時刻は午前零時。
そろそろお客が来るだろう。

特に愁う訳でもないし、身体が今さら惜しいわけないけれど何となく空っぽの気分 になる。

そんな瞬間も案外好きだったりするけれど。
この青楼は名の通り幻想的な装いが特徴で、私が見上げている天井も凝った造りになっていて、酔いそうな程だった。

静か過ぎて怖い。
そうこうしてもう二〜三分経っただろうか。

そうして目を色々にやり、閉じたカーテンを見詰めていると、背後に一筋光を感じた。
振り向いて絶句した。

「先生?」

私は追い詰められた様な心地で後ずさった。

けれど突如現れた古海先生はさくさくと距離を縮める。
私の頭に掌を置いてするすると髪に指を通すと一言、校則違反と呟いた。

「客は他に回したから。
あ、俺新しいオーナーね。」

いきなり過ぎる展開についていけない。

先生の言葉がひとつずつ私にのしかかって、もう頭の中がぐちゃぐちゃでどうしようもない。
私が何も言えずに立ち竦んでいると、先生はいきなりベッドに寝そべった。

黒いネクタイを弛めながらまた起き上がって、「 ここ座って」と自分の隣をモフモフ叩いた。

私が頑なに動かないでいると、諦めたみたいにまた寝転んだ。
ごろりと私の方に顔が向くように向きを変えると、じっと見詰めてくる。

「聞きたいことがあるんだろ。」

そう、急に射止められるように言われても、聞きたいことは山程あるのに何をどう聞いたらいいのか分からない。
いざとなると臆病なのが私だ。

試すような口調に感覚が麻痺する。
普段接している先生と空気感の差異が大きすぎて、戸惑うしか出来ない私がいた。

「聞かないの?」そう尋ねられて、機械のように首を横に振 る。
必死で私は声を絞り出す。

「棗先生に何があったんですか。」

声が震えて仕方ない。
おいで、とまた自分の隣を指す先生に今度は従った。

「聞かない方がいいかも知れないけど、見ちゃったものは仕方ないかな。」

さっきと違って左側の少し上の方から聞こえる声に耳がくすぐったい。

正面を向くと見える、据え付けの大鏡に映り込む先生と私は酷くこの部屋に不釣り合いだった。

「湊音にはトラウマがあったんだ。
同性愛そのものに。」

「じゃあなんで先生と、その…」

衝いて出た言葉に先生の遠い目が揺れた。
どこかに、飛んでいきそう。

「好きだから、とかだったらいいんだけどな。
いや、だからそういうことじゃなくて、人に知られることに抵抗があって。」

最後の方は口ごもっていた。
ポロリとなにかが抜け落ちたような確信。

「…私が来たから?」

恐る恐る口にするとゾッとした。
先生は俯きそっぽを向く。

「ジャスダムの迫害事件があっただろ?
実はアイツ捨て子で、あの時に母親代わりだった人を殺されてるんだ。

生まれたばかりで道端に捨てられていた湊音をレズの二人が拾って育てたんだ。」




混沌とした事実の塊が私を締め付ける。
そしてまた深く、先生は語りだした。






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