ」

「へー、抑魂に何があっても手出ししねぇんだー」

「撤回、するわ」

「ほれみろ」

「つーか毒回って動けねぇんだけど」

「そのまま寝てろ、後で世界来るから」

「何で」

「お前と抑魂の修復」

「あっ、魂は?!魂どうなってんの?!」

「一時的にお前と強制分断されてっから大人しくしとけ」

「魂ー!!!」






怯懦と吾
(ん……あれ、土墜…?)
(お、起きたか玉露)
(…?珍しいね、ここに来るの)
(んー、まあたまにはな!)








――――――――――*
玉露は覚えてないオチ。本能的に忘れるという手段に出ました。
(意図的に本気になれない)玉露>(制御下手で本気出したくない)土墜>(自称俺様最強)黙憐なのでどう足掻いても黙憐は負けるしかなかった。仕方なかったんだ。

死ぬ死なないについてはめんどくさいんでまたいつか。
そしてバトルさせたかっただけだけどあんまりしてない事に気付く。

読んで頂き有難う御座いました。


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