【古海先生と棗先生はこの高校にしてはかなり若い教師だった。

二人は幼い頃から仲が良いらしく、色々事情があって今でも一緒に暮らしているという。

古海先生は若さにしてはかなり博学で、 口達者。

しかし持病でからだが弱いらしく、よく棗先生が心配していた。
(確かに病的と言えるほどの線の細さだ)

棗先生に煙草を取り上げられる古海先生というのがお決まりのパターン。

そして無愛想に見えて細かいところによく気を使ってくれる優しい人だ。】

――以上が山科先生より得た情報である。

いやに頭の中が整理される。
今日の私はよく冴えてる。
柔らかそうな栗色の髪を緩く束ねた、年齢を感じさせない透明感のある美人先生だ。

「霞さん、棗先生のことが気がかりなのは私も一緒だけど、古海先生はそっとしておいて、ね?」

一見、凄く大人な答えの出しかただと思う。

けれど、それでも本当に柔らかかった髪とか広い背中も私にはかけがえの無いものだったのは確かで。
喪ってからのほんの少しの時間で余計に色濃く感じてる。

「先生、先生は――棗先生と古海先生の立場が逆だったら私と同じことを思いませんか?」

はぁ、とため息をついた先生は唇を噛む。
恋に堕ちたら誰でも乙女だと、私は思っていた。

「なんにせよ、私はそう思いたくはないわ。霞さん、あなたのしたいことは分からない。
分かるけれど私には出来ないの。」

私は沈黙する。それしかできない。
暫く山科先生は考えて、口を開いた。

「まだ古海先生帰ってないから、後は霞さんの好きにしたら?
もう子供じゃないんでしょう?」

「まだ子供です。」

「嘘つきね、最近の子は。
…体育館だから。
彼も棗先生を亡くしたってことを忘れないでね。」

こくんと素直に頷いてひっそりと職員室を出た。
古海先生が体育館にいる理由には心当たりがあった。

「やっぱり。」

少し覗くと逆光の中に立ち竦む先生がいた。

その視線の先には棗先生がシャツを汚したときに描いた桜の絵があった。
大きな幻想的な桜の下にはよく見ないとわからないくらいの小さな二つの影がある。

初めてみた時は学校に飾るに相応しく友情か何かを示唆するものかと思った。
でも今見ると隠れるような恋人との関係を何処かに残したかったのかもしれないとぼんやりと想像できた。

やがてざわざわと男子生徒の集団が近づいてきた。
どうやらバスケットボール部らしい。
いつもならもう練習は始まっている時間だ。

そろそろと遠慮がちに古海先生のもとによっていく姿が見えて、なにか二言三言言葉を交わしたようだ。

そして古海先生はくるりと踵を返した。
その一通りを見ていると、一瞬でも彼に棗先生のことを根掘り葉掘り聞こうなんて考えた私が馬鹿だったことを思い知らされた気がした。
なんだ、やっぱり私はまだ子供だ。


【蜃気青楼】と掲げられたひっそりと存在感を増す建物の裏口まわり入っていった。

たしか今日の客はあと六時間ほどで来るはずだった。
私が属する娼館はここらでは有名なところだ。
学校にバレるといけないが、そこそこの給与があるところではコネも能力もない私は働けなくて。

戦後に生まれた私は助かったけれど、私を生んですぐに母は亡くなった。
仕事で忙しい父に代わって私を育てたのは田舎の祖母だった。

その後、父は復興事業の最 中、現場で起こった事故に巻き込まれて亡くなり米寿を迎えようとしていた祖母も亡くなった。
祖父も随分前に亡くなったそうだ 。

そして私は数少ない親類のいる東京へ出てきたけれど、こんな時代、誰もがギリギリの生活を強いられているので彼らに頼るわけにもいかず、一人での生活となり、伯父から毎月送られてくる僅かなお金とバイト代で安アパート暮らしを始めた。

生活できるだけ稼げるバイトというものが見当たらず、娼婦の世界に入ったのは丁度十五の時だ。
そのうち、私の生活状況を聞いた蜃気青楼のオーナーが私に部屋を与えてくれたり、時間があれば食事を出してくれたりするようになった。

こんな私でも高校は国の政策で無償化されており問題なく通えた。
青楼のオーナーは仲野香子といい、彼女は未亡人だった。

ここの先代のオーナーは彼女の弟夫婦だったけれど、あの同性愛者迫害の時にレズビアン二人を庇い、みんな殺されたらしい。

それ以来彼女は蜃気青楼オーナーとなり、遺された甥にあたる子供ともう一人孤児を育てていたという。
彼女は子供こそ居なかったが面倒見がよく、痩せぎすでキツそうな外見とは反対で気のいいユーモラスな奥さんだった。

しかし患っていた癌が末期となり、転移もしていたようで私が元気な彼女を見た期間なんてほんの少しだった。

そしてとうとう先月、彼女は亡くなったのだ。
覚悟はできていたものの母親の様に慕っていた人が亡くなるのは耐え難いことで、久しぶりに声をあげて泣いた。

それから一ヶ月ほど経った今、そろそろ落ち着いた頃だというので彼女の後任として、家を出て普通に働いていた彼女の甥が顔を出すらしい。
私はまだ会ったことはないが、感じのいい青年だという。

新しいオーナーよりなにより、私はもしかして自分はものすごい疫病神ではないかと考えあぐねていた。





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